馬の文献:蹄葉炎(de la Rebiere de Pouyade et al. 2009)
文献 - 2015年11月13日 (金)

「低分子量ヘパリンによる疝痛手術後の蹄葉炎予防の評価」
de la Rebiere de Pouyade G, Grulke S, Detilleux J, Salciccia A, Verwilghen DR, Caudron I, Gangl M, Serteyn DD. Evaluation of low-molecular-weight heparin for the prevention of equine laminitis after colic surgery. J Vet Emerg Crit Care (San Antonio). 2009; 19(1): 113-119.
この研究論文では、疝痛手術(Colic surgery)の後に起こりうる馬の蹄葉炎(Laminitis)の予防法を検討するため、1995~2007年にかけて、疝痛手術の後に低分子量ヘパリン(Low-molecular-weight heparin)が投与された304頭の患馬(ヘパリン治療郡)と、それ以前の1991~1995年にかけて、疝痛手術の後に低分子量ヘパリンが投与されなかった56頭の患馬(対照郡)における、術後合併症(Post-operative complication)としての蹄葉炎の発症の有無を含む、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、ヘパリン治療郡の馬では、蹄葉炎の発症率は3.3%(10/304頭)にとどまったのに対して、対照郡の馬では、蹄葉炎の発症率は10.7%(6/56頭)と、有意に高かったことが示されました。そして、ロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)の結果では、低分子量ヘパリンが投与された場合には、蹄葉炎を発症する可能性が三分の一以下まで減少することが示唆されました(オッズ比:0.27)。また、中程度~重度の蹄葉炎病態(病態グレード2&3)を呈した馬の割合は、ヘパリン治療郡では10%(1/10頭)にとどまったのに対して、対照郡では100%(6/6頭)と、有意に重篤な蹄葉炎を起こしたことが示されました。さらに、蹄葉炎を続発した馬のうち、安楽死(Euthanasia)となったのは、ヘパリン治療郡では0%(0/10頭)であったのに対して、対照郡では67%(4/6頭)にのぼっていました。このため、疝痛手術を受けた馬に対しては、術後に低分子量ヘパリンを投与することで、蹄葉炎の予防効果(Preventive effect)が期待できるだけでなく、蹄葉炎を続発した場合でも、その病態を軽くして、予後改善につながる可能性があることが示唆されました。
一般的に、馬の蹄葉炎の病因論(Potential etiology)として、血液凝固因子異常(Blood coagulopathy)に起因する背側蹄葉の血液循環障害(Blood circulation failure)によって、蹄葉組織の壊死性剥離(Necrotic separation)を生じる可能性が指摘されています。このため、血液凝固防止剤(Anti-coagulant agent)であるヘパリン投与によって、蹄葉炎が予防できるという症例報告(Belknap et al. JAVMA. 1989;195:505.)および研究報告(Hood et al. Proc AAEP. 1979:13)があります。低分子量ヘパリンは、通常のヘパリンに比べて、輸送蛋白(Transport protein)への結合度が低いため、血漿半減期(Plasma half-life)が長くなることが知られており(Hirsh et al. Chest.2001;119:64S)、また、低分子量ヘパリンは、凝固防止反応がより予測可能(More predictable anticoagulant response)で(Bratt et al. Thromb Res. 1986;42:613)、ヘパリン誘導性の血小板減少症(Heparin-induced thrombocytopenia)の危険性が低いと考えられています(Warkentin et al. N Engl J Med. 1995;332:1330)。
一般的に、馬の蹄葉炎では、一酸化窒素の枯渇(Nitric oxide depletion)が脈管収縮(Vasoconstriction)および蹄部虚血(Foot ischemia)を引き起こすという病因論が仮説されています(Baldus et al. Free Radic Biol Med. 2004;37:902)。低分子量ヘパリンは、一酸化窒素の生物学的利用率(Bioavailability)を上昇させて、脈管拡張作用(Vasodilator function)をもたらすことが知られており(Baldus et al. Circulation. 2006;113:1871)、この作用が馬の蹄葉炎に対する予防効能に関与している可能性がある、という考察もなされています。また、馬の蹄葉炎では、二型マトリックスメタロプロテイナーゼ(Matrix metalloproteinase-2: MMP-2)の活性亢進が、蹄葉裂離(Lamina separation)を誘導しているという病因論もあり(Pollitt et al. EVJ Suppl. 1998;26:119, Kyaw et al. EVJ. 2004;36:221)、このMMP-2の活性化(Activation)には、ミエロペルオキシダーゼ(Myeloperoxidase: MPO)を介しての次亜塩素酸生成(Production of hypochlorous acid)が関与していると考えられています(Shamamian et al. J Cell Physiol. 2001;189:197)。低分子量ヘパリンには、MPOの活性化および内皮細胞のMPO取り込み(MPO uptake by endothelial cells)を抑制する作用があることから(de la Rebiere et al. Vet J. 2008;178:62)、これらの作用が、馬の蹄葉炎への効能につながっている一つの要因になりうると考察されています。
この研究の重大な問題点としては、治療郡と対照郡の症例データが、異なった年代から集められているため、低分子量ヘパリンの投与以外にも多くの要素が、疝痛手術後における蹄葉炎の発症率および予後に影響していると考えられます。例えば、年代の移り変わりに伴って、(1)疝痛治療のための手術手技の向上(腸管の切除&吻合術の進歩)、(2)文献データの蓄積に基づく疝痛手術の適応基準の変化(手術しても予後不良を呈する症例を見極めやすくなった)、(3)ヘパリン以外の内科的療法の進歩、(4)馬主の経済的要素の変動に伴う手術選択率の変化(景気が悪くなって、予後が良さそうな症例以外は、高価な疝痛手術が避けられるようになった)、などが生じることで、“疝痛手術後に起こる蹄葉炎”に関する病態分布やその予後は、大きく変動すると考えられます。
この研究における、もうひとつの限界点(Limitation)としては、疝痛手術や低分子量ヘパリンの投与が、無作為に選択(Random selection)された治療法ではないことが挙げられます。つまり、もともと予後の悪そうな重篤な疝痛症例は、開腹術(Celiotomy)の適応症(Indication)にならなかったり、ヘパリン投与が奏功しそうな馬に対してのみ応用されたという、治療法選択に関する偏向(Bias)が起こり、その結果、低分子量ヘパリンによる有意な治療&予防効果が示された可能性は否定できません。
この研究では、疝痛手術を要した原発疾患(Primary disease)のタイプおよび重篤度(Severity)において、小腸疾患と大腸疾患(Small/Large intestinal disorders)の違い、絞扼性と非絞扼性(Strangulated/Non-strangulated lesions)の違い、ショックの重篤度スコアなどによって評価されていますが、これらはいずれも、蹄葉炎の発症率やその予後には、有意には相関していませんでした。また、患馬の年齢、品種、性別、体重なども、蹄葉炎の発症率やその予後には、有意な影響は及ぼしていませんでした。
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