馬の文献:舟状骨症候群(Smith et al. 2012)
文献 - 2015年12月01日 (火)
「舟嚢の内視鏡検査:92症例の所見、治療、予後」
Smith MR, Wright IM. Endoscopic evaluation of the navicular bursa: Observations, treatment and outcome in 92 cases with identified pathology. Equine Vet J. 2012; 44(3): 339-345.
この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対する有効な外科的療法を検討するため、1999~2010年にかけて、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)によって蹄部疼痛(Foot pain)が限局化(Localization)されたものの、レントゲン検査(Radiography)での異常所見は認められず、舟嚢の内視鏡検査(Navicular bursoscopy)が応用された92頭の患馬(105箇所の舟嚢)における、内視鏡での所見および治療成績の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究では、舟嚢の内視鏡検査において、深屈腱病巣(Deep digital flexor tendon lesion)が認められたのは98%(103/105舟嚢)に及び、このうち、深屈腱の矢状裂傷(Sagittal tear)が83%(87/105舟嚢)に見られました。その他の異常所見としては、深屈腱の背側縁線維化(Dorsal border fibrillation)、深屈腱の矢状裂開(Sagittal split)、舟状骨の屈腱面(Flexor cortex)の軟骨病巣(Cartilaginous lesion)、などが含まれました。そして、治療としては、ロンジュールまたは電動滑膜リセクターを介しての、病巣清掃術(Debridement)が実施されました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた84頭の患馬のうち、常歩で無跛行(No lameness at walk)まで回復したのは63%でしたが、跛行発症前と同じ&より高いレベルでの騎乗使役に復帰したのは44%にとどまりました。このため、舟嚢内視鏡検査による舟嚢内病巣の外科的治療では、十分な病巣治癒が認められる確率は中程度で、騎乗能力の維持および向上を達成できない症例も、比較的に多いことが示唆されました。また、舟嚢内視鏡検査に伴う合併症(Complication)としては、屈腱面軟骨の医原性損傷(Iatrogenic damage)(五箇所の舟嚢)、掌側脈管(Palmar digital vessels)の損傷(四箇所)、皮膚切開創(Skin incision)の細菌感染(Bacterial infection)(三箇所)、などとなっていました。
この研究では、起立位低磁場MRI検査(Standing low field magnetic resonance imaging)が行われた39症例(51舟嚢)を見ると、内視鏡下で発見された深屈腱病巣を、術前予測できたのは68%でしたが、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった深屈腱病巣も十箇所ありました。また、内視鏡下で発見された軟骨病巣を、術前予測できたのは25%で、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった軟骨病巣は四箇所でした。さらに、内視鏡下で発見された深屈腱と舟状骨の癒着(Adhesion)を、術前予測できたのは25%で、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった癒着は五箇所ありました。この研究結果は、MRI検査によって偽陽性(False positive)が起こる危険性を再確認させるデータであると取れる反面、深屈腱組織の深部に生じた病変では、MRI像上では確認できても、内視鏡下では視認および治療できなかった場合もありうる、という考察がなされています。
この研究では、舟嚢の内視鏡検査で見つかった病巣の重篤度(Severity)と、手術後の治療成績のあいだに、負の相関(Negative correlation)が見られる傾向にありました。内視鏡下において、広範囲にわたる深屈腱病巣を呈した馬(重症馬)と、小さな深屈腱病巣のみを呈した馬(軽症馬)を比較した場合、常歩での無跛行まで回復したのは、重症馬では54%、軽症馬では92%であったことが示され、また、跛行発症前と同じ&より高いレベルでの騎乗使役に復帰したのは、重症馬では34%、軽症馬では59%であったことが報告されています。このため、蹄部疼痛が限局化されたものの、レントゲン検査に陰性であった症例では、舟嚢内視鏡検査で異常所見を特定することで、信頼性の高い予後判定(Prognostication)の指標になりうることが示唆されました。
