馬の文献:舟状骨症候群(Bell et al. 2009)
文献 - 2015年11月27日 (金)
「MRI検査された馬の蹄部疼痛に対する舟嚢注射の治療成績:2005~2007年の23症例」
Bell CD, Howard RD, Taylor DS, Voss ED, Werpy NM. Outcomes of podotrochlear (navicular) bursa injections for signs of foot pain in horses evaluated via magnetic resonance imaging: 23 cases (2005-2007). J Am Vet Med Assoc. 2009; 234(7): 920-925.
この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に有効な内科的療法を検討するため、2005~2007年にかけて、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)での跛行改善(Lameness improvement)によって、蹄部疼痛(Foot pain)が限局化(Localization)され、MRI検査(Magnetic resonance imaging)による異常所見が認められた23頭の患馬における、トリアムシノロンおよびヒアルロン酸の舟嚢注射(Navicular bursa injection)の治療成績が評価されました。
結果としては、23頭の罹患馬のうち、跛行再発(Lameness recurrence)を示さず騎乗使役への復帰を果たしたのは74%(17/23頭)で、これらの症例は舟嚢注射後の二~四週間で跛行が消失して、平均7.3ヶ月間にわたって無跛行が持続したことが報告されています。そして、舟嚢注射後に合併症(Complications)を呈した患馬は一頭もありませんでした。このため、馬における難治性の蹄踵疼痛(Refractory heel pain)に対しては、コルチコステロイドおよびヒアルロン酸の舟嚢注射によって、良好な症状改善効果(Symptom-modifying effect)が期待されることが示唆されました。また、舟嚢注射における薬剤投与量は、臨床医の判断に任せられていましたが、トリアムシノロンの投与量が10mg以下であった場合には、有意に予後が悪かったことが示されました。一方、ヒアルロン酸投与が併用された場合と、そうでなかった場合とでは、舟嚢注射後の予後に有意差は認められませんでした。
この研究では、MRI検査での異常所見として、滑膜陥入肥大(Enlarged synovial invaginations)、舟状骨(Navicular bone)の屈腱面糜爛(Flexor cortex erosions)、舟状骨と深屈腱(Deep digital flexor tendon)のあいだの癒着(Adhesion)、舟状骨の遠位縁(Distal margin)における限局性骨損失(Focal bone loss)、舟状骨の骨浮腫(Bony edema)、Impar靭帯と深屈腱のあいだの癒着、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)と深屈腱のあいだの癒着、舟嚢炎(Navicular bursitis)や滑液過剰貯留(Excessive synovial fluid)、蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)の側副靭帯損傷(Collateral ligament desmopathy)、深屈腱の裂傷(Tear)、などの多彩なタイプの病変が含まれました。このため、診断麻酔によって蹄部疼痛が限局化された症例において、“舟状骨症候群”(Navicular syndrome)という病名を用いて病態を一括するのは適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、術前のMRI検査において、舟嚢炎や滑液過剰貯留のみが認められた場合には、92%(12/13肢)が跛行改善を示し、また、舟状骨と深屈腱のあいだの癒着のみが認められた場合には、59%(13/22肢)が跛行改善を示し、いずれもその他の病巣タイプに比べて、有意に予後が良かったことが示されました。一方、舟状骨屈腱面の糜爛が認められた場合には、13%(1/8肢)のみが跛行改善を示し、その他の病巣タイプに比べて、有意に予後が悪かったことが示されました。このため、初診時のMRI検査によって、原発病変を特定することで、有効な予後判定(Prognostication)ができることが示唆されました。
この研究の限界点(Limitations)としては、回顧的解析(Retrospective analysis)という研究デザインであったため、舟嚢注射が奏功しそうな症例のみが抽出されたという、治療法選択に関する偏向(Bias)が生じた可能性は否定できず、舟嚢注射の治療効果が過剰評価(Over-estimation)されているケースも考えられます。また、無作為選択(Random selection)された偽薬対照郡(Placebo-control group)は設定されておらず、装蹄療法(Therapeutic shoeing)などの舟嚢注射以外の治療法の有無やタイプも制御されていません。このため、舟嚢注射の有無に関係なく、装蹄療法が主な要因となって跛行改善を示した症例もあったと推測され、この点からも、舟嚢注射の治療効果が過剰評価されてしまった可能性は否定できません。
この研究では、蹄関節の側副靭帯を損傷していた症例では、トリアムシノロンおよびヒアルロン酸の舟嚢注射によって、79%(15/19頭)が良好な予後(跛行再発を示さず騎乗使役へ復帰した)を示していました。この要因としては、側副靭帯の病変が大袈裟に解釈(Over-interpretation)されていた場合や(Spriet et al. Vet Radiol US. 2007;48:95)、舟嚢から蹄関節内へと拡散(Diffusion)した薬剤によって、抗炎症作用(Anti-inflammatory effect)が誘導されたこと(Pauwels et al. AJVR. 2008;69:611)、などが挙げられています。
この研究では、一頭の症例において、進行性の跛行悪化から安楽死(Euthanasia)が選択され、この患馬の剖検(Necropsy)では、屈腱面の線維軟骨(Flexor surface fibrocartilage)における軟骨軟化症(Chondromalasia)、および、舟状骨骨髄の骨軟化症(Medullar osteomalasia)が認められました。そして、これらの病態は、レントゲン検査(Radiography)では予測されていなかったことから、蹄踵疼痛の罹患馬においては、レントゲン像での病巣発見やその重篤度(Severity)の判定が難しいことを、再確認させるデータが示されたと言えるかもしれません。
