馬の文献:蹄葉炎(Hunt et al. 1991)
文献 - 2015年11月08日 (日)
「管部中央での深屈腱切断術による馬の難治性蹄葉炎の治療」
Hunt RJ, Allen D, Baxter GM, Jackman BR, Parks AH. Mid-metacarpal deep digital flexor tenotomy in the management of refractory laminitis in horses. Vet Surg. 1991; 20(1): 15-20.
この症例論文では、馬の蹄葉炎(Laminitis)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、1986~1989年にかけて、保存性療法(Conservative treatment)に不応性を示した難治性蹄葉炎(Refractory laminitis)に対して、管部中央での深屈腱切断術(Mid-metacarpal deep digital flexor tenotomy)が応用された二十頭の患馬の、医療記録(Medical records)の解析が行われました。
この症例論文の術式は、鎮静(Sedation)と局所麻酔(Local anesthesia)による起立位手術(Standing surgery)で行われ、管部中央での深屈腱と浅屈腱(Superficial digital flexor tendon)のあいだに設けた皮膚切開創(Skin incision)からアプローチされ、二つの屈腱のあいだをモスキート止血鉗子(Mosquito hemostatic forceps)によって剥離しました。そして、この隙間に片刃の柳葉刀(Single-edged bistoury)を垂直に差し込んでから90度回転させ、深屈腱を掌側から背側方向(Palmar to dorsal direction)へと切り進め、断端が2cm程度広がることで腱が完全に切断されたことを確認してから、皮下組織と皮膚が縫合閉鎖されました。
結果としては、20頭の患馬のうち、術後の24時間以内に疼痛改善(Obelグレードが1~2向上)した馬は45%(9/20頭)、72時間以内に疼痛改善した馬は80%(16/20頭)であったことが示され、術後の六ヶ月以上にわたって生存(長期生存:Long-term survival)した馬は35%(7/20頭)であったことが示されました。このため、馬の蹄葉炎に対しては、管部中央での深屈腱切断術によって、速やかな疼痛改善効果が期待できることが示唆されました。一方で、長期生存を果たす馬の割合はそれほど高くない、という治療成績が示され、これは他の文献において、85%の生存率と38%の運動復帰率を示したというデータとは相反していました(Allen et al. JAVMA. 1986;189:1604)。この要因としては、今回の論文では急性蹄葉炎の症例が殆どを占め、慢性蹄葉炎の症例のみが含まれた上述の文献よりも、術後の期間中に病態悪化を呈するケースが多かったことが挙げられています。
一般的に、難治性の蹄葉炎においては、深屈腱を切断することで、蹄骨を掌側方向へと牽引する緊張力(Tensile force)を緩和して、疼痛改善と蹄骨の反転(Derotation)を補助する治療指針が試みられています。そして、繋部中央部での深屈腱切断術(Mid-pastern deep digital flexor tenotomy)に比べて、管部中央での深屈腱切断術のほうが優れている点としては、起立位で行えるため安価で全身麻酔(General anesthesia)や麻酔覚醒(Anesthesia recovery)に伴う合併症を避けられる、腱鞘(Tendon sheath)や創傷感染(Incisional infection)の危険が少ない(繋部での切腱術では切開創が腱地面に近いため)、などが挙げられています。しかし、蹄骨に掛かる牽引力を緩和するという点では、より蹄骨に近い位置で切腱する繋部中央部での深屈腱切断術のほうが効力が高い可能性もある、という考察がなされています。
この症例論文では、術前の蹄骨回転(Distal phalanx rotation)の重篤度別に見た長期生存率は、蹄骨回転が軽度(5.5度以上)であった場合には66%(2/3頭)、蹄骨回転が中程度(5.5~11.5度)であった場合には30%(3/10)頭、蹄骨回転が重度(11.5度以上)であった場合には29%(2/7頭)であったことが報告されています。これは、術前レントゲン検査(Pre-operative radiography)における蹄骨回転角度が、深屈腱切断術における予後判定(Prognostication)の指標になりうることを示唆しており、他の文献の知見とも合致していました(Stick et al. JAVMA. 1982;180:251)。
この症例論文では、20頭の患馬のうち二頭において、腱切断の際に誤って内側掌側動脈(Medial palmar artery)が切断されたことが報告されています。このため、切開創から反対側に当たる内側の神経&脈管組織を保護するため、腱と神経脈管束(Neurovacular band)のあいだに金属製スパチュラを差し込んだり、肢内側からの超音波誘導(Ultrasonographic guidance)を併用する手法が有効であるかもしれません。
この症例論文では、20頭の患馬のうち二頭において、術後に蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)の亜脱臼(Subluxation)が起き、これは、深屈腱の切断によって、蹄関節の掌側支持機能(Palmar support function)が減退したためと推測されています。しかし、これらの患馬は全て、蹄踵伸長と蹄尖挙上(Heel extension and toe elevation)を施した装蹄療法(Shoeing therapy)によって亜脱臼の整復が達成されました。このため、深屈腱の切断術の後には、経時的なレントゲン検査で蹄関節の異常をモニタリングすること、そして、術後に適切な装蹄法の変更を行うことで、蹄関節の亜脱臼を未然に予防する指針が有効であると考えられました。
この症例論文では、術後に安楽死(Euthanasia)になった馬の原因としては、疝痛などの蹄葉炎とは直接的には関連しない場合を除くと、蹄部感染(Digital infection)や感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)などが多く含まれました。このように、蹄葉炎の罹患馬において、蹄部の細菌感染(Bacterial infection)が頻発する要因としては、蹄葉炎によって蹄部への血液供給(Blood circulation)が阻害されることで、感染への防御機能が低下することが挙げられています。
