馬の文献:蹄葉炎(Orsini et al. 2010)
文献 - 2015年11月15日 (日)
「三次医療病院における馬の蹄葉炎の予後判定指標」
Orsini JA, Parsons CS, Capewell L, Smith G. Prognostic indicators of poor outcome in horses with laminitis at a tertiary care hospital. Can Vet J. 2010; 51(6): 623-628.
この研究論文では、馬の蹄葉炎(Laminitis)における予後判定指標(Prognostic indicators)を検討するため、1986~2003年にかけて三次医療病院(Tertiary care hospital)に入院し、蹄葉炎を発症して安楽死(Euthanasia)または斃死した247頭の馬、および、蹄葉炎を発症したものの退院を果たした344頭の馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariate logistic regression analysis)では、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性は、蹄骨遠位変位(Distal displacement of distal phalanx)を起こした場合には三倍近く(オッズ比:2.68)、肺炎(Pneumonia)を起こした場合には三倍近く(オッズ比:2.87)、血栓性静脈炎(Thrombophlebitis)などの脈管病変(Vascular pathology)を起こした場合には二倍以上(オッズ比:2.12)も高くなることが示されました。このため、急性の病状進行(Rapid progression)を呈することの多い蹄骨遠位変位(=沈下型蹄葉炎:Sinker laminitis)や、重度の内毒素血症(Endotoxemia)を続発しやすい肺炎や脈管病変などの病態は、蹄葉炎の罹患馬において予後不良(Poor prognosis)となる危険性を示すケースが多いと考えられました。また、進行性の血栓性静脈炎では、蹄組織の血栓性塞栓症(Thromboembolic events)を続発しやすかった可能性もあると考察されています。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、Obelシステムによる疼痛グレード1の場合に比べて、グレード2では三倍近く(オッズ比:2.99)、グレード3では十倍近く(オッズ比:9.63)、グレード4では二十倍以上(オッズ比:20.48)も、安楽死または斃死となる可能性が高いことが示されました。このため、Obelグレードによる疼痛症状の定量的評価(Quantitative evaluation)が、蹄葉炎の予後判定(Prognostication)のために有効な指標になりうることが示唆されました。そして、グレード3(歩くことをためらい、前肢を挙上することに抵抗する)およびグレード4(強制しない限りは動こうとしない、もしくは起立不能)などの、重度~極めて重度の疼痛を呈する患馬では、治療に不応性(Refractory)を示す症例が多いだけでなく、動物福祉(Animal welfare)の観点からも治療継続を選択するのが難しい場合が殆どである、という考察がなされています。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、接着蹄鉄(Glue-on shoes)が用いられた場合には、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性が、三分の一程度まで低下することが示されました(オッズ比:0.36)。一般的に、接着蹄鉄を用いた蹄葉炎馬に対する装蹄療法では、罹患蹄の支持機能が高く、荷重面に対して正常な蹄骨角度を調整できるなどの利点が挙げられており、これらの要素が予後改善につながったと考察されています。しかし、装蹄グルーを使用する接着蹄鉄では、装鉄に掛かる手間や費用が多くなりがちであるため、重篤な病態を示した症例(安楽死になりそうな馬)に対してはあまり応用されなかった、という装蹄法の選択における偏向(Bias)が働いた可能性は否定できません。つまり、安楽死または斃死となった患馬では、接着蹄鉄を使用しないことで予後が悪化したと言うよりも、予後不良が予測される馬ほど接着蹄鉄の使用が控えられた事を示すデータなのかもしれません。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、フルニキシン・メグルミン(Flunixin meglumine)が投与された場合には、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性が、二倍近くも増加することが示されました(オッズ比:1.76)。この理由としては、フルニキシン・メグルミン投与を要するほど原発疾患が重篤な症例ほど予後が悪くなり易かった、という解釈(Interpretation)がなされていますが、多因子解析では、原発疾患の有無やタイプも予測因子(Predictive factor)として考慮されているため、この考察は必ずしも適切ではないのかもしれません。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、患馬の年齢、品種、性別、蹄骨炎(Pedal osteitis)、下痢症(Diarrhea)、サルモネラ菌の陽性反応(Positive test for Salmonella)などは、安楽死または斃死となる危険性に、有意には相関してませんでした。また、ヘパリン、ペントキシフェリン、エースプロマジン、DMSOなどの投与は、安楽死または斃死となる可能性を、有意に低下させるというデータは示されませんでした。一般的に、蹄葉炎の病態重篤度はその予後に負の相関を示すことが知られており、他の文献では、蹄骨の回転角度(Stick et al. JAVMA. 1982;180:251)、蹄骨の沈下距離(Cripps et al. EVJ. 1999;31:433)、体重(Baxter et al. JAVMA. 1986;189:326)、疼痛症状の重篤度(Hunt et al. EVJ. 1993;25:61)、罹患蹄の数(Colles et al. Vet Rec. 1977;100:262)などが、芳しくない経過を示唆する予後判定指標になりうることが報告されています。
