馬の文献:舟状骨症候群(Dabareiner et al. 2003)
文献 - 2015年11月21日 (土)
「他の治療法に不応性を示した舟状骨領域の疼痛に対する、コルチコステロイド、ヒアルロン酸、およびアミケイシンの舟嚢注射:1999~2002年の25症例」
Dabareiner RM, Carter GK, Honnas CM. Injection of corticosteroids, hyaluronate, and amikacin into the navicular bursa in horses with signs of navicular area pain unresponsive to other treatments: 25 cases (1999-2002). J Am Vet Med Assoc. 2003; 223(10): 1469-1474.
この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対する有効な内科的療法を検討するため、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)での跛行改善(Lameness improvement)によって、舟状骨領域の疼痛(Navicular area pain)が診断された25頭の患馬に対して、コルチコステロイド、ヒアルロン酸、およびアミケイシンの舟嚢注射(Injections into navicular bursa)が行われました。
結果としては、25頭の患馬のうち20頭(80%)が、舟嚢注射から二週間以内に正常歩様(Sound gait)への回復を示し、意図した用途への使役(Intended use)に復帰でき、また、正常歩様が持続した平均期間は、4.6ヶ月であったことが報告されています。さらに、治療から一~三年にわたって、意図した用途への使役が可能であった馬は14頭(56%)であったことが示されました。そして、これらの患馬は、慢性病歴(Chronic history)を呈し、装蹄療法(Therapeutic shoeing)や非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAID)の投与に不応性(Non-responsive)を示していました。このため、馬の舟状骨領域における難治性の疼痛(Refractory pain)に対しては、コルチコステロイドやヒアルロン酸の舟嚢注射によって、跛行の改善効果が期待されることが示唆されました。
一般的に、馬の関節や滑液嚢の疾患(Joint or synovial bursa disorder)に対しては、コルチコステロイド注射によって、跛行や疼痛症状の減退という「症状改善効果(Symptom-modifying effect)」は期待されるものの、「病気改善効果(Disease-modifying effect)」は必ずしも示されず、むしろ原発疾患を悪化させる危険性も指摘されています。今回の研究でも、コルチコステロイドの舟嚢注射によって実証されたのは、一時的な跛行の改善効果のみで、病態の改善を証明するために、蹄踵部のMRI検査や舟嚢の内視鏡検査(Navicular bursoscopy)、および、舟状骨周辺部の組織学的検査(Histologic examination)は行われておらず、抗炎症剤の舟嚢注射によって病気改善効果が達成できるのか否かは明確ではありません。
この研究では、25頭の患馬のうち二頭において、繋部(Pastern region)における深屈腱断裂(Rupture of deep digital flexor tendon)の合併症が続発しており、このうち一頭は、獣医師が馬房休養を推奨している時期に放牧されており、もう一頭は、二年間にわたって多数回の舟嚢注射を受けていました。このため、コルチコステロイド注射によって、蹄踵疼痛が減退した馬が放牧場をむやみに走り回ったり、複数回のコルチコステロイドの舟嚢注射によって、舟状骨と深屈腱の癒着(Adhesion)を生じることなどが、深屈腱断裂の危険性を増す結果につながった、という考察がなされています。また、レントゲン検査において、舟状骨の屈腱面(Flexor cortex)に顕著な異常が認められた場合にも、深屈腱断裂を続発する可能性を考慮して、コルチコステロイドの舟嚢注射は控えるべきである、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対しては、休養、装蹄療法、NSAID全身投与、コルチコステロイドの蹄関節注射(Coffin joint)などが試みられますが、これらの治療に不応性の症例に対しては、掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)による蹄踵部の外科的無痛化(Surgical heel analgesia)が選択されることもあります。しかし、掌側指神経切断術の後には、疼痛性神経腫形成(Painful neuroma formation)、神経再生(Nerve regrowth)、深屈腱断裂などの合併症の危険があり、動物福祉(Animal welfare)の観点からも、その実施には賛否両論(Controversy)があります。今回の研究で行われた、コルチコステロイドやヒアルロン酸の舟嚢注射では、その効能は一時的であるものの、掌側指神経切断術に頼ることなく、慢性の蹄踵疼痛の罹患馬を騎乗使役に復帰させる指針として有効であると考えられました。