この研究では、舟嚢内視鏡検査を受けた症例の約二割において、内視鏡下での異常所見は認められませんでした。このうち、四頭はMRI検査またはCT検査において、舟嚢内病巣が予測されたものの、舟嚢麻酔(Navicular bursa block)での跛行改善は見られませんでした。また、舟嚢内視鏡検査では病巣は見つからず、併行して実施された蹄関節鏡検査(Coffin joint arthroscopy)によって病巣が発見された四頭では、蹄関節麻酔(Coffin joint block)と舟嚢麻酔による跛行改善には差異はありませんでした(蹄関節と舟嚢のあいだで麻酔薬拡散が起きたため?)。このため、舟嚢内視鏡検査の適応症例(Indication)を見極めるためには、舟嚢麻酔によって跛行改善すること、および、蹄関節麻酔から六~十分以内(舟嚢内へと麻酔薬が拡散する前)には跛行改善しないこと、などの結果から、舟嚢内疼痛を限局化することが重要であると考察されています。
一般的に、馬の舟嚢内視鏡検査は、舟嚢内の病巣の治療法として、舟嚢に達する蹄底からの穿孔性異物(Penetrating foreign body)の対処法として検討され始め(Wright et al. EVJ. 1999;31:12)、ナビキュラー病の診断および治療手法として応用されてきました(Cruz et al. Vet Surg. 2001;30:539)。そして、その外科的手技として、直接的に舟嚢内へと内視鏡を挿入する術式ではなく、T字型靭帯(T-ligament)を貫通させるように舟嚢内に到達する経腱鞘アプローチ(Transthecal approach)が実施されるようになり(McIlwraith et al. Diagnostic and Surgical Arthroscopy in the Horse, 3rd ed. 2005:409)、この術式の利点としては、舟嚢の近位陥入部(Proximal recess)への可視化(Visualization)が向上すること、関節鏡と外科器具がお互いに邪魔しあう場合が少ないこと、などが挙げられています。
一般的に、舟嚢内での深屈腱病巣を削り取る(病巣清掃する)ことの正当性(Rationale)としては、(1)破損されたコラーゲン(Disrupted collagen)が滑液嚢内にあることで持続的刺激(Persistent irritation)を生じること、(2)破損コラーゲンの露出範囲と滑膜炎(Synovitis)の重篤度は相関すること(McIlwraith et al. Diagnostic and Surgical Arthroscopy in the Horse, 3rd ed. 2005:455)、(3)腱損傷部は滑液に触れる環境下では治癒しにくいこと(Phillips et al. EVJ. 1994;26:486)、(4)破損コラーゲンを滑液嚢内から取り除くことによる内因性機能(Intrinsic function)は報告されていないこと、などが挙げられています。つまり、深屈腱病巣の箇所から破損コラーゲンを取り除いて、舟嚢内の滑膜炎を抑えると共に、病巣清掃術の部位に瘢痕形成(Scar formation)が生じて腱組織が滑液に触れなくなることで、深屈腱病巣の治癒を促進させる(Stimulation of tendon healing)、という治療効果が期待されると考えられています。
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この研究論文では、馬の舟状骨症候群(Navicular syndrome)に対する有効な外科的療法を検討するため、1999~2010年にかけて、診断麻酔(Diagnostic anesthesia)によって蹄部疼痛(Foot pain)が限局化(Localization)されたものの、レントゲン検査(Radiography)での異常所見は認められず、舟嚢の内視鏡検査(Navicular bursoscopy)が応用された92頭の患馬(105箇所の舟嚢)における、内視鏡での所見および治療成績の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究では、舟嚢の内視鏡検査において、深屈腱病巣(Deep digital flexor tendon lesion)が認められたのは98%(103/105舟嚢)に及び、このうち、深屈腱の矢状裂傷(Sagittal tear)が83%(87/105舟嚢)に見られました。その他の異常所見としては、深屈腱の背側縁線維化(Dorsal border fibrillation)、深屈腱の矢状裂開(Sagittal split)、舟状骨の屈腱面(Flexor cortex)の軟骨病巣(Cartilaginous lesion)、などが含まれました。そして、治療としては、ロンジュールまたは電動滑膜リセクターを介しての、病巣清掃術(Debridement)が実施されました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた84頭の患馬のうち、常歩で無跛行(No lameness at walk)まで回復したのは63%でしたが、跛行発症前と同じ&より高いレベルでの騎乗使役に復帰したのは44%にとどまりました。このため、舟嚢内視鏡検査による舟嚢内病巣の外科的治療では、十分な病巣治癒が認められる確率は中程度で、騎乗能力の維持および向上を達成できない症例も、比較的に多いことが示唆されました。また、舟嚢内視鏡検査に伴う合併症(Complication)としては、屈腱面軟骨の医原性損傷(Iatrogenic damage)(五箇所の舟嚢)、掌側脈管(Palmar digital vessels)の損傷(四箇所)、皮膚切開創(Skin incision)の細菌感染(Bacterial infection)(三箇所)、などとなっていました。
