馬の文献:蹄葉炎(Rucker. 2010b)
文献 - 2015年11月14日 (土)
「慢性蹄葉炎:戦略的蹄壁切除」
Rucker A. Chronic laminitis: strategic hoof wall resection. Vet Clin North Am Equine Pract. 2010; 26(1): 197-205.
この総説論文では、馬の慢性蹄葉炎(Chronic laminitis)に対する戦略的蹄壁切除(Strategic hoof wall resection)が解説されています。
古典的には、馬の蹄葉炎に対する装蹄療法(Therapeutic shoeing)に併行して、蹄冠溝削り(Coronary grooving)もしくは背側蹄壁切除術(Dorsal hoof wall resection)が行われてきました。蹄葉炎における蹄骨変位(Displacement of distal phalanx)は、蹄冠真皮(Coronary corium)、蹄葉真皮(Lamellar corium)、蹄底真皮(Solar corium)における循環障害(Compromised circulation)を引き起こし、また、外側よりも内側蹄組織のほうがこの影響が大きいことが知られています(軽種馬では遠位肢の内側の方が荷重が大きいため)。広範囲にわたる蹄葉の炎症と裂離(Extensive inflammation and separation)によって、蹄冠組織が隆起して鋭い近位蹄壁縁(Sharp edge of proximal wall)に接触すると、この箇所での浮腫(Edema)や更なる損傷を引き起こし、蹄冠真皮の壊死(Necrosis)や角質生成異常(Abnormal horn growth)に至ります。
さらに、蹄葉炎の病態進行に伴う蹄骨変位によって、蹄冠真皮が蹄骨の伸筋突起(Extensor process of distal phalanx)と蹄壁のあいだに挟まれるようにして圧迫(Compression)を受けることも知られています。蹄葉炎の罹患馬に対する蹄壁切除は、この圧迫を取り除く手法として有効で、その必要性およびタイミングを判断する際には、蹄部の静脈造影術(Digital venography)を介して、蹄冠真皮(特に内側蹄冠)からの造影剤の消失を確認する画像診断法(Diagnostic imaging)が有用であると提唱されています。
蹄葉炎馬に対する戦略的蹄壁切除では、まず鎮静剤(Sedatives)の投与と、遠軸種子骨神経麻酔(Abaxial sesamoid block)によって遠位肢を無痛化(Distal limb analgesia)した後、球節の高さに止血帯(Torniquet)を装着します(ただし、循環障害のため、止血帯無しでも出血は少ない症例も多い)。その後、罹患している蹄壁をニッパーで切除しますが、浮腫や圧迫を起こしている部分よりもやや広めに、“笑い顔の口の形”(Smiley-face arch)を成すように、蹄壁切除を行う箇所を決定します。蹄壁切除に際しては、まず始めに、蹄壁の中層(Stratum medium)まで達する幅1cmの溝をニッパーまたは蹄鑢で削り取ります。
次に、真皮乳頭(Dermal papillae)を傷付けないように、装蹄ナイフでその辺縁を蹄骨面に垂直に切開してから(この際にBurrで削ると熱性壊死を起こす危険がある)、メス刃によって葉状層(Stratum lamellatum)を切開します。そして、片刃ニッパー(Half-round nippers)で蹄壁縁をつかんで、蹄冠血管叢(Coronary plexus)および蹄冠真皮(Coronary corium)から蹄壁組織をスムーズに剥がしていきます。さらに、剥がした後の蹄壁の辺縁を滑らかに削切してから、蹄真皮を慎重にマッサージすることで出血を促します。この露出した蹄真皮は、健康な場合にはピンク~赤色で活発な出血が見られますが、浮腫が進行していた場合には、色が薄く、出血しにくいことが知られています。また、重篤な循環障害を呈した場合には、濃赤色もしくは紫色で、リボン状の壊死組織(Necrotic tissue)が観察されることもあります。
蹄壁を切除して露出された蹄真皮の表面には、消毒剤(=Betadine solution等)に浸した外科用フェルトを当てて、これを弾性のあるバンテージ素材(=Elastikon等)を用いて固定します。この際には、過剰な肉芽組織の過剰増生(Exuberant granulation tissue formation)を防ぐため、十分な圧迫バンテージを装着することが大切です。もし、正中~蹄踵まで達するような、広範囲にわたる蹄壁が切除された症例に対しては、遠位肢ギプス(Distal limb cast)を装着することで、蹄部の動きや疼痛を減退させる指針も有効です。この場合には、外科用フェルト内にバタフライ・カテーテルを穿刺しておくことで、定期的に消毒剤を浸透させたり、ギプス壁に穴を開けておき、患部の上皮化(Epithelialization)や角質化(Cornification)をモニタリングする工夫もなされています。
