馬の文献:腸結石症(Hassel et al. 1999)
文献 - 2015年10月25日 (日)

「馬科動物における腸結石症の評価:1973~1996年の900症例」
Hassel DM, Langer DL, Snyder JR, Drake CM, Goodell ML, Wyle A. Evaluation of enterolithiasis in equids: 900 cases (1973-1996). J Am Vet Med Assoc. 1999; 214(2): 233-237.
この症例論文では、馬科動物(Equids)における腸結石症(Enterolithiasis)の病歴、症状、診断法、外科治療効果、再発率(Recurrence rate)などを評価するため、1973~1996年にわたる900頭の腸結石症の罹患馬の医療記録(Medical record)の解析が行われました。この研究には、腹部レントゲン検査(Abdominal radiography)、開腹術(Celiotomy)、剖検(Necropsy)等によって、腸結石症の確定診断(Definitive diagnosis)が下された馬、ポニー、ロバの症例のみ含まれました。
結果としては、開腹術が行われた腸結石症の罹患馬では、麻酔覚醒生存率は96%で、短期生存率(=退院)は93%であったことが示されました。また、術後合併症(Post-operative complication)の発生率は他の種類の疝痛よりも低く、12%の症例で下痢(Diarrhea)、8%の症例で術創感染(Incisional infection)、5%の症例で術創ヘルニア(Incisional hernia)などが認められました。このことから、馬科動物における腸結石症では、外科的治療によって比較的に良好な予後が期待できることが示唆されました。また、手術技術の向上にともなって、1970~1980年代には73%であった短期生存率が、1990年代には97%まで増加したことが報告されています。
この研究では、腸結石症の罹患馬の品種分布(Breed distribution)と、全入院馬の品種分布を比較したところ、アラビアン(純血種および混血種)、モルガン、アメリカン・サドルブレッド、ロバ等の品種において、有意に腸結石症の発症率が高い傾向(Overrepresentation)が認められ、また、10%の症例では、その兄弟(Sibling)にも腸結石症の発症が見られました。このことから、これらの品種における遺伝性素因(Genetic predisposition)の存在が示唆されましたが、品種やその使役用途による、給餌法、運動内容、飼養環境などの違いも、発症に関与している可能性は否定できないと考察されています。
この研究では、900頭の腸結石症の罹患馬のうち、アルファルファ乾草またはアルファルファ系飼料が給餌されていたのは715頭に上り、このうち、472頭ではアルファルファ乾草のみによる飼養が行われていました。アルファルファ給餌が結石形成の素因となる理由としては、アルファルファはマグネシウムと蛋白質を多く含みアンモニア遊離(Liberation of ammonium)を生じやすいこと、アルファルファは緩衝機能(Buffering capacity)が高いことから大結腸内環境のアルカリ化(Alkalization)を助長しやすいこと、などが挙げられています。しかし、アルファルファが給餌されていても腸結石を起こさない馬は多いことから、結石形成には他の要素も影響していると考えられ、今後の研究では、遺伝性素因、穀物給餌内容、細菌叢(Bacterial flora)、生得的欠損症(Innate deficiencies)、飲水のpHやミネラル含量、などの関与を評価する必要があるという考察がなされています。
この研究では、腸結石症の臨床症状として、回帰性疝痛(Recurrent colic)が最も多く見られ(33%の症例)、これは、大結腸内に形成された腸結石が、蝶番式弁(Hinge valve)の作用をなして、間欠性の通過障害(Intermittent obstruction)を生じるためと考えられています。この際には、球状の腸結石(Spheric enterolith)では、摂食物と水分を含む全ての内容物の通過障害を起こすため、腸内物の脱水(Ingesta dehydration)には至らないと推測されますが、一方で、ブドウ房状の腸結石(Grape cluster shape enterolith)では、結石周囲の隙間からガスと水分が下流へと押し出されることから、内容物が硬化して重篤な大結腸便秘(Large colon impaction)を続発する危険が高いと考えられています。
この研究では、腸結石症の罹患馬のうち、直腸検査(Rectal examination)によって腸結石が触知されたのは全罹患馬の5%のみで、糞便中に結石が排出されたのも14%の罹患馬に過ぎませんでした。また、腸結石に起因する大結腸閉塞(Large colon obstruction)の有無に関わらず、腹水検査(Abdominocentesis)においても異常所見を示さない症例が多いことが報告されています。このため、腸結石症が疑われる患馬には、積極的な腹部レントゲン検査による除外診断を要することが示唆されました。
この研究では、腸結石症の罹患馬のうち15%において、結石に起因すると考えられる消化管破裂(Gastrointestinal rupture)が起こり、その71%において下降大結腸(Descending colon)が破裂したことが確認されました。これは、結石に圧迫された部位の腸壁が損傷および劣化して、結石による通過障害から大結腸内圧の上昇(Increased colonic luminal pressure)を生じた際に、破裂に至ったためと推測されます。このため、レントゲン上で腸結石が発見された症例では、診断時の疝痛症状(Colic sign)や大結腸膨満(Large colon distension)の重篤度に関わらず、速やかに開腹術による結石摘出を行うべきであると考えられました。
この研究では、腸結石の発生部位は、45%の症例では下降大結腸、32%の症例では右背側大結腸(Right dorsal colon)、23%の症例では横行大結腸(Transverse colon)でしたが、腸結石症の罹患馬のうち、45%において複数の腸結石が発見されました。このため、開腹術による結石の摘出時には、レントゲン上で確認された結石の数や位置に関わらず、消化管全域を慎重に探索して、小型の結石が遺残していないのを確かめることが重要であると言えます。
この研究では、腸結石の再発率は8%で、開腹術後にアルファルファ乾草の給餌を減少または停止(Reduction/Elimination of feeding alfalfa hay)した場合には、有意に腸結石の再発率が低下することが報告されています。また、腸結石の罹患馬全体における平均発症年齢は11.4歳であったのに対して、腸結石を再発した馬の初診時の年齢は8.7歳であったことが示されました。このことから、特に若齢馬の症例においては、外科治療による結石の摘出後に、アルファルファ給餌の完全中止や、飼料への酢添加(Vinegar supplementation)などの、積極的な予防処置を講じるのが望ましいという考察がなされています。
この研究で興味深かったのは、24年間で900頭という症例の多さで、腸結石症が全疝痛入院症例の15%を占め、開腹術を要した症例の28%が腸結石症だったことが報告されています。この要因としては、この論文が腸結石症の発症率が高いとされるカリフォルニア州の獣医大学病院からの報告であること、この論文が書かれた時代には腸結石症の危険因子(Risk factor)の検討が完全ではなく、飼料管理(Dietary management)等の予防処置が不十分であったこと、などが挙げられるのかもしれません。
この研究では、1970年代には年間一桁だった腸結石の症例数が、その後は徐々に増え続けて、1990年代には年間100頭近くまで増加したことが報告されています。この要因としては、畜主の腸結石に関する知識が増して、間欠性の軽度疝痛における診療依頼数が増加したことが挙げられていますが、アルファルファ給餌量や土壌中・乾草中のミネラル含有量などの変化によって、純粋な腸結石症の有病率(Prevalence)が上昇した可能性もあると考察されています。
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