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馬の病気:直腸裂傷

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直腸裂傷(Rectal tear)について。

馬の直腸裂傷は、不適切な直腸検査(Inadequate rectal examination)に起因して発症することが最も多く、馬臨床医における医療過誤訴訟(Malpractice suits)の主要原因の一つとなっています。また、難産(Dystocia)、直腸血栓症(Rectal thrombosis)、砂疝(Sand impaction)等も病因として挙げられており、浣腸(Enema)による過度の内圧上昇(Excessive luminal pressure)や、鉗子を用いての新生児の胎便排出(Meconium extraction)などの他の医原性疾患(Iatrogenic disorder)として起こる症例も報告されています。初診時に直腸の裂傷が発見された症例においては、医療過誤の出処を明確にするため、直ちに診療を中止して馬主(および紹介獣医師)と連絡を取り状況を正確に伝えると同時に、保険会社にも速やかに届出をすることが極めて重要です。

馬における直腸裂傷は、アラビアン品種、および五歳齢以下の牡馬での発症率が高いことが示されており、その病態に応じて、粘膜および粘膜下層のみの裂傷(グレード1)、筋層のみの裂傷(グレード2)、奨膜層のみ無傷の裂傷(グレード3a)、後腹膜のみ無傷の裂傷(グレード3b)、腸壁全層の裂傷(グレード4)に類別されます。多くの直腸裂傷は、肛門から15~55cmの位置の背側粘膜面(Dorsal mucosal surface)において、腸管長軸に平行な方向(Parallel to the rectal longitudinal axis)に生じ、術者の指先ではなく背掌部もしくは上腕部に接する箇所に起こり易いことが知られています。

直腸裂傷の症状としては、発症から二時間以内に発熱(Pyrexia)、食欲不振(Anorexia)、頻脈(Tachycardia)、頻呼吸(Tachypnea)、粘膜うっ血(Congested mucous membrane)、毛細血管再充満時間の遅延(Prolonged capillary refilling time)などの腹膜炎(Peritonitis)および内毒素血症(Endotoxemia)を示す症状が見られ始めますが、裂傷の深度によっては顕著な血便(Bloody feces)を生じないこともあります。直腸検査による診断時には、硬膜外麻酔(Epidural anesthesia)、鎮静剤(Xylazine, etc)、鎮痙薬(Butylscopolamine, etc)、リドカイン浣腸などが用いられ、内視鏡検査(Endoscopy)を介しての視診が併用されることもあります。直腸裂傷の発生部位は粘膜襞のあいだに埋没することが多いため、確定診断(Definitive diagnosis)は視診ではなく主に触診で下されます。この際、グレード1裂傷は粘膜のフラップとして触知されるのに対して、グレード3裂傷では分厚く硬化した辺縁が触知され、裂傷内に糞便の停滞が認められる事もあります。腹水検査(Abdominocentesis)での蛋白濃度上昇と白血球数増加は、発症後一時間程度でも見られるため、直腸裂傷の罹患馬においては、腹腔の汚染度合いの指標として必ず実施することが推奨されています。

直腸裂傷の治療においては、グレード1や2の裂傷では、外科的整復を要することは稀で、全身性抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与、ミネラルオイルの経口投与、糞便軟化を促す給餌(Bran mashes, moistened pellets, etc)などの処置が講じられますが、直腸検査および内視鏡検査を介して、治癒過程と膿瘍形成(Abscess formation)の有無を慎重にモニタリングすることが大切です。グレード3の直腸裂傷では、下述の外科的療法による糞便の裂傷部迂回と裂傷縫合の実施が推奨されていますが、経済的または技術的に実施が困難である場合には、内科的療法に併行して毎日糞便を手動で除去したり、裂傷部が肉芽組織で塞がるまで直腸の充填(Rectal packing)を継続する等の手法で、良好な治癒経過を示す症例があることも報告されています。グレード4の直腸裂傷では、重度の腹膜炎を起こし予後不良を呈することが多いため、安楽死(Euthanasia)が選択される場合が殆どですが、外科治療による糞便の裂傷部迂回と裂傷縫合によって裂傷部位の回復を示す症例も報告されており、また、裂傷部が肛門から15~20cm以内の距離である場合は、重篤な腹腔内への腸内容物漏出(Ingesta leakage)を生じない可能性も示唆されています。

