馬の文献:大結腸捻転(Kelleher et al. 2013)
文献 - 2015年10月23日 (金)
「生理的所見または動脈血液ガス測定値による馬の大結腸捻転の短期生存性の予測」
Kelleher ME, Brosnan RJ, Kass PH, le Jeune SS. Use of physiologic and arterial blood gas variables to predict short-term survival in horses with large colon volvulus. Vet Surg. 2013; 42(1): 107-113.
この症例論文では、馬の大結腸捻転(Large colon volvulus)における予後判定指標(Prognostic parameters)を解明するため、2000~2009年にかけて、開腹術(Celiotomy)によって大結腸捻転(360度以上のねじれ)の確定診断(Definitive diagnosis)が下された156頭の症例馬における、医療記録(Medical records)のロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)が行われました。
結果としては、術前の心拍数(Pre-operative heart rate)が多いほど、そして、術前のヘマトクリット値(Packed cell volume: PCV)が低いほど、術後に麻酔覚醒(Anesthesia recovery)できない危険性や、退院(Discharge)できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。この要因としては、結腸の脈管閉塞(Colonic vascular occlusion)によって、疼痛、内毒素血症(Endotoxemia)、腸内容液の隔絶(Intraluminal sequestration of fluid)が起こることで、心拍数やPCV値が上昇することが挙げられています。このため、大結腸捻転の術前検査における心拍数とPCV値が、有用な予後判定指標になりうると考察されています。他の文献では、大結腸捻転において、心拍数が毎分80回以上およびPCV値が50%以上であった場合には、腸管の非生存性(Nonviability)が示唆されるという知見や(Hughes et al. Vet Surg. 1989;27:127)、術中の心拍数やPCV値が低いほど、術後の生存率が高かった、という報告もあります(Levi et al. Vet Surg. 2012;41:582)。
この研究では、術中に低蛋白血症(Low intraoperative total serum protein concentration)が認められた場合、術後に麻酔覚醒できない危険性や、退院できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。この要因としては、持続的な低血圧(Continued hypotension)や、脈管スペースからの体液損失(Continued loss of fluid from the vascular space)が起きて、これによって血圧の維持が困難になっていたり、敗血症(Sepsis)や全身性炎症反応(Systemic inflammatory response)などが、直接的に病状(Morbidity)や致死率(Mortality)に影響を与えたことが挙げられています。また、低蛋白血症の補正のために実施されたコロイド(血漿またはヒドロキシエチル澱粉[Hydroxyethyl starch])の投与では、生存率は改善しなかった事が示され、その理由としては、投与量が不足していたり、全身性炎症のため毛細血管外への漏出(Capillary leak)が起きてしまった可能性が示唆されています。
この研究では、術中に頻脈(Tachycardia)や高二酸化炭素血症(Hypercapnia)が認められた場合には、退院できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。このうち、全身麻酔下および補液中でも頻脈が消失しないという所見は、重篤な体液減少症(Hypovolemia)や持続的な内毒素への暴露(Continued exposure to endotoxin)が起こっていたことを示唆するもので、このことが、予後の悪さにつながったと考察されています。一方、高二酸化炭素血症については、麻酔医がこの状態を意図的に作り出すこと(いわゆる高炭酸ガス許容法:Permissive hypercapnia)によって、間接的交感神経刺激(Indirect sympathetic stimulation)を介した心拍出量増加(Increasing cardiac output)を促す場合もあったと推測される一方で、重度の腹部膨満(Extreme abdominal distention)から呼吸器コンプライアンスの減退(Reduction of respiratory system compliance)を生じて、低換気(Hypoventilation)が起こってしまった可能性(補助呼吸器の使用にも関わらず)もあると考察されています。
この研究では、単因子でのデータ解析(Univariate data analysis)においては、大結腸の切除術と吻合術(Resection and anastomosis)が実施された症例のほうが、捻転の用手整復(Manual correction)のみが行われた症例に比べて、死亡率が有意に高くなったことが示されました。しかし、他の術中指標(頻脈、低蛋白血症、低血圧)も含めた多因子でのデータ解析(Multivariate data analysis)においては、切除術と吻合術によって死亡率が有意に高くなったという結果は示されませんでした。つまり、大結腸の切除術と吻合術が必要と判断された症例では、消化管病態が重篤であったのみならず、頻脈や低蛋白血症といった重い全身性病状を持っていて、これらが死亡率の高さにつながっただけで、手術そのものが予後に悪影響(Adverse effect)を与えた訳ではないことが、統計的に裏付けられたと考えられました。
この研究では、単因子でのデータ解析においては、重種馬(Draft horse breed)のほうが、他の品種に比べて、死亡率が有意に高くなったことが示されました。しかし、この研究では、重種馬のサンプル数が少なく、多因子でのデータ解析ができなかった事から、他の術中指標(頻脈、低蛋白血症、低血圧)が予後不良に関連しているのか、それとも、品種の違いそのものが影響したのかについては、明確には結論付けられていませんでした。しかし、一つの推測としては、重種馬の巨大な大結腸は、創外に取り出すのが難しく、消化管の病態を観察したり、切除術や吻合術の必要性を判断するのが困難であった可能性もある、という考察がなされています。
この研究の限界点(Limitations)としては、研究デザインが回顧的解析(Retrospective analysis)であった事が挙げられており、例えば、術中の異常所見に基づいて、術者や麻酔医が適切な対処法を取った場合には、その異常所見がデータ上の危険因子(Risk factor)として現れにくかった可能性がありますし、術中に安楽死(Euthanasia)を選択する基準や、血液ガス測定の回数や頻度も、各症例でまちまちであった可能性は否定できない、と指摘されています。また、十年間という調査期間のあいだには、術中処置の取り方や、全身麻酔の方針も改良されており、この研究結果で示された危険因子が、いま現在においても予後判定の指標として重要または適切であるか否かは、慎重に解釈(Careful interpretation)する必要があると考察されています。
