馬の文献:末節骨骨折(Rossol et al. 2008)
文献 - 2016年01月17日 (日)
「コンピューター補佐手術および従来法による馬の遠軸性末節骨骨折の治療法の比較:生体外実験」
Rossol M, Gygax D, Andritzky-Waas J, Zheng G, Lischer CJ, Zhang X, Auer JA. Comparison of computer assisted surgery with conventional technique for treatment of abaxial distal phalanx fractures in horses: an in vitro study. Vet Surg. 2008; 37(1): 32-42.
この研究論文では、コンピューター補佐手術(Computer assisted surgery)および従来手技(Conventional technique)による馬の遠軸性末節骨骨折(Abaxial distal phalanx fracture)の治療効果を比較するため、32本の馬の遠位肢を用いて、背掌側方向(Dorso-palmar direction)および掌背側方向(Palmo-dorsal direction)における螺子挿入(Lag-screw insertion)が試みられました。
結果としては、コンピューター補佐手術による螺子挿入では、従来手技に比較して、蹄骨底面(Sorlar surface)への螺子迷入(コンピューター補佐手術:0% vs 従来手技:25%)、半月状管(Semilunar canal)への螺子迷入(0% vs 56%)、2mm以上の螺子先端の突出(25% vs 67%)、などの手技的なミスが、有意に少なく発生していたことが分かりました。また、螺子に作用された捻転力(Torque force)も、コンピューター補佐手術のほうが従来手技よりも有意に高かったことが報告されており(コンピューター補佐手術:28.8ckp vs 従来手技:7.5ckp)、これはコンピューター補佐手術のほうが、骨折片内により多くのスレッドを刻むことが出来たためと推測されています。このため、馬の遠軸性末節骨骨折の外科的治療に際しては、コンピューター補佐手術を介して、より正確かつ強固な螺子固定術(Lag-screw fixation)が実施できることが示唆されました。
コンピューター補佐手術では、馬の蹄部、ドリル、ドリルガイドなどに、それぞれ発光性のマーカーが取り付けられており、そのマーカーの動きをカメラで読み込むことで、コンピューター画面に器具の動きや位置を詳細に描き出すことが可能です。このため、厚い蹄組織に囲まれていて、触診を行うことが難しい末節骨に対しても、正確な角度および距離で骨螺子を挿入させることが出来ると考えられており、レントゲンや蛍光透視装置(Fluoroscopy)を介しての手技よりも、短時間で外科手術が実施できると期待されています。
この論文の著者のグループは、他の文献において、正軸性末節骨骨折(Axial distal phalanx fracture)に対しても、コンピューター補佐手術を用いて螺子挿入を行い、良好な成績を収めています(Andritzky et al. Vet Surg. 2005; 34: 120–127)。今回の研究では、コンピューター補佐手術による螺子挿入では、従来手技に比較して、蹄関節面(Coffin joint surface)への螺子迷入の手技的ミスが少なく発生していたことが報告されています(コンピューター補佐手術:6% vs 従来手技:31%)。これは、正軸性骨折に比べて遠軸性骨折のほうが、骨折片が小さく、螺子の挿入角度の決定が複雑であった、などの手技的な難しさを反映したデータであると考察されています。蹄関節面への螺子迷入が起きると、蹄関節の変性関節疾患(Degenerative joint disease)などの医原性合併症(Iatrogenic complication)を続発する危険が高いと推測され、たとえコンピューター補佐手術が応用された症例においても、特に注意を要する手技的ミスであるという警鐘が鳴らされており、蹄関節の関節鏡手術(Coffin joint arthroscopy)などを併用して、この手技的ミスの予防に努めることが重要であると考えられています。
この研究では、コンピューター補佐手術および従来手技の両方において、螺子の長さを誤るミスが起きています(2mm以上の螺子先端の突出は、コンピューター補佐手術では25%で、従来手技では67%)。他の文献によれば、人間の脊髄手術に応用されているコンピューター補佐手術においても、螺子の挿入角度のミスよりも、螺子の長さのミスのほうが多く発生していることが報告されています。このため、末節骨骨折に対してコンピューター補佐手術が実施された場合でも、必ず術中レントゲン検査(Intra-operative radiography)によって、螺子の先端が蹄葉組織内へと突出(Screw protrusion into lamina tissue)していないかを再確認することが重要であると考えられました。
この研究では、螺子挿入のためのドリル孔を形成する際に、ドリルを強く押し込み過ぎて、ドリルビットが曲がって(Drill bit bending)しまうと、螺子の挿入角度に誤差が生じやすい傾向が見られました。これは、たとえドリルビットが曲がった状態であっても、コンピューターの画面上では、ドリルビットは真っ直ぐの物体として認識されてしまうからであると推測されており、この誤差を無くすためには、ドリル本体に対してドリルビットを出来るだけ短く固定して、ドリルガイドの外に露出するドリルビット部分を最小限にする工夫が重要であると考察されています。
この研究では、背掌側方向および掌背側方向における螺子挿入が試みられましたが、外科的手技の難易性や強度において、ふたつの挿入方向による有意差は認められませんでした。実際に末節骨の螺子固定を行う際には、掌背側方向への螺子挿入のほうが、より多くのスレッドを刻むことができる(=内固定の強度を高める)という利点が考えられますが、螺子の進入口を円錐形に広げる過程(Counter-sinking)において、サイズの小さい掌側骨折片に圧迫が集中するため骨溶解(Bone lysis)を起こしやすく、また、手技的にも難易度が高いという欠点があります。このため、末節骨骨折の臨床症例においては、背掌側方向への螺子挿入が推奨されるという考察がなされています。
