馬の文献:舟状骨症候群(Piccot-Crezollet et al. 2005)
文献 - 2015年11月23日 (月)
「馬の肢滑車滑液嚢への二種類の注射手技の比較」
Piccot-Crezollet C, Cauvin ER, Lepage OM. Comparison of two techniques for injection of the podotrochlear bursa in horses. J Am Vet Med Assoc. 2005; 226(9): 1524-1528.
この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)の診療における、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)および治療のために有用な、舟嚢(Navicular bursa)(=肢滑車滑液嚢:Podotrochlear bursa)への注射手法を検討するため、十七頭の健常馬の両前肢蹄に対して、二種類の注射法による造影剤(Contrast material)の舟嚢注射、および、側方レントゲン撮影像(Lateral radiographic view)による舟嚢注射の正確性(Accuracy)の比較が行われました。
この研究では、一方の前肢蹄に対しては、起立位で対側肢(Contralateral limb)を助手が保持した状態で、蹄球間の中央部(Midway between the heel bulbs)で蹄冠のすぐ近位側(Immediately proximal to the coronary band)に針穿刺して、蹄冠と平行になるように、正中面を背側へと針進展(Advanced dorsally in the sagittal plane)させて、大きな抵抗(Substantial resistance)があった深さで穿刺を止める手技(DPPS法:Distal palmar approach parallel to the sole)、が実施されました。そして、もう一方の前肢蹄に対しては、球節屈曲(Fetlock flexion)した状態で木のブロックに蹄尖を載せて、蹄冠の最背側部と最掌側部の中間点から遠位側に1cmの箇所(Point on the lateral hoof wall, 1 cm distal to the coronary band, and halfway between the most dorsal and most palmar aspect of the coronary band)を「舟状骨の位置」(Navicular position)と定義して、この箇所の蹄壁にX印を付けて目印としてから、蹄球間の中央部で蹄冠のすぐ近位側に針穿刺して、「舟状骨の位置」の目印を狙いながら、正中面を背側へと針進展させて、大きな抵抗があった深さで穿刺を止める手技(DPNP法:Distal palmar approach to the navicular position)、が実施されました。
結果としては、DPPS法における舟嚢注射の成功率は38%(6/16蹄)にとどまったのに対して、DPNP法における舟嚢注射の成功率は82%(14/17蹄)で、DPNP法の成功率のほうが有意に高かったことが示されました。このうち、舟嚢注射の失敗例では、造影剤が蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)または深屈腱の掌側部(Palmar to the deep digital flexor tendon)に迷入している場合が殆どでした。一方で、針先を舟嚢内に到達させるために、針の刺し直しを要した平均回数は、DPPS法では1.88回、DPNP法では1.65回で、二種類の手技のあいだに有意差は認められませんでした。このため、舟状骨症候群の罹患馬における診断および治療に際しては、DPNP法によって正確な診断麻酔および治療薬の注入が達成できると考えられましたが、確実に針先を舟嚢内へ導くためには、レントゲン検査による針穿刺の確認はやはり必須であることが示唆されました。
一般的に、馬の蹄部における診断麻酔では、舟嚢麻酔(Navicular bursa block)は舟嚢および舟状骨に極めて特異的な麻酔法であることが提唱されていますが(Denoix et al. Prat Vet Equine. 1992;24:257)、舟嚢麻酔によって、蹄尖底域(Solar toe area)や蹄関節が無痛化(Analgesia)されてしまうという報告もあります(Schumacher et al. EVJ. 2001;33:386, Schumacher et al. EVJ. 2003;35:502)。さらに、蹄関節麻酔(Coffin joint block)では、舟嚢も無痛化されてしまうという知見がある反面(Pleasant et al. Vet Surg. 1997;26:137)、舟嚢麻酔では蹄踵底域(Solar heel area)が無痛化されてしまうことがないため、やはり掌側蹄踵の疼痛(Palmar heel pain)の限局化(Localization)のためには、舟嚢麻酔が最も適した診断麻酔法であると考えられています。
この研究では、DPNP法によって八割以上の舟嚢注射の成功率が示され、これは、DPNP法を介しての舟嚢注射が92%の成功率を達成したという、他の文献のデータとも合致していました(Schramme et al. EVJ. 2000;32:263)。このDPNP法では、蹄部が木のブロックに載せられていて、深屈腱が弛緩している状態で注射が行われるため、深屈腱と舟状骨屈腱面(Flexor cortex of navicular bone)とのあいだに位置する舟嚢に対する圧迫力(Compressive force)が減少して、溶液の注入が容易になるという利点が挙げられています。一方で、DPNP法では、遠位肢が屈曲した状態でブロックに載せられているため、助手が対側肢を保持することで罹患肢の動きを予防するテクニックは応用できない、という欠点も指摘されていますが、この問題は、適切な鼻ネジ(Nose twitch)の装着や、蹄球間への皮下局所麻酔(Sucutaneous local anesthesia)の使用によって、十分に対応できると考察されています。
この研究では、舟嚢内に注入された造影剤が、蹄関節や深屈腱などに漏出した理由として、針穿刺の際に、関節包(Joint capsule)や腱組織が損傷された可能性がある、という考察がなされています。また、他の文献では、健常馬の蹄関節への充填剤の注入によって、蹄関節と舟嚢が自然に連絡(Natural communication)していることはない、という知見が示されていますが(Gibson et al. Vet Radiol. 1990;31:22, Jann et al. Anat Histol Embryol. 1991;20:30)、舟状骨症候群の罹患馬においては、舟嚢や蹄関節の滑液量の増加(Increased volume of synovial fluid)によって、この二つが連絡している場合もありうるのかもしれません。