この研究では、舟嚢注射に際しては、深屈腱と蹄軟骨に囲まれた蹄球上部の陥没部の正中遠位側(Midline at the distal extent of the depression created by the junction of the collateral cartilages and the deep digital flexor tendon)に針穿刺して、蹄底面に対して10~30度の下向き角度を成すように針伸展して、抵抗があった位置で針を止め、側方レントゲン検査(Lateral radiography)によって針の先端が舟嚢内に位置しているのを確認してから、舟嚢注射が実施されました。また、治療のために舟嚢注射では、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)のために舟嚢麻酔と異なり、患馬に十分な鎮静剤(Sedation)の投与や局所麻酔(Local anesthesia)を与えられるという利点があります。
一般的に、馬の舟嚢麻酔(Navicular bursa block)に陽性を示した症例では、舟嚢そのものの異常の他にも、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)、舟状骨と深屈腱の癒着、舟状骨の屈腱面において露出した軟骨下神経(Exposed subchondral nerve)、などが疼痛原因になりうることが知られています。今回の研究に含まれた症例では、蹄関節へのコルチコステロイド注射では跛行改善せず、舟嚢へのコルチコステロイド注射によって正常歩様を回復した場合が多かったことから、上述のような舟状骨の周囲組織に原発病変(Primary lesion)が存在した可能性が高いと推測されています。また、この理由から、診断名としては“ナビキュラー病”(Navicular disease)ではなく、“舟状骨領域の疼痛”という言い回しになっています。
一般的に、馬の舟嚢の容積は3mL前後であることから、容量が2mLを超える舟嚢注射では、顕著な抵抗が生じることが知られていますが、舟状骨症候群の罹患蹄では、舟状骨と深屈腱の癒着によって、舟嚢容積が減少しているケースも考えられます。今回の研究では、舟嚢注射における溶液の総量は術者の判断に任され、症例間で統一されていませんでしたが、殆どの場合には、1mLのコルチコステロイド、1mLのヒアルロン酸、0.5mLのアミケイシンの混合液を用いる事が適当である、という提唱がなされています。
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Dabareiner RM, Carter GK, Honnas CM. Injection of corticosteroids, hyaluronate, and amikacin into the navicular bursa in horses with signs of navicular area pain unresponsive to other treatments: 25 cases (1999-2002). J Am Vet Med Assoc. 2003; 223(10): 1469-1474.
この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対する有効な内科的療法を検討するため、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)での跛行改善(Lameness improvement)によって、舟状骨領域の疼痛(Navicular area pain)が診断された25頭の患馬に対して、コルチコステロイド、ヒアルロン酸、およびアミケイシンの舟嚢注射(Injections into navicular bursa)が行われました。
結果としては、25頭の患馬のうち20頭(80%)が、舟嚢注射から二週間以内に正常歩様(Sound gait)への回復を示し、意図した用途への使役(Intended use)に復帰でき、また、正常歩様が持続した平均期間は、4.6ヶ月であったことが報告されています。さらに、治療から一~三年にわたって、意図した用途への使役が可能であった馬は14頭(56%)であったことが示されました。そして、これらの患馬は、慢性病歴(Chronic history)を呈し、装蹄療法(Therapeutic shoeing)や非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs: NSAID)の投与に不応性(Non-responsive)を示していました。このため、馬の舟状骨領域における難治性の疼痛(Refractory pain)に対しては、コルチコステロイドやヒアルロン酸の舟嚢注射によって、跛行の改善効果が期待されることが示唆されました。