術後には、消毒剤に浸した外科用フェルトを毎日交換しますが(ギプスが装着された場合を除く)、蹄真皮が重度の損傷を受けていなければ、二週間以内に術創部位の角質化が見られ、その後は、三日~五日おきのバンテージ交換で済みます。そして、蹄壁の切除箇所を角質組織が覆った時点で、患馬はパドック放牧できるようになります。しかし、蹄部の感染症(Sepsis)や壊死を併発していた場合には、蹄壁切除箇所の角質化は起こりにくいため、抗生物質の局所灌流(Regional limb perfusions)や局所塗布(Local ointment)、壊死骨の清掃(Debridement)などを要する場合もあります。術後の経過監視には、蹄部の静脈造影も有用で、終端弓(Terminal arch)が見られない場合には、予後は極めて悪い(Grave prognosis)と考えられています。
重度に進行した蹄葉炎の罹患馬に対しては、最後の手段としての救援療法(Salvage procedure)として、全ての蹄壁を完全に切除した後、経固定具ピンギプス(Transfixation-pin cast)を装着させることで、罹患肢への荷重が蹄部に掛からないようにする治療法も試みられています。この治療は、全身麻酔下(Under general anesthesia)で行われ、蹄踵の箇所から背側方向へと蹄壁を完全に剥がした後、露出した蹄真皮を消毒剤に浸した外科用フェルトで覆ってから、圧迫バンテージを装着します。そして、管骨(Cannon bone)に二本のピンを通し、その両端をギプス素材に埋め込むことで、経固定具ピンギプスを装着させます。術後には、一~三ヶ月おきのギプス交換を要し、最初のギプス交換の際には、深屈腱切断術(Deep digital flexor tenotomy)が実施されます。そして、感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)を続発することなく、堅固な蹄角質が早期に再生できれば、放牧地での正常歩様(Pasture soundness)までの回復が期待されることが報告されています。
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古典的には、馬の蹄葉炎に対する装蹄療法(Therapeutic shoeing)に併行して、蹄冠溝削り(Coronary grooving)もしくは背側蹄壁切除術(Dorsal hoof wall resection)が行われてきました。蹄葉炎における蹄骨変位(Displacement of distal phalanx)は、蹄冠真皮(Coronary corium)、蹄葉真皮(Lamellar corium)、蹄底真皮(Solar corium)における循環障害(Compromised circulation)を引き起こし、また、外側よりも内側蹄組織のほうがこの影響が大きいことが知られています(軽種馬では遠位肢の内側の方が荷重が大きいため)。広範囲にわたる蹄葉の炎症と裂離(Extensive inflammation and separation)によって、蹄冠組織が隆起して鋭い近位蹄壁縁(Sharp edge of proximal wall)に接触すると、この箇所での浮腫(Edema)や更なる損傷を引き起こし、蹄冠真皮の壊死(Necrosis)や角質生成異常(Abnormal horn growth)に至ります。
さらに、蹄葉炎の病態進行に伴う蹄骨変位によって、蹄冠真皮が蹄骨の伸筋突起(Extensor process of distal phalanx)と蹄壁のあいだに挟まれるようにして圧迫(Compression)を受けることも知られています。蹄葉炎の罹患馬に対する蹄壁切除は、この圧迫を取り除く手法として有効で、その必要性およびタイミングを判断する際には、蹄部の静脈造影術(Digital venography)を介して、蹄冠真皮(特に内側蹄冠)からの造影剤の消失を確認する画像診断法(Diagnostic imaging)が有用であると提唱されています。
