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馬の病気:蹄葉炎

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蹄葉炎(Laminitis)について。

蹄葉状層が壊死性剥離(Necrotic separation)を起こし、蹄骨が回転(Rotation)、沈下(Sinker)、非対称性遠位変位(Asymmetric distal displacement)などを起こす疾患です。病因としては、内毒素血症(Endotoxemia)、血液凝固因子異常(Blood coagulopathy)、過剰な体重負荷に伴う血液循環障害、動静脈シャント(Arterio-venous shunt)に起因する虚血、下垂体中葉の機能異常(Pituitary pars intermedia dysfunction:いわゆるクッシング病)に続発するインシュリン抵抗性(Insulin resistance)、コルチコステロイド投与によるアルファ受容体活性亢進と脈管攣縮、Streptococcus Bovis菌血症に起因するMMP(matrix metalloproteinase)の異常活性など数多くの説が挙げられています。

急性期には、歩幅の短縮(Stiff gait)、蹄踵先着(Heel-to-toe hoof landing)、肢動脈拍動亢進(Increased digital pulse)、蹄壁発熱(Hoof wall heat)、後傾起立姿勢(Leaning back posture)などの症状が見られます。沈下型蹄葉炎では、蹄冠部の圧診によって異常陥没(Unusual depression)が触知される場合もあります。慢性期になると、蹄骨下降に伴う蹄底扁平化(Flattened palmar surface)、白線肥厚(Widened white line)、蹄壁に輪状線(Founder line)が出現するなどの症状が見られます。

多くの症例において臨床症状から診断が下されますが、レントゲンを用いて蹄骨変位の確定診断を行う必要があります。レントゲン診断には、背側蹄壁の厚さ>18mm、蹄冠と蹄骨伸筋突起間の距離>10mm、背側蹄壁と背側蹄骨の角度差>4°、蹄骨尖と蹄関節間の距離に対する背側蹄壁の厚さの比率>30%、など様々な基準が提唱されています。また、遠位肢の脈管造影像(Distal limb venography)によって、背側蹄組織の血液循環を評価する手法も試みられています。サーモグラフィ検査では、血流減少に伴う蹄壁温の下降の後、臨床症状の発現に並行して蹄壁温が上昇することが示されています。

蹄葉炎は病因論が多様であるため、急性期の根治療法に関しても多くの相反した方針が推奨されています。内毒素や血液凝固因子の関与を考慮する場合には、補液療法(Fluid therapy)、アスピリン、ヘパリン、非ステロイド性抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)、DMSO、抗内毒素血清(Anti-endotoxin serum)などの使用が試みられます。血液循環障害の関与を考慮する場合には、血管拡張剤(Vasodilator)や蹄温熱療法などが試みられます。MMP異常活性の関与を考慮する場合には、リドカイン投与や蹄冷却療法(Foot cryotherapy)が試みられます。対症療法としては、敷砂馬房、装蹄療法、鎮痛塗布剤などが効果的です。

装蹄療法の基本は、蹄叉支持具(Frog support)の装着、蹄尖削切(Toe trimming)と蹄踵挙上蹄鉄(Heel elevation shoes)を用いて蹄反回(Hoof breakover)を改善する事を介して、深屈腱による蹄骨にかかる嘗側張力(Palmar tension)を緩和することで、この際には、レントゲン検査を併行して実施して、蹄尖の反回点を蹄骨尖から2.5~4cm前方の位置に置くことが推奨されています。この他にも、各患馬の病態に応じて多様な形状の蹄鉄が、市販および使用されています。

慢性期の蹄葉炎の治療法としては、装蹄療法を主としますが、深屈腱切断術(Deep digital flexor tenotomy)によって掌側方向への緊張力を軽減することで、蹄骨変位の予防が試みられることもあります。しかし、深屈腱切断術は沈下型蹄葉炎には効果が薄く、また蹄関節亜脱臼(Coffin joint subluxation)と、それに続発する蹄関節の骨関節炎(Osteoarthritis)などの合併症を引き起こすことがあるため、術後の8~10週間は蹄踵挙上蹄鉄を用いて、蹄関節を軽度の屈曲位に保持することが推奨されています。繋部での腱切断術(Mid-pastern tenotomy)の方が、より効果的に掌側緊張を緩和できる可能性も示唆されていますが、全身麻酔(General anesthesia)を要する事と、切開創感染(Incisional infection)の危険が高いため、起立位での実施が可能な中手部での腱切断術(Metacarpal tenotomy)が行われる事が一般的です。長期的に経過が悪化した場合には、複数回にわたる腱切断術の実施も報告されています。

蹄葉炎に対する他の治療法としては、蹄冠直下の蹄壁に溝を削る(Coronary band grooving)ことで、蹄骨の伸筋突起による蹄葉組織への圧迫を取り除く手法が試みられています。また、蹄葉組織から剥離した箇所の蹄壁を全体的または部分的に切除(Full/Partial resection of hoof wall)する手法も場合によっては有効で、さらに、蹄骨変位に伴って生じる蹄底膿瘍や感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)に対する排液および病巣清掃(Drainage and debridement)などを施すことも重要です。

蹄葉炎は一般に予後不良(Poor prognosis)を呈し、慢性経過をとった後に安楽死処置(Euthanasia)となることも多々あります。症例報告では、蹄骨回転角度が軽度(12~15°以下)の場合は、競技復帰の可能性があることが示唆されています。

Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.

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