一般的に、馬の関節や滑液嚢の疾患(Joint or synovial bursa disorder)に対しては、コルチコステロイド注射によって、跛行や疼痛症状の減退という「症状改善効果(Symptom-modifying effect)」は期待されるものの、「病気改善効果(Disease-modifying effect)」は必ずしも示されず、むしろ原発疾患を悪化させる危険性も指摘されています。今回の研究でも、コルチコステロイドの舟嚢注射によって実証されたのは、一時的な跛行の改善効果のみで、病態の改善を証明するために、蹄踵部のMRI検査や舟嚢の内視鏡検査(Navicular bursoscopy)、および、舟状骨周辺部の組織学的検査(Histologic examination)は行われておらず、抗炎症剤の舟嚢注射によって病気改善効果が達成できるのか否かは明確ではありません。
この研究では、25頭の患馬のうち二頭において、繋部(Pastern region)における深屈腱断裂(Rupture of deep digital flexor tendon)の合併症が続発しており、このうち一頭は、獣医師が馬房休養を推奨している時期に放牧されており、もう一頭は、二年間にわたって多数回の舟嚢注射を受けていました。このため、コルチコステロイド注射によって、蹄踵疼痛が減退した馬が放牧場をむやみに走り回ったり、複数回のコルチコステロイドの舟嚢注射によって、舟状骨と深屈腱の癒着(Adhesion)を生じることなどが、深屈腱断裂の危険性を増す結果につながった、という考察がなされています。また、レントゲン検査において、舟状骨の屈腱面(Flexor cortex)に顕著な異常が認められた場合にも、深屈腱断裂を続発する可能性を考慮して、コルチコステロイドの舟嚢注射は控えるべきである、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対しては、休養、装蹄療法、NSAID全身投与、コルチコステロイドの蹄関節注射(Coffin joint)などが試みられますが、これらの治療に不応性の症例に対しては、掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)による蹄踵部の外科的無痛化(Surgical heel analgesia)が選択されることもあります。しかし、掌側指神経切断術の後には、疼痛性神経腫形成(Painful neuroma formation)、神経再生(Nerve regrowth)、深屈腱断裂などの合併症の危険があり、動物福祉(Animal welfare)の観点からも、その実施には賛否両論(Controversy)があります。今回の研究で行われた、コルチコステロイドやヒアルロン酸の舟嚢注射では、その効能は一時的であるものの、掌側指神経切断術に頼ることなく、慢性の蹄踵疼痛の罹患馬を騎乗使役に復帰させる指針として有効であると考えられました。
この研究では、舟嚢注射に際しては、深屈腱と蹄軟骨に囲まれた蹄球上部の陥没部の正中遠位側(Midline at the distal extent of the depression created by the junction of the collateral cartilages and the deep digital flexor tendon)に針穿刺して、蹄底面に対して10~30度の下向き角度を成すように針伸展して、抵抗があった位置で針を止め、側方レントゲン検査(Lateral radiography)によって針の先端が舟嚢内に位置しているのを確認してから、舟嚢注射が実施されました。また、治療のために舟嚢注射では、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)のために舟嚢麻酔と異なり、患馬に十分な鎮静剤(Sedation)の投与や局所麻酔(Local anesthesia)を与えられるという利点があります。
一般的に、馬の舟嚢麻酔(Navicular bursa block)に陽性を示した症例では、舟嚢そのものの異常の他にも、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)、舟状骨と深屈腱の癒着、舟状骨の屈腱面において露出した軟骨下神経(Exposed subchondral nerve)、などが疼痛原因になりうることが知られています。今回の研究に含まれた症例では、蹄関節へのコルチコステロイド注射では跛行改善せず、舟嚢へのコルチコステロイド注射によって正常歩様を回復した場合が多かったことから、上述のような舟状骨の周囲組織に原発病変(Primary lesion)が存在した可能性が高いと推測されています。また、この理由から、診断名としては“ナビキュラー病”(Navicular disease)ではなく、“舟状骨領域の疼痛”という言い回しになっています。
一般的に、馬の舟嚢の容積は3mL前後であることから、容量が2mLを超える舟嚢注射では、顕著な抵抗が生じることが知られていますが、舟状骨症候群の罹患蹄では、舟状骨と深屈腱の癒着によって、舟嚢容積が減少しているケースも考えられます。今回の研究では、舟嚢注射における溶液の総量は術者の判断に任され、症例間で統一されていませんでしたが、殆どの場合には、1mLのコルチコステロイド、1mLのヒアルロン酸、0.5mLのアミケイシンの混合液を用いる事が適当である、という提唱がなされています。
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