蹄葉炎馬に対する戦略的蹄壁切除では、まず鎮静剤(Sedatives)の投与と、遠軸種子骨神経麻酔(Abaxial sesamoid block)によって遠位肢を無痛化(Distal limb analgesia)した後、球節の高さに止血帯(Torniquet)を装着します(ただし、循環障害のため、止血帯無しでも出血は少ない症例も多い)。その後、罹患している蹄壁をニッパーで切除しますが、浮腫や圧迫を起こしている部分よりもやや広めに、“笑い顔の口の形”(Smiley-face arch)を成すように、蹄壁切除を行う箇所を決定します。蹄壁切除に際しては、まず始めに、蹄壁の中層(Stratum medium)まで達する幅1cmの溝をニッパーまたは蹄鑢で削り取ります。
次に、真皮乳頭(Dermal papillae)を傷付けないように、装蹄ナイフでその辺縁を蹄骨面に垂直に切開してから(この際にBurrで削ると熱性壊死を起こす危険がある)、メス刃によって葉状層(Stratum lamellatum)を切開します。そして、片刃ニッパー(Half-round nippers)で蹄壁縁をつかんで、蹄冠血管叢(Coronary plexus)および蹄冠真皮(Coronary corium)から蹄壁組織をスムーズに剥がしていきます。さらに、剥がした後の蹄壁の辺縁を滑らかに削切してから、蹄真皮を慎重にマッサージすることで出血を促します。この露出した蹄真皮は、健康な場合にはピンク~赤色で活発な出血が見られますが、浮腫が進行していた場合には、色が薄く、出血しにくいことが知られています。また、重篤な循環障害を呈した場合には、濃赤色もしくは紫色で、リボン状の壊死組織(Necrotic tissue)が観察されることもあります。
蹄壁を切除して露出された蹄真皮の表面には、消毒剤(=Betadine solution等)に浸した外科用フェルトを当てて、これを弾性のあるバンテージ素材(=Elastikon等)を用いて固定します。この際には、過剰な肉芽組織の過剰増生(Exuberant granulation tissue formation)を防ぐため、十分な圧迫バンテージを装着することが大切です。もし、正中~蹄踵まで達するような、広範囲にわたる蹄壁が切除された症例に対しては、遠位肢ギプス(Distal limb cast)を装着することで、蹄部の動きや疼痛を減退させる指針も有効です。この場合には、外科用フェルト内にバタフライ・カテーテルを穿刺しておくことで、定期的に消毒剤を浸透させたり、ギプス壁に穴を開けておき、患部の上皮化(Epithelialization)や角質化(Cornification)をモニタリングする工夫もなされています。
術後には、消毒剤に浸した外科用フェルトを毎日交換しますが(ギプスが装着された場合を除く)、蹄真皮が重度の損傷を受けていなければ、二週間以内に術創部位の角質化が見られ、その後は、三日~五日おきのバンテージ交換で済みます。そして、蹄壁の切除箇所を角質組織が覆った時点で、患馬はパドック放牧できるようになります。しかし、蹄部の感染症(Sepsis)や壊死を併発していた場合には、蹄壁切除箇所の角質化は起こりにくいため、抗生物質の局所灌流(Regional limb perfusions)や局所塗布(Local ointment)、壊死骨の清掃(Debridement)などを要する場合もあります。術後の経過監視には、蹄部の静脈造影も有用で、終端弓(Terminal arch)が見られない場合には、予後は極めて悪い(Grave prognosis)と考えられています。
重度に進行した蹄葉炎の罹患馬に対しては、最後の手段としての救援療法(Salvage procedure)として、全ての蹄壁を完全に切除した後、経固定具ピンギプス(Transfixation-pin cast)を装着させることで、罹患肢への荷重が蹄部に掛からないようにする治療法も試みられています。この治療は、全身麻酔下(Under general anesthesia)で行われ、蹄踵の箇所から背側方向へと蹄壁を完全に剥がした後、露出した蹄真皮を消毒剤に浸した外科用フェルトで覆ってから、圧迫バンテージを装着します。そして、管骨(Cannon bone)に二本のピンを通し、その両端をギプス素材に埋め込むことで、経固定具ピンギプスを装着させます。術後には、一~三ヶ月おきのギプス交換を要し、最初のギプス交換の際には、深屈腱切断術(Deep digital flexor tenotomy)が実施されます。そして、感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)を続発することなく、堅固な蹄角質が早期に再生できれば、放牧地での正常歩様(Pasture soundness)までの回復が期待されることが報告されています。
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