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この研究論文では、コンピューター補佐手術(Computer assisted surgery)および従来手技(Conventional technique)による馬の遠軸性末節骨骨折(Abaxial distal phalanx fracture)の治療効果を比較するため、32本の馬の遠位肢を用いて、背掌側方向(Dorso-palmar direction)および掌背側方向(Palmo-dorsal direction)における螺子挿入(Lag-screw insertion)が試みられました。
結果としては、コンピューター補佐手術による螺子挿入では、従来手技に比較して、蹄骨底面(Sorlar surface)への螺子迷入(コンピューター補佐手術:0% vs 従来手技:25%)、半月状管(Semilunar canal)への螺子迷入(0% vs 56%)、2mm以上の螺子先端の突出(25% vs 67%)、などの手技的なミスが、有意に少なく発生していたことが分かりました。また、螺子に作用された捻転力(Torque force)も、コンピューター補佐手術のほうが従来手技よりも有意に高かったことが報告されており(コンピューター補佐手術:28.8ckp vs 従来手技:7.5ckp)、これはコンピューター補佐手術のほうが、骨折片内により多くのスレッドを刻むことが出来たためと推測されています。このため、馬の遠軸性末節骨骨折の外科的治療に際しては、コンピューター補佐手術を介して、より正確かつ強固な螺子固定術(Lag-screw fixation)が実施できることが示唆されました。
コンピューター補佐手術では、馬の蹄部、ドリル、ドリルガイドなどに、それぞれ発光性のマーカーが取り付けられており、そのマーカーの動きをカメラで読み込むことで、コンピューター画面に器具の動きや位置を詳細に描き出すことが可能です。このため、厚い蹄組織に囲まれていて、触診を行うことが難しい末節骨に対しても、正確な角度および距離で骨螺子を挿入させることが出来ると考えられており、レントゲンや蛍光透視装置(Fluoroscopy)を介しての手技よりも、短時間で外科手術が実施できると期待されています。
この論文の著者のグループは、他の文献において、正軸性末節骨骨折(Axial distal phalanx fracture)に対しても、コンピューター補佐手術を用いて螺子挿入を行い、良好な成績を収めています(Andritzky et al. Vet Surg. 2005; 34: 120–127)。今回の研究では、コンピューター補佐手術による螺子挿入では、従来手技に比較して、蹄関節面(Coffin joint surface)への螺子迷入の手技的ミスが少なく発生していたことが報告されています(コンピューター補佐手術:6% vs 従来手技:31%)。これは、正軸性骨折に比べて遠軸性骨折のほうが、骨折片が小さく、螺子の挿入角度の決定が複雑であった、などの手技的な難しさを反映したデータであると考察されています。蹄関節面への螺子迷入が起きると、蹄関節の変性関節疾患(Degenerative joint disease)などの医原性合併症(Iatrogenic complication)を続発する危険が高いと推測され、たとえコンピューター補佐手術が応用された症例においても、特に注意を要する手技的ミスであるという警鐘が鳴らされており、蹄関節の関節鏡手術(Coffin joint arthroscopy)などを併用して、この手技的ミスの予防に努めることが重要であると考えられています。
この研究では、コンピューター補佐手術および従来手技の両方において、螺子の長さを誤るミスが起きています(2mm以上の螺子先端の突出は、コンピューター補佐手術では25%で、従来手技では67%)。他の文献によれば、人間の脊髄手術に応用されているコンピューター補佐手術においても、螺子の挿入角度のミスよりも、螺子の長さのミスのほうが多く発生していることが報告されています。このため、末節骨骨折に対してコンピューター補佐手術が実施された場合でも、必ず術中レントゲン検査(Intra-operative radiography)によって、螺子の先端が蹄葉組織内へと突出(Screw protrusion into lamina tissue)していないかを再確認することが重要であると考えられました。
この研究では、螺子挿入のためのドリル孔を形成する際に、ドリルを強く押し込み過ぎて、ドリルビットが曲がって(Drill bit bending)しまうと、螺子の挿入角度に誤差が生じやすい傾向が見られました。これは、たとえドリルビットが曲がった状態であっても、コンピューターの画面上では、ドリルビットは真っ直ぐの物体として認識されてしまうからであると推測されており、この誤差を無くすためには、ドリル本体に対してドリルビットを出来るだけ短く固定して、ドリルガイドの外に露出するドリルビット部分を最小限にする工夫が重要であると考察されています。
この研究では、背掌側方向および掌背側方向における螺子挿入が試みられましたが、外科的手技の難易性や強度において、ふたつの挿入方向による有意差は認められませんでした。実際に末節骨の螺子固定を行う際には、掌背側方向への螺子挿入のほうが、より多くのスレッドを刻むことができる(=内固定の強度を高める)という利点が考えられますが、螺子の進入口を円錐形に広げる過程(Counter-sinking)において、サイズの小さい掌側骨折片に圧迫が集中するため骨溶解(Bone lysis)を起こしやすく、また、手技的にも難易度が高いという欠点があります。このため、末節骨骨折の臨床症例においては、背掌側方向への螺子挿入が推奨されるという考察がなされています。
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