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馬の文献:舟状骨症候群(Sherlock et al. 2008)

「起立位MRI検査によって診断された舟状骨掌側部の深部糜爛」
Sherlock C, Mair T, Blunden T. Deep erosions of the palmar aspect of the navicular bone diagnosed by standing magnetic resonance imaging. Equine Vet J. 2008; 40(7): 684-692.

この研究論文では、起立位MRI(Standing magnetic resonance imaging)検査によって、舟状骨掌側部(Palmar aspect of the navicular bone)の深部糜爛(Deep erosions)の診断が下された、十六頭の症例が報告されています。

この研究の、MRI検査における深部糜爛は、T1強調画像(T1 weighted image)およびT2強調画像(T2 weighted image)において、取り囲まれた中程度~高輝度の限局性領域(Circumscribed focal area of intermediate/high signal intensity)として認められ、舟状骨の線維軟骨(Navicular fibrocartilage)、軟骨下緻密骨(Subchondral compact bone)、髄部骨(Medullar bone)、背側部の深屈腱(Dorsal aspect of the deep digital flexor tendon)などが罹患していました。また、併発所見(Concurrent findings)としては、深屈腱病巣が95%、Impar靭帯病巣が81%、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)の病巣が62%の症例に見られました。このため、馬における舟状骨掌側部の深部糜爛は、舟状骨症候群の徴候のひとつ(One manifestation of navicular syndrome)であると考察されています。

この研究では、舟状骨掌側部の深部糜爛の診断が下された罹患馬に対する治療としては、休養(Rest)、ティルドレン酸(Tiludronate)、アイソクスプリン(Isoxsuprine)、フェニルブタゾン(Phenylbutazone)などの投与、および、装蹄治療(Remedial farriery)が行われました。しかし、この十六頭の罹患馬のうち、七頭が難治性&回帰性跛行(Persistent/Recurrent lameness)によって安楽死(Euthanasia)となりました(生存率:56%)。そして、騎乗使役への復帰を果たしたのは八頭でしたが(運動復帰率:50%)、発症前と同レベルの騎乗使役に復帰したのは一頭のみ(6%)であったことが示されました。このため、馬における舟状骨掌側部の深部糜爛では、予後不良(Poor prognosis)を呈する症例が多く、騎乗使役に復帰できる割合はそれほど高くないことが示唆されました。

この研究で発見された舟状骨掌側部の深部糜爛は、その全てが矢状隆起(Sagittal ridge)の箇所に発症しており、これは、過去の文献の知見とも合致していました(Pool et al. Vet Clin N Am Eq Pract. 1989;5:109)。そして、舟状骨掌側部の深部糜爛における組織学的検査(Histologic evaluation)では、局所性の線維軟骨変性(Localized degeneration of fibrocartilage)や、糜爛下部の限局的骨壊死(Underlying focal osteonecrosis)や線維増殖症(Fibroplasia)などが確認されました。一般的に、踏着早期(Early stance phase of stride)において深屈腱が舟状骨を圧迫する力は、“ナビキュラー病”の罹患馬のほうが正常馬に比べて二倍近くも大きいことが知られています(Wilson et al. EVJ. 2001;33:159)。そして、掌側指神経麻酔の後ではこの圧迫力が減少することから(McGuigan et al. EVJ. 2001;33:166)、この圧迫力は蹄尖先着(Toe-heel landing)を導くために生じると考えられています。このため、軽度の掌側蹄踵疼痛(Palmar heel pain)を呈した馬が蹄踵先着(Heel-toe landing)を嫌いながら踏着する過程で、深屈腱が舟状骨を圧迫することになり、結果的に舟状骨の線維軟骨の圧迫性壊死や退行性変化を悪化させていく、という仮説がなされています。

この研究では、十六頭の罹患馬のうち、急性発現性(Acute onset)の跛行を呈したのは63%にのぼり、一般的な舟状骨症候群において見られることの多い、漸進的な跛行発現(Gradual lameness onset)とは異なった傾向を示していました。また、全ての患馬は五歳~十四歳の成馬で、馬場(Dressage)もしくは障害飛越(Showjumping)の競技馬が63%を占めており、これらの騎乗スタイルが、発症素因(Predisposing factor)になっている可能性が指摘されています。一方、十六頭の罹患馬のうち十五頭を去勢馬(Gelding)が占めていましたが、なぜ性別の違いが、舟状骨掌側部の深部糜爛の発症率(Incidence)に影響するのかに関しては、明確な考察はなされていません。

この研究では、舟状骨掌側部の深部糜爛の罹患馬のうち、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)に陽性(跛行が“80~100%”改善)だったのは83%(10/12頭)、蹄関節麻酔(Conffin joint block)に陽性だったのは67%(4/6頭)、舟嚢麻酔(Navicular bursa block)に陽性だったのは67%(2/3頭)であったことが示されました。また、MRI検査前のレントゲン検査では、舟状骨掌側部の病変を疑う所見は認められませんでしたが、MRI検査後の再レントゲン検査では、舟状骨掌側部の輪郭の変化(Contour change)や骨髄内の放射線透過性(Radiolucency within medulla)などが見られました。このため、舟状骨掌側部の深部糜爛では、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)による疼痛限局化(Pain localization)では、一般的な舟状骨症候群に類似の反応を示すものの、レントゲン検査による病巣発見や病巣予測は、困難であるケースが殆どであると考えられました。

この研究では、両側性跛行(Biletral lameness)を呈した馬では、両前肢の舟状骨掌側部に深部糜爛が見られ、片側性跛行(Unilateral lameness)を呈した馬では、跛行肢の舟状骨掌側部にのみ深部糜爛が見られる傾向にありましたが、片側性跛行を呈した症例のうち二頭では、跛行していない対側前肢の舟状骨掌側部にも深部糜爛が認められました。そして、この二頭では診断麻酔によって跛行肢が無痛化された後にも、対側前肢への跛行シフトは起こりませんでした(対側前肢の深部糜爛病変は痛くなかった?)。このため、馬における舟状骨掌側部の深部糜爛は、顕著な跛行を呈する以前にも、無症候性に進行(Subclinical progression)している可能性もある、という考察がなされています。

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