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この研究論文では、馬の蹄葉炎(Laminitis)における予後判定指標(Prognostic indicators)を検討するため、1986~2003年にかけて三次医療病院(Tertiary care hospital)に入院し、蹄葉炎を発症して安楽死(Euthanasia)または斃死した247頭の馬、および、蹄葉炎を発症したものの退院を果たした344頭の馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、多因子ロジスティック回帰解析(Multivariate logistic regression analysis)では、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性は、蹄骨遠位変位(Distal displacement of distal phalanx)を起こした場合には三倍近く(オッズ比:2.68)、肺炎(Pneumonia)を起こした場合には三倍近く(オッズ比:2.87)、血栓性静脈炎(Thrombophlebitis)などの脈管病変(Vascular pathology)を起こした場合には二倍以上(オッズ比:2.12)も高くなることが示されました。このため、急性の病状進行(Rapid progression)を呈することの多い蹄骨遠位変位(=沈下型蹄葉炎:Sinker laminitis)や、重度の内毒素血症(Endotoxemia)を続発しやすい肺炎や脈管病変などの病態は、蹄葉炎の罹患馬において予後不良(Poor prognosis)となる危険性を示すケースが多いと考えられました。また、進行性の血栓性静脈炎では、蹄組織の血栓性塞栓症(Thromboembolic events)を続発しやすかった可能性もあると考察されています。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、Obelシステムによる疼痛グレード1の場合に比べて、グレード2では三倍近く(オッズ比:2.99)、グレード3では十倍近く(オッズ比:9.63)、グレード4では二十倍以上(オッズ比:20.48)も、安楽死または斃死となる可能性が高いことが示されました。このため、Obelグレードによる疼痛症状の定量的評価(Quantitative evaluation)が、蹄葉炎の予後判定(Prognostication)のために有効な指標になりうることが示唆されました。そして、グレード3(歩くことをためらい、前肢を挙上することに抵抗する)およびグレード4(強制しない限りは動こうとしない、もしくは起立不能)などの、重度~極めて重度の疼痛を呈する患馬では、治療に不応性(Refractory)を示す症例が多いだけでなく、動物福祉(Animal welfare)の観点からも治療継続を選択するのが難しい場合が殆どである、という考察がなされています。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、接着蹄鉄(Glue-on shoes)が用いられた場合には、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性が、三分の一程度まで低下することが示されました(オッズ比:0.36)。一般的に、接着蹄鉄を用いた蹄葉炎馬に対する装蹄療法では、罹患蹄の支持機能が高く、荷重面に対して正常な蹄骨角度を調整できるなどの利点が挙げられており、これらの要素が予後改善につながったと考察されています。しかし、装蹄グルーを使用する接着蹄鉄では、装鉄に掛かる手間や費用が多くなりがちであるため、重篤な病態を示した症例(安楽死になりそうな馬)に対してはあまり応用されなかった、という装蹄法の選択における偏向(Bias)が働いた可能性は否定できません。つまり、安楽死または斃死となった患馬では、接着蹄鉄を使用しないことで予後が悪化したと言うよりも、予後不良が予測される馬ほど接着蹄鉄の使用が控えられた事を示すデータなのかもしれません。
この研究では、多因子ロジスティック回帰解析の結果から、フルニキシン・メグルミン(Flunixin meglumine)が投与された場合には、蹄葉炎によって安楽死または斃死となる可能性が、二倍近くも増加することが示されました(オッズ比:1.76)。この理由としては、フルニキシン・メグルミン投与を要するほど原発疾患が重篤な症例ほど予後が悪くなり易かった、という解釈(Interpretation)がなされていますが、多因子解析では、原発疾患の有無やタイプも予測因子(Predictive factor)として考慮されているため、この考察は必ずしも適切ではないのかもしれません。
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