馬の文献:蹄葉炎(Leise et al. 2007)
文献 - 2015年11月12日 (木)

「健常意識下の馬においてエースプロマジンの筋肉内投与が掌側蹄部血流、掌側指動脈圧、顔面横動脈圧、PCV値に与える影響」
Leise BS, Fugler LA, Stokes AM, Eades SC, Moore RM. Effects of intramuscular administration of acepromazine on palmar digital blood flow, palmar digital arterial pressure, transverse facial arterial pressure, and packed cell volume in clinically healthy, conscious horses. Vet Surg. 2007; 36(8): 717-723.
この研究論文では、馬の蹄葉炎(Laminitis)に有用な内科的療法を検討するため、六頭の健常馬に対して血管拡張剤(Vasodilator)であるエースプロマジンの筋肉内投与(Intramuscular administration)、他の六頭の健常馬には生食(Saline)の筋肉内投与を行い、掌側蹄部血流(Palmar digital blood flow)、掌側指動脈圧(Palmar digital arterial pressure)、顔面横動脈圧(Transverse facial arterial pressure)、PCV値などの評価が行われました。
結果としては、エースプロマジンが筋肉内投与された六頭の馬では、掌側蹄部血流が増加しており(しかし、対照郡とのあいだに有意差は無し)、また、顔面横動脈圧が有意に下降したことが示されました。このため、馬に対するエースプロマジンの筋肉内投与によって、蹄部への血液循環(Blood circulation)の改善が起こり、蹄葉虚血(Lamina ischemia)が病因と考えられる蹄葉炎においては、その予防および治療効果が期待されることが示唆されました。しかし、生食投与郡に比べての統計的な有意差(Statistically significant differences)は無かったことから、この作用の臨床的な有意性(Clinical significance)については疑問が投げ掛けられています。
この研究の限界点(Limitation)としては、健常馬を用いた実験である事が挙げられ、実際の蹄葉炎を発症した(もしくは発症し始めている)臨床症例において、すでに蹄部への血流阻害(Reduced blood flow)が生じていた場合には、エースプロマジンの筋肉内投与によって十分な蹄部再還流(Digital reperfusion)が達成できるか否かは明確ではありません。また、蹄部の血流減退を引き起こす動静脈シャント(Arterio-venous shunt)が、血中の引き金因子が蹄葉組織に流入するのを防ぐ防御作用(Defensive effect)であった場合には、血管拡張剤の投与によって蹄葉炎の病態悪化を招く可能性も指摘されており、蹄部血流の増加の正当性(Validity)については賛否両論(Controversy)があります。
この研究では、エースプロマジンの筋肉内投与によって、“有意”な蹄部血流増加が認められなかった要因として、薬剤への反応において実験馬の個体差(Individual variability)が大きかった可能性がある、という考察がなされています。この研究での検出力(Statistical power)は0.5前後で、通常必要とされる検出力0.8を達成するためには、治療郡と対照郡に12~13頭の実験馬を要すると考察されており、これは桁外れに多い数でもないので、このような試験頭数の改善がなされなかった理由は定かではありません。一般的に、予備実験(Pilot experiment)のデータから、個体差が大きいと予測される実験を行う際には、同じ馬を期間を空けて治療郡と対照郡の両方に用いる交差試験法(Cross-over test design)が有用ですが、この論文の考察では、交差法を選択しなかった理由として、これらの馬を他の実験に用いる予定が入っていたから、とだけ述べられています。
この研究では、エースプロマジンが筋肉内投与された六頭の馬では、顔面横動脈圧は有意に下降していましたが、掌側指動脈圧は変化しておらず、また、上述のように掌側蹄部血流にも有意差が無かったことを考慮すると、エースプロマジンは蹄部循環に“中程度”の効能(Modest effect)を及ぼす、という論文の結論は、やや過大評価(Over-estimation)であるような気がします。この論文において掌側指動脈圧が有意には変化しなかった理由としては、掌側指動脈圧は顔面横動脈圧ほどの感度が無かった、掌側指動脈圧の測定位置が適切ではなかった、エースプロマジンは蹄部と他の末梢組織とで異なった作用を示した、などの潜在的理論(Potential rationale)が挙げられていますが、いずれも科学的な根拠は示されていません。
この研究では、エースプロマジンが筋肉内投与された後、蹄部への血流増加は75分間までしか認められず、実際の臨床症例の蹄部血流を改善するためには、一時間~一時間半おきという頻繁な投与(Frequent administration)を要することから、臨床現場での実行可能性(Feasibility)には疑問が残るかもしれません。また、エースプロマジン投与によって二次的に引き起こされる低血圧は、蹄葉炎の予防を要するような疝痛症例などにおいては、禁忌(Contraindication)とされるケースも多いと考察されています。
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