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この症例論文では、馬の大結腸捻転(Large colon volvulus)における予後判定指標(Prognostic parameters)を解明するため、2000~2009年にかけて、開腹術(Celiotomy)によって大結腸捻転(360度以上のねじれ)の確定診断(Definitive diagnosis)が下された156頭の症例馬における、医療記録(Medical records)のロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)が行われました。
結果としては、術前の心拍数(Pre-operative heart rate)が多いほど、そして、術前のヘマトクリット値(Packed cell volume: PCV)が低いほど、術後に麻酔覚醒(Anesthesia recovery)できない危険性や、退院(Discharge)できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。この要因としては、結腸の脈管閉塞(Colonic vascular occlusion)によって、疼痛、内毒素血症(Endotoxemia)、腸内容液の隔絶(Intraluminal sequestration of fluid)が起こることで、心拍数やPCV値が上昇することが挙げられています。このため、大結腸捻転の術前検査における心拍数とPCV値が、有用な予後判定指標になりうると考察されています。他の文献では、大結腸捻転において、心拍数が毎分80回以上およびPCV値が50%以上であった場合には、腸管の非生存性(Nonviability)が示唆されるという知見や(Hughes et al. Vet Surg. 1989;27:127)、術中の心拍数やPCV値が低いほど、術後の生存率が高かった、という報告もあります(Levi et al. Vet Surg. 2012;41:582)。
この研究では、術中に低蛋白血症(Low intraoperative total serum protein concentration)が認められた場合、術後に麻酔覚醒できない危険性や、退院できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。この要因としては、持続的な低血圧(Continued hypotension)や、脈管スペースからの体液損失(Continued loss of fluid from the vascular space)が起きて、これによって血圧の維持が困難になっていたり、敗血症(Sepsis)や全身性炎症反応(Systemic inflammatory response)などが、直接的に病状(Morbidity)や致死率(Mortality)に影響を与えたことが挙げられています。また、低蛋白血症の補正のために実施されたコロイド(血漿またはヒドロキシエチル澱粉[Hydroxyethyl starch])の投与では、生存率は改善しなかった事が示され、その理由としては、投与量が不足していたり、全身性炎症のため毛細血管外への漏出(Capillary leak)が起きてしまった可能性が示唆されています。
この研究では、術中に頻脈(Tachycardia)や高二酸化炭素血症(Hypercapnia)が認められた場合には、退院できない危険性が、有意に高い傾向が示されました。このうち、全身麻酔下および補液中でも頻脈が消失しないという所見は、重篤な体液減少症(Hypovolemia)や持続的な内毒素への暴露(Continued exposure to endotoxin)が起こっていたことを示唆するもので、このことが、予後の悪さにつながったと考察されています。一方、高二酸化炭素血症については、麻酔医がこの状態を意図的に作り出すこと(いわゆる高炭酸ガス許容法:Permissive hypercapnia)によって、間接的交感神経刺激(Indirect sympathetic stimulation)を介した心拍出量増加(Increasing cardiac output)を促す場合もあったと推測される一方で、重度の腹部膨満(Extreme abdominal distention)から呼吸器コンプライアンスの減退(Reduction of respiratory system compliance)を生じて、低換気(Hypoventilation)が起こってしまった可能性(補助呼吸器の使用にも関わらず)もあると考察されています。
この研究では、単因子でのデータ解析(Univariate data analysis)においては、大結腸の切除術と吻合術(Resection and anastomosis)が実施された症例のほうが、捻転の用手整復(Manual correction)のみが行われた症例に比べて、死亡率が有意に高くなったことが示されました。しかし、他の術中指標(頻脈、低蛋白血症、低血圧)も含めた多因子でのデータ解析(Multivariate data analysis)においては、切除術と吻合術によって死亡率が有意に高くなったという結果は示されませんでした。つまり、大結腸の切除術と吻合術が必要と判断された症例では、消化管病態が重篤であったのみならず、頻脈や低蛋白血症といった重い全身性病状を持っていて、これらが死亡率の高さにつながっただけで、手術そのものが予後に悪影響(Adverse effect)を与えた訳ではないことが、統計的に裏付けられたと考えられました。
この研究では、単因子でのデータ解析においては、重種馬(Draft horse breed)のほうが、他の品種に比べて、死亡率が有意に高くなったことが示されました。しかし、この研究では、重種馬のサンプル数が少なく、多因子でのデータ解析ができなかった事から、他の術中指標(頻脈、低蛋白血症、低血圧)が予後不良に関連しているのか、それとも、品種の違いそのものが影響したのかについては、明確には結論付けられていませんでした。しかし、一つの推測としては、重種馬の巨大な大結腸は、創外に取り出すのが難しく、消化管の病態を観察したり、切除術や吻合術の必要性を判断するのが困難であった可能性もある、という考察がなされています。
この研究の限界点(Limitations)としては、研究デザインが回顧的解析(Retrospective analysis)であった事が挙げられており、例えば、術中の異常所見に基づいて、術者や麻酔医が適切な対処法を取った場合には、その異常所見がデータ上の危険因子(Risk factor)として現れにくかった可能性がありますし、術中に安楽死(Euthanasia)を選択する基準や、血液ガス測定の回数や頻度も、各症例でまちまちであった可能性は否定できない、と指摘されています。また、十年間という調査期間のあいだには、術中処置の取り方や、全身麻酔の方針も改良されており、この研究結果で示された危険因子が、いま現在においても予後判定の指標として重要または適切であるか否かは、慎重に解釈(Careful interpretation)する必要があると考察されています。
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