この研究では、起立位低磁場MRI検査(Standing low field magnetic resonance imaging)が行われた39症例(51舟嚢)を見ると、内視鏡下で発見された深屈腱病巣を、術前予測できたのは68%でしたが、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった深屈腱病巣も十箇所ありました。また、内視鏡下で発見された軟骨病巣を、術前予測できたのは25%で、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった軟骨病巣は四箇所でした。さらに、内視鏡下で発見された深屈腱と舟状骨の癒着(Adhesion)を、術前予測できたのは25%で、MRI像で発見されたものの内視鏡では認められなかった癒着は五箇所ありました。この研究結果は、MRI検査によって偽陽性(False positive)が起こる危険性を再確認させるデータであると取れる反面、深屈腱組織の深部に生じた病変では、MRI像上では確認できても、内視鏡下では視認および治療できなかった場合もありうる、という考察がなされています。
この研究では、舟嚢の内視鏡検査で見つかった病巣の重篤度(Severity)と、手術後の治療成績のあいだに、負の相関(Negative correlation)が見られる傾向にありました。内視鏡下において、広範囲にわたる深屈腱病巣を呈した馬(重症馬)と、小さな深屈腱病巣のみを呈した馬(軽症馬)を比較した場合、常歩での無跛行まで回復したのは、重症馬では54%、軽症馬では92%であったことが示され、また、跛行発症前と同じ&より高いレベルでの騎乗使役に復帰したのは、重症馬では34%、軽症馬では59%であったことが報告されています。このため、蹄部疼痛が限局化されたものの、レントゲン検査に陰性であった症例では、舟嚢内視鏡検査で異常所見を特定することで、信頼性の高い予後判定(Prognostication)の指標になりうることが示唆されました。
この研究では、舟嚢内視鏡検査を受けた症例の約二割において、内視鏡下での異常所見は認められませんでした。このうち、四頭はMRI検査またはCT検査において、舟嚢内病巣が予測されたものの、舟嚢麻酔(Navicular bursa block)での跛行改善は見られませんでした。また、舟嚢内視鏡検査では病巣は見つからず、併行して実施された蹄関節鏡検査(Coffin joint arthroscopy)によって病巣が発見された四頭では、蹄関節麻酔(Coffin joint block)と舟嚢麻酔による跛行改善には差異はありませんでした(蹄関節と舟嚢のあいだで麻酔薬拡散が起きたため?)。このため、舟嚢内視鏡検査の適応症例(Indication)を見極めるためには、舟嚢麻酔によって跛行改善すること、および、蹄関節麻酔から六~十分以内(舟嚢内へと麻酔薬が拡散する前)には跛行改善しないこと、などの結果から、舟嚢内疼痛を限局化することが重要であると考察されています。
一般的に、馬の舟嚢内視鏡検査は、舟嚢内の病巣の治療法として、舟嚢に達する蹄底からの穿孔性異物(Penetrating foreign body)の対処法として検討され始め(Wright et al. EVJ. 1999;31:12)、ナビキュラー病の診断および治療手法として応用されてきました(Cruz et al. Vet Surg. 2001;30:539)。そして、その外科的手技として、直接的に舟嚢内へと内視鏡を挿入する術式ではなく、T字型靭帯(T-ligament)を貫通させるように舟嚢内に到達する経腱鞘アプローチ(Transthecal approach)が実施されるようになり(McIlwraith et al. Diagnostic and Surgical Arthroscopy in the Horse, 3rd ed. 2005:409)、この術式の利点としては、舟嚢の近位陥入部(Proximal recess)への可視化(Visualization)が向上すること、関節鏡と外科器具がお互いに邪魔しあう場合が少ないこと、などが挙げられています。
一般的に、舟嚢内での深屈腱病巣を削り取る(病巣清掃する)ことの正当性(Rationale)としては、(1)破損されたコラーゲン(Disrupted collagen)が滑液嚢内にあることで持続的刺激(Persistent irritation)を生じること、(2)破損コラーゲンの露出範囲と滑膜炎(Synovitis)の重篤度は相関すること(McIlwraith et al. Diagnostic and Surgical Arthroscopy in the Horse, 3rd ed. 2005:455)、(3)腱損傷部は滑液に触れる環境下では治癒しにくいこと(Phillips et al. EVJ. 1994;26:486)、(4)破損コラーゲンを滑液嚢内から取り除くことによる内因性機能(Intrinsic function)は報告されていないこと、などが挙げられています。つまり、深屈腱病巣の箇所から破損コラーゲンを取り除いて、舟嚢内の滑膜炎を抑えると共に、病巣清掃術の部位に瘢痕形成(Scar formation)が生じて腱組織が滑液に触れなくなることで、深屈腱病巣の治癒を促進させる(Stimulation of tendon healing)、という治療効果が期待されると考えられています。
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