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この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)の診療における、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)および治療のために有用な、舟嚢(Navicular bursa)(=肢滑車滑液嚢:Podotrochlear bursa)への注射手法を検討するため、十七頭の健常馬の両前肢蹄に対して、二種類の注射法による造影剤(Contrast material)の舟嚢注射、および、側方レントゲン撮影像(Lateral radiographic view)による舟嚢注射の正確性(Accuracy)の比較が行われました。
この研究では、一方の前肢蹄に対しては、起立位で対側肢(Contralateral limb)を助手が保持した状態で、蹄球間の中央部(Midway between the heel bulbs)で蹄冠のすぐ近位側(Immediately proximal to the coronary band)に針穿刺して、蹄冠と平行になるように、正中面を背側へと針進展(Advanced dorsally in the sagittal plane)させて、大きな抵抗(Substantial resistance)があった深さで穿刺を止める手技(DPPS法:Distal palmar approach parallel to the sole)、が実施されました。そして、もう一方の前肢蹄に対しては、球節屈曲(Fetlock flexion)した状態で木のブロックに蹄尖を載せて、蹄冠の最背側部と最掌側部の中間点から遠位側に1cmの箇所(Point on the lateral hoof wall, 1 cm distal to the coronary band, and halfway between the most dorsal and most palmar aspect of the coronary band)を「舟状骨の位置」(Navicular position)と定義して、この箇所の蹄壁にX印を付けて目印としてから、蹄球間の中央部で蹄冠のすぐ近位側に針穿刺して、「舟状骨の位置」の目印を狙いながら、正中面を背側へと針進展させて、大きな抵抗があった深さで穿刺を止める手技(DPNP法:Distal palmar approach to the navicular position)、が実施されました。
結果としては、DPPS法における舟嚢注射の成功率は38%(6/16蹄)にとどまったのに対して、DPNP法における舟嚢注射の成功率は82%(14/17蹄)で、DPNP法の成功率のほうが有意に高かったことが示されました。このうち、舟嚢注射の失敗例では、造影剤が蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)または深屈腱の掌側部(Palmar to the deep digital flexor tendon)に迷入している場合が殆どでした。一方で、針先を舟嚢内に到達させるために、針の刺し直しを要した平均回数は、DPPS法では1.88回、DPNP法では1.65回で、二種類の手技のあいだに有意差は認められませんでした。このため、舟状骨症候群の罹患馬における診断および治療に際しては、DPNP法によって正確な診断麻酔および治療薬の注入が達成できると考えられましたが、確実に針先を舟嚢内へ導くためには、レントゲン検査による針穿刺の確認はやはり必須であることが示唆されました。
一般的に、馬の蹄部における診断麻酔では、舟嚢麻酔(Navicular bursa block)は舟嚢および舟状骨に極めて特異的な麻酔法であることが提唱されていますが(Denoix et al. Prat Vet Equine. 1992;24:257)、舟嚢麻酔によって、蹄尖底域(Solar toe area)や蹄関節が無痛化(Analgesia)されてしまうという報告もあります(Schumacher et al. EVJ. 2001;33:386, Schumacher et al. EVJ. 2003;35:502)。さらに、蹄関節麻酔(Coffin joint block)では、舟嚢も無痛化されてしまうという知見がある反面(Pleasant et al. Vet Surg. 1997;26:137)、舟嚢麻酔では蹄踵底域(Solar heel area)が無痛化されてしまうことがないため、やはり掌側蹄踵の疼痛(Palmar heel pain)の限局化(Localization)のためには、舟嚢麻酔が最も適した診断麻酔法であると考えられています。
この研究では、DPNP法によって八割以上の舟嚢注射の成功率が示され、これは、DPNP法を介しての舟嚢注射が92%の成功率を達成したという、他の文献のデータとも合致していました(Schramme et al. EVJ. 2000;32:263)。このDPNP法では、蹄部が木のブロックに載せられていて、深屈腱が弛緩している状態で注射が行われるため、深屈腱と舟状骨屈腱面(Flexor cortex of navicular bone)とのあいだに位置する舟嚢に対する圧迫力(Compressive force)が減少して、溶液の注入が容易になるという利点が挙げられています。一方で、DPNP法では、遠位肢が屈曲した状態でブロックに載せられているため、助手が対側肢を保持することで罹患肢の動きを予防するテクニックは応用できない、という欠点も指摘されていますが、この問題は、適切な鼻ネジ(Nose twitch)の装着や、蹄球間への皮下局所麻酔(Sucutaneous local anesthesia)の使用によって、十分に対応できると考察されています。
この研究では、舟嚢内に注入された造影剤が、蹄関節や深屈腱などに漏出した理由として、針穿刺の際に、関節包(Joint capsule)や腱組織が損傷された可能性がある、という考察がなされています。また、他の文献では、健常馬の蹄関節への充填剤の注入によって、蹄関節と舟嚢が自然に連絡(Natural communication)していることはない、という知見が示されていますが(Gibson et al. Vet Radiol. 1990;31:22, Jann et al. Anat Histol Embryol. 1991;20:30)、舟状骨症候群の罹患馬においては、舟嚢や蹄関節の滑液量の増加(Increased volume of synovial fluid)によって、この二つが連絡している場合もありうるのかもしれません。
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