グレード3以上の直腸裂傷が確認された場合には、応急処置(First aid)として速やかに直腸内の糞便を除去し、硬膜外麻酔、抗生物質および抗炎症剤の投与を行います。また、入院先への輸送が短距離である場合を除いて、直腸の充填(裂傷部より近位側へ10cmの位置まで)と鉗子または縫合糸による肛門閉鎖などを実施し、外科的整復の実施までに裂傷が拡大したり悪化すること(グレード3→4など)を防ぎます。

直腸裂傷の外科治療においては、一時的な直腸内張り留置(Temporary rectal liner indwelling)を用いる療法では、正中開腹術(Midline celiotomy)を介して、プラスチックスリーブと結合させたダクロン樹脂製の筒を、裂傷より近位部の直腸または小結腸に外周縫合(Circumferential suture)で固定して、裂傷部の糞便汚染と腸内物漏出を防ぎます。留置前には、骨盤曲大結腸切開術(Pelvic flexure enterotomy)による結腸内容物の排出を施し、術後は馬房内での起立位拘束(Standing stall confinement)を行って、スリーブが直腸内に引き戻されるのを予防します。通常は術後6~8週間で直腸裂傷の治癒が確認され、再度の正中開腹術を介して直腸内張りの除去が行われます。

一方、係蹄状直腸瘻造設術(Loop colostomy)を用いる外科的療法では、起立位ケン部開腹術(Standing flank laparotomy)を介して(一箇所もしくは二箇所の切開創)、係蹄状に折り曲げた小結腸に人口肛門(Stoma)を作り、左下腹部に開口させることで糞便の排出を行います。起立位での施術では、全身麻酔下での横臥位または背側位の施術に比べて安価で、人口肛門形成が正確に実施される事が示唆されています。術後には、糞便軟化を促す給餌、人口肛門周囲へのワセリン製軟膏剤(Petrolatum-based ointment)の塗布、Cradle装着で頚部屈折を妨げ人工肛門部への噛み付き(“Self-mutilation”)を予防する、などの処置が講じられます。また、直腸から遠位小結腸へ洗浄液を灌流させて、粘膜面清浄化と筋萎縮(Muscle atrophy)の防止をはかる事も重要です。通常6~8週間後には直腸裂傷の治癒が確認され、再度の全身麻酔下での横臥位ケン部開腹術を介して、小結腸再吻合と切開創の閉鎖が行われます。末端状直腸瘻造設術(End colostomy)を用いて人口肛門を開口させる術式では、糞便の遠位側への迷入を完全に防げる利点があるものの、遠位小結腸の萎縮(Distal segment atrophy)によって、再吻合が困難になる危険が高いことが示されています。

直腸裂傷における裂傷部の縫合では、上述の手術による糞便迂回と併用されるのが理想ですが、経済的理由で患部縫合のみでの治療が選択される事もあります。施術に際しては、一般にDeschamp縫合針を用いた起立位盲目性縫合(Standing blind suturing)が最も頻繁に実施されますが、裂傷が深部に生じた場合などには、起立位または全身麻酔下での正中開腹術、および、括約筋切開術(Sphincterotomy)を介して直腸を肛門から逸脱(Rectal prolapse)させて縫合する手法や、腹腔鏡手術(Laparoscopy)を応用しての縫合法なども試みられています。

直腸裂傷の予後はそのグレードによって異なり、グレード1裂傷では93%、グレード3a裂傷では70%、グレード3b裂傷では44%、グレード4裂傷では6%の生存率(Survival rate)が報告されています。また、グレード3以上の裂傷では、膿瘍形成、蜂窩織炎(Cellulitis)、重度の内毒素血症や腹膜炎(Severe endotoxemia/peritonitis)、蹄葉炎(Laminitis)、内腔狭窄(Luminal stricture)に伴う慢性通過障害(Chronic stricture)、直腸憩室(Rectal diverticulum)などの合併症を起こす危険が高いことが示唆されています。裂傷部に生じた膿瘍は、手動で直腸腔内への排膿を行い、小結腸再吻合を術後60日まで遅らせる方針が示されています。

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