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この症例論文では、馬の蹄葉炎(Laminitis)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、1986~1989年にかけて、保存性療法(Conservative treatment)に不応性を示した難治性蹄葉炎(Refractory laminitis)に対して、管部中央での深屈腱切断術(Mid-metacarpal deep digital flexor tenotomy)が応用された二十頭の患馬の、医療記録(Medical records)の解析が行われました。
この症例論文の術式は、鎮静(Sedation)と局所麻酔(Local anesthesia)による起立位手術(Standing surgery)で行われ、管部中央での深屈腱と浅屈腱(Superficial digital flexor tendon)のあいだに設けた皮膚切開創(Skin incision)からアプローチされ、二つの屈腱のあいだをモスキート止血鉗子(Mosquito hemostatic forceps)によって剥離しました。そして、この隙間に片刃の柳葉刀(Single-edged bistoury)を垂直に差し込んでから90度回転させ、深屈腱を掌側から背側方向(Palmar to dorsal direction)へと切り進め、断端が2cm程度広がることで腱が完全に切断されたことを確認してから、皮下組織と皮膚が縫合閉鎖されました。
結果としては、20頭の患馬のうち、術後の24時間以内に疼痛改善(Obelグレードが1~2向上)した馬は45%(9/20頭)、72時間以内に疼痛改善した馬は80%(16/20頭)であったことが示され、術後の六ヶ月以上にわたって生存(長期生存:Long-term survival)した馬は35%(7/20頭)であったことが示されました。このため、馬の蹄葉炎に対しては、管部中央での深屈腱切断術によって、速やかな疼痛改善効果が期待できることが示唆されました。一方で、長期生存を果たす馬の割合はそれほど高くない、という治療成績が示され、これは他の文献において、85%の生存率と38%の運動復帰率を示したというデータとは相反していました(Allen et al. JAVMA. 1986;189:1604)。この要因としては、今回の論文では急性蹄葉炎の症例が殆どを占め、慢性蹄葉炎の症例のみが含まれた上述の文献よりも、術後の期間中に病態悪化を呈するケースが多かったことが挙げられています。
一般的に、難治性の蹄葉炎においては、深屈腱を切断することで、蹄骨を掌側方向へと牽引する緊張力(Tensile force)を緩和して、疼痛改善と蹄骨の反転(Derotation)を補助する治療指針が試みられています。そして、繋部中央部での深屈腱切断術(Mid-pastern deep digital flexor tenotomy)に比べて、管部中央での深屈腱切断術のほうが優れている点としては、起立位で行えるため安価で全身麻酔(General anesthesia)や麻酔覚醒(Anesthesia recovery)に伴う合併症を避けられる、腱鞘(Tendon sheath)や創傷感染(Incisional infection)の危険が少ない(繋部での切腱術では切開創が腱地面に近いため)、などが挙げられています。しかし、蹄骨に掛かる牽引力を緩和するという点では、より蹄骨に近い位置で切腱する繋部中央部での深屈腱切断術のほうが効力が高い可能性もある、という考察がなされています。
この症例論文では、術前の蹄骨回転(Distal phalanx rotation)の重篤度別に見た長期生存率は、蹄骨回転が軽度(5.5度以上)であった場合には66%(2/3頭)、蹄骨回転が中程度(5.5~11.5度)であった場合には30%(3/10)頭、蹄骨回転が重度(11.5度以上)であった場合には29%(2/7頭)であったことが報告されています。これは、術前レントゲン検査(Pre-operative radiography)における蹄骨回転角度が、深屈腱切断術における予後判定(Prognostication)の指標になりうることを示唆しており、他の文献の知見とも合致していました(Stick et al. JAVMA. 1982;180:251)。
この症例論文では、20頭の患馬のうち二頭において、腱切断の際に誤って内側掌側動脈(Medial palmar artery)が切断されたことが報告されています。このため、切開創から反対側に当たる内側の神経&脈管組織を保護するため、腱と神経脈管束(Neurovacular band)のあいだに金属製スパチュラを差し込んだり、肢内側からの超音波誘導(Ultrasonographic guidance)を併用する手法が有効であるかもしれません。
この症例論文では、20頭の患馬のうち二頭において、術後に蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)の亜脱臼(Subluxation)が起き、これは、深屈腱の切断によって、蹄関節の掌側支持機能(Palmar support function)が減退したためと推測されています。しかし、これらの患馬は全て、蹄踵伸長と蹄尖挙上(Heel extension and toe elevation)を施した装蹄療法(Shoeing therapy)によって亜脱臼の整復が達成されました。このため、深屈腱の切断術の後には、経時的なレントゲン検査で蹄関節の異常をモニタリングすること、そして、術後に適切な装蹄法の変更を行うことで、蹄関節の亜脱臼を未然に予防する指針が有効であると考えられました。
この症例論文では、術後に安楽死(Euthanasia)になった馬の原因としては、疝痛などの蹄葉炎とは直接的には関連しない場合を除くと、蹄部感染(Digital infection)や感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)などが多く含まれました。このように、蹄葉炎の罹患馬において、蹄部の細菌感染(Bacterial infection)が頻発する要因としては、蹄葉炎によって蹄部への血液供給(Blood circulation)が阻害されることで、感染への防御機能が低下することが挙げられています。
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