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この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に有効な内科的療法を検討するため、2005~2007年にかけて、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)での跛行改善(Lameness improvement)によって、蹄部疼痛(Foot pain)が限局化(Localization)され、MRI検査(Magnetic resonance imaging)による異常所見が認められた23頭の患馬における、トリアムシノロンおよびヒアルロン酸の舟嚢注射(Navicular bursa injection)の治療成績が評価されました。
結果としては、23頭の罹患馬のうち、跛行再発(Lameness recurrence)を示さず騎乗使役への復帰を果たしたのは74%(17/23頭)で、これらの症例は舟嚢注射後の二~四週間で跛行が消失して、平均7.3ヶ月間にわたって無跛行が持続したことが報告されています。そして、舟嚢注射後に合併症(Complications)を呈した患馬は一頭もありませんでした。このため、馬における難治性の蹄踵疼痛(Refractory heel pain)に対しては、コルチコステロイドおよびヒアルロン酸の舟嚢注射によって、良好な症状改善効果(Symptom-modifying effect)が期待されることが示唆されました。また、舟嚢注射における薬剤投与量は、臨床医の判断に任せられていましたが、トリアムシノロンの投与量が10mg以下であった場合には、有意に予後が悪かったことが示されました。一方、ヒアルロン酸投与が併用された場合と、そうでなかった場合とでは、舟嚢注射後の予後に有意差は認められませんでした。
この研究では、MRI検査での異常所見として、滑膜陥入肥大(Enlarged synovial invaginations)、舟状骨(Navicular bone)の屈腱面糜爛(Flexor cortex erosions)、舟状骨と深屈腱(Deep digital flexor tendon)のあいだの癒着(Adhesion)、舟状骨の遠位縁(Distal margin)における限局性骨損失(Focal bone loss)、舟状骨の骨浮腫(Bony edema)、Impar靭帯と深屈腱のあいだの癒着、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)と深屈腱のあいだの癒着、舟嚢炎(Navicular bursitis)や滑液過剰貯留(Excessive synovial fluid)、蹄関節(Coffin joint: Distal inter-phalangeal joint)の側副靭帯損傷(Collateral ligament desmopathy)、深屈腱の裂傷(Tear)、などの多彩なタイプの病変が含まれました。このため、診断麻酔によって蹄部疼痛が限局化された症例において、“舟状骨症候群”(Navicular syndrome)という病名を用いて病態を一括するのは適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、術前のMRI検査において、舟嚢炎や滑液過剰貯留のみが認められた場合には、92%(12/13肢)が跛行改善を示し、また、舟状骨と深屈腱のあいだの癒着のみが認められた場合には、59%(13/22肢)が跛行改善を示し、いずれもその他の病巣タイプに比べて、有意に予後が良かったことが示されました。一方、舟状骨屈腱面の糜爛が認められた場合には、13%(1/8肢)のみが跛行改善を示し、その他の病巣タイプに比べて、有意に予後が悪かったことが示されました。このため、初診時のMRI検査によって、原発病変を特定することで、有効な予後判定(Prognostication)ができることが示唆されました。
この研究の限界点(Limitations)としては、回顧的解析(Retrospective analysis)という研究デザインであったため、舟嚢注射が奏功しそうな症例のみが抽出されたという、治療法選択に関する偏向(Bias)が生じた可能性は否定できず、舟嚢注射の治療効果が過剰評価(Over-estimation)されているケースも考えられます。また、無作為選択(Random selection)された偽薬対照郡(Placebo-control group)は設定されておらず、装蹄療法(Therapeutic shoeing)などの舟嚢注射以外の治療法の有無やタイプも制御されていません。このため、舟嚢注射の有無に関係なく、装蹄療法が主な要因となって跛行改善を示した症例もあったと推測され、この点からも、舟嚢注射の治療効果が過剰評価されてしまった可能性は否定できません。
この研究では、蹄関節の側副靭帯を損傷していた症例では、トリアムシノロンおよびヒアルロン酸の舟嚢注射によって、79%(15/19頭)が良好な予後(跛行再発を示さず騎乗使役へ復帰した)を示していました。この要因としては、側副靭帯の病変が大袈裟に解釈(Over-interpretation)されていた場合や(Spriet et al. Vet Radiol US. 2007;48:95)、舟嚢から蹄関節内へと拡散(Diffusion)した薬剤によって、抗炎症作用(Anti-inflammatory effect)が誘導されたこと(Pauwels et al. AJVR. 2008;69:611)、などが挙げられています。
この研究では、一頭の症例において、進行性の跛行悪化から安楽死(Euthanasia)が選択され、この患馬の剖検(Necropsy)では、屈腱面の線維軟骨(Flexor surface fibrocartilage)における軟骨軟化症(Chondromalasia)、および、舟状骨骨髄の骨軟化症(Medullar osteomalasia)が認められました。そして、これらの病態は、レントゲン検査(Radiography)では予測されていなかったことから、蹄踵疼痛の罹患馬においては、レントゲン像での病巣発見やその重篤度(Severity)の判定が難しいことを、再確認させるデータが示されたと言えるかもしれません。
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