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馬の文献:舟状骨症候群(Weaver et al. 2009)

「深屈腱と舟状骨のあいだの圧迫分布と蹄踵挙上による影響」
Weaver MP, Shaw DJ, Munaiwa G, Fitzpatrick DP, Bellenger CR. Pressure distribution between the deep digital flexor tendon and the navicular bone, and the effect of raising the heels in vitro. Vet Comp Orthop Traumatol. 2009; 22(4): 278-282.

この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に有効な装蹄療法(Therapeutic shoeing)を検討するため、十二本の屍体前肢(Cadaveric forelimbs)を用いて、管部と地面との角度(過伸展角度:Hyperextension angle)が、90度、120度、140度になる状態で、蹄踵挙上(Heel elevation)の角度を0度、5度、10度にした時の、深屈腱(Deep digital flexor tendon)と舟状骨(Navicular bone)のあいだの圧迫分布(Pressure distribution)が評価されました。

結果としては、蹄踵挙上なしの状態での圧迫力の染色密度(Stain density)および最大圧迫力(Maximum pressure:上図の青領域)が掛かっている領域面積は、過伸展角度が140度の状態のほうが、90度の状態に比べて、有意に減少していました。しかし、5度の蹄踵挙上が施された時には、この変化が見られなくなり、さらに、10度の蹄踵挙上が施された時には、過伸展角度が140度および120度の状態において、圧迫力の染色密度および最大圧迫力が掛かっている領域面積が最大になっていました。一方で、過伸展角度が90度の状態での圧迫力の染色密度および最大圧迫力が掛かっている領域面積は、蹄踵挙上が増すごとに減少していたのに対して、過伸展角度が120度および140度の状態では、蹄踵挙上に伴うこのような変化は起こっていませんでした。その反面、最小圧迫力(Minimum pressure:上図の赤領域)が生じている箇所は、過伸展角度が120度および140度の状態では、90度の状態に比べて、有意に減少しており、また、この最小圧迫力が生じている箇所は、蹄踵挙上が5度および10度の時には、0度の時に比べても、有意に減少していました。上図は、過伸展角度が90度の状態での、蹄踵挙上なし、および、10度の蹄踵挙上における、深屈腱と舟状骨のあいだの圧迫力の分布を示しています。

この研究では、蹄踵挙上が施されることで、最大圧迫力が掛かっている領域面積は減少する、という仮説(Hypothesis)が立てられていました。しかし、上述のデータを総合すると、この仮説が真であったのは過伸展角度が90度の状態(起立位)のみで、120度および140度の状態(踏着尾側相および蹄反回)では、蹄踵挙上が施されることで、最大圧迫力が掛かっている領域面積はむしろ増加していました。この点から、蹄踵挙上による舟状骨症候群の治療効果には疑問符が投げ掛けられる、という考察がなされています。しかし、実際の装蹄療法の実施に際しては、蹄踵挙上の他にも、蹄尖短縮(Toe shortening)や蹄鉄尾の後方伸長(Caudal extension)、蹄叉支持(Frog support)の付加などの手法が併用されることから、今後の研究では、様々な装蹄指針の相乗効果(Synergistic effect)を評価する必要があるのかもしれません。

一般的に、舟状骨症候群の罹患馬において、深屈腱から掛けられる圧迫力は、健常馬のそれよりも二倍以上も大きいことが知られており(Wilson et al. EVJ. 2001;33:159)、装蹄療法によって見られる跛行改善(Lameness improvement)の効果は、この深屈腱からの負荷を減少することで誘導されると考えられています(Schoonover et al. AJVR. 2005;66:1247)。そして、6度の蹄踵挙上が施された蹄では、深屈腱から舟状骨へと掛けられる圧迫力が24%も減少したという知見がありますが(Willemen et al. EVJ. 1999;31:25)、この際の過伸展角度は報告されておらず、今回の研究データとの関係性を推測するのは難しいと言えます。また、蹄踵挙上が施されることで、浅屈腱(Superficial flexor tendon)への緊張が増加したり(Meershoek et al. AJVR. 2002;63:432)、蹄関節(Coffin joint)における圧迫力が上昇したり(Viitanen et al. EVJ. 2003;35:184)、蹄踵圧潰(Heel collapse)を悪化させる(Parks et al. Diagnosis and Management of Lameness in the Horse. 2003:252)、という知見も示されており、過度の蹄踵挙上を無闇に長期間にわたって続けることで、有害な作用(Adverse effect)が及ぼされる可能性も考慮する必要があるのかもしれません。

この研究では、深屈腱と舟状骨のあいだで最大圧迫力が生じている箇所は、矢状隆起(Sagittal ridge)、矢状隆起の遠軸対象部(Symmetrical regions abaxial to the ridge)(69%の検体)、遠位掌側面(Distal aspect of palmar surface)(66%の検体)、などとなっていました。これらの領域は、舟状骨症候群の罹患馬における、主な病変発生箇所ともほぼ一致していたことから、深屈腱から舟状骨の屈腱面(Flexor cortex)に掛けられる過剰な圧迫が、舟状骨症候群の病因論(Etiology)に関与していることを裏付けるデータである、という考察がなされています。

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