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馬の文献:舟状骨症候群(Matthews et al. 2003)

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「24頭の馬に対するギロチン手法による掌側指神経切断術」
Matthews S, Dart AJ, Dowling BA. Palmar digital neurectomy in 24 horses using the guillotine technique. Aust Vet J. 2003; 81(7): 402-405.

この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)における疼痛管理(Pain management)のため行われる、外科的療法の有用な術式を検討するため、1997~2001年にかけて、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)での跛行改善(Lameness improvement)、およびレントゲン検査(Radiography)での異常所見によって、舟状骨症候群が推定診断(Presumptive diagnosis)された24頭の患馬に対して、ギロチン手法(Guillotine technique)による掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)が行われました。この術式では、露出させた掌側指神経をモスキート鉗子で引っ張り、緊張を掛けた状態で切断することで、神経の断端が近位側へ引き込まれる手法が応用されました。

結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた23頭の患馬のうち、跛行消失が達成されたのは18頭(78%)で、他の五頭においても、有意な跛行改善(Significant lameness improvement)が認められました。そして、術後に合併症(Complication)を呈した馬は一頭も無く、再検査において再神経支配(Re-innervation)が見られた馬もありませんでした。さらに、一年以上の経過追跡がなされた13頭のうち、跛行再発(Recurrence)することなく競技使役されていたのは11頭(85%)にのぼり、二年以上の経過追跡がなされた七頭のうち、跛行再発することなく競技使役されていたのは六頭(86%)であった事が報告されています。このため、舟状骨症候群の罹患馬に対しては、ギロチン手法による掌側指神経切断術によって、術後合併症を呈することなく、良好な疼痛減退効果が期待できることが示唆されました。

一般的に、舟状骨症候群に起因する難治性の蹄踵疼痛(Refractory palmar heel pain)に対しては、掌側指神経切断術によって疼痛を取り除くことで、騎乗や競技参加を続ける指針が選択されることがありますが、この際には、有痛性神経腫形成(Painful neuroma formation)や軸索再成長(Axonal regrowth)などの、合併症を起こす危険性が指摘されています。このため、掌側指神経切断術の手法としては、2~4cmの神経線維の切除(Turner et al. Vet Clin N Am. 1989;5:131)、神経断端の被包(Epineural capping)(Adams et al. Proc AAEP. 1974;20:47)、凍結神経切断術(Cryoneurectomy)(Tate et al. JAVMA. 1980;177:423)、レーザー神経切断術(Laser neurectomy)(Dabareiner et al. Proc AAEP. 1997;43:231)、神経毒性物質(Neurotoxic agent)の注射(Cummings et al. EVJ. 1988;20:451)、ステンレス結紮(Stainless steel ligatures)(Bramlage et al. Vet Surg. 1982;11:23)、骨髄内神経繋留(Intra-medullary nerve anchoring)(Lose et al. Vet Med Small Anim Clin. 1976;3:317)、などが試みられています。

この研究で応用されたギロチン手法では、神経線維に緊張を掛けながら鋭利に切断(Sharp dissection)することで、その断端が上方へ引き込まれ、術創部から離れた位置に移動するよう工夫されています。一般的に、神経切断後に生じる有痛性神経腫は、線維組織の軸索内への侵襲(Axonal invasion of fibrous tissue)に起因すると仮説されています。このため、その予防のためには、(1)神経を鋭利に切断する、(2)線維組織が新生しやすい術創から神経断端を離す、(3)術創切開の際の外科的侵襲を最小限にする、(4)神経断端を丁寧に取り扱う、(5)線維組織の増生を抑えるため、術後には十分に馬房休養(Stall rest)と圧迫バンテージの装着を行う、などの方針が重要であると考えられています。

この研究では、手術から一~二年後においても、多くの症例が跛行の再発を示すことなく、良好な予後を示しており、軸索再成長による蹄踵部への再神経支配は、起こりにくかった事が示唆されました。他の文献では、掌側指神経切断術におけるギロチン手法と電気凝固法(Electrocoagulation)の比較がなされており、再神経支配による跛行再発が見られた馬の割合は、ギロチン手法では10%にとどまったのに対して、電気凝固法では26%にのぼっていた、という知見が示されています(Jackmann et al. Vet Surg. 1993;22:285)。一方、舟状骨症候群の罹患馬では、その35~50%において、掌側指神経の周囲に、迷走性の細かい神経線維(Aberrant fine nerve fibers)が存在することが報告されており(Hardy et al. Equine Surgery. 1992:580)、手術の際にこれらの迷走性の神経線維を慎重に探索および切除することで、完全な疼痛緩和(Complete pain relief)および神経再成長の抑制に努めることが重要であると考察されています。

一般的に、舟状骨症候群の罹患馬に対する掌側指神経切断術では、原発病変(Primary lesion)を治療せず、単に痛みを取り除くことで、病態そのものは悪化させる可能性もあることから(疼痛緩和された罹患蹄に過剰な負荷が掛けられるため)、動物福祉(Animal welfare)の観点からも、その実施には賛否両論(Controversy)があります。術後の患馬は、指神経の背側枝(Dorsal branch of palmar nerve)は残っているため、背側蹄底(Dorsal sole)の感覚は残っており、安全に騎乗が続けられるという知見がある反面(Yovich et al. Current Practice of Equine Surgery. 1990:165)、騎乗タイプや地域によっては、掌側指神経切断術の後には競技会参加を制限される場合もあります。また、術後には、痛覚の無くなった蹄踵部への穿孔性異物(Penetrating foreign body)、蹄血班(Bruises)、蹄底膿瘍(Subsolar abscess)などを、馬主や管理者が頻繁にチェックすることが必須である、と提唱されています。

この研究に含まれた症例では、殆どが慢性の両側性前肢跛行(Chronic bilateral forelimb lameness)を呈しており、24頭にうち22頭が、両前肢への掌側指神経切断術が応用されました。一般的に、舟状骨症候群の罹患馬では、装蹄療法(Therapeutic shoeing)や内科的療法が奏功せず、病態が進行した段階で掌側指神経切断術が選択されますが、その一方で、両側性に掌側指神経を切断することで、蹄部の生体力学(Biomechanics)を向上させて、舟状骨症候群の進行を抑えることができるという報告もあり(McGuigan et al. EVJ. 2001;33:166, Trotter et al. EVJ. 2001;33:334)、最適な手術時期については論議があります。

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