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馬の文献:球節破片骨折(Elce et al. 2002)

「起立位手術による馬の近位背側基節骨の破片骨折に対する関節鏡的摘出」
Elce YA, Richardson DW. Arthroscopic removal of dorsoproximal chip fractures of the proximal phalanx in standing horses. Vet Surg. 2002; 31(3): 195-200.

この症例論文では、馬の球節(Meta-carpo/tarso-phalangeal joint: Fetlock joint)の近位背側基節骨(Dorso-proximal aspect of the proximal phalanx)における破片骨折(Chip fracture)に対する、起立位手術(Standing surgery)での関節鏡的摘出(Arthroscopic removal)の治療効果を評価するため、近位背側基節骨の破片骨折を呈した104頭の患馬(119関節、138骨折片)の医療記録(Medical records)の解析が行われました。

この研究における術式では、XylazineまたはDetomidineの静脈投与(Intra-venous administration)による鎮静(Sedation)と、Mepivacaineの球節内注射(Fetlock joint injection)、および、背側関節嚢(Dorsal joint pouch)の近位部におけるMepivacaineの半月形皮下注射(Crescent shaped subcutaneous injection)による局所麻酔が併用されました。そして、背側関節嚢に穿刺した針から生食によって関節包を膨満(Joint capsule distension)させた後、背側関節嚢に設けられた関節鏡ポータルと器具ポータル用の二つの切開創を介して、骨折片の摘出と異常な関節軟骨(Articular cartilage)の掻爬(Curettage)が行われました。

結果としては、104頭の全ての患馬において、起立位での関節鏡手術によって、安全に骨折片の摘出が達成され、術中の事故や術後の合併症は見られませんでした。また、関節鏡手術そのものは五分~十分で終了し、鎮静、剃毛、滅菌などの準備を合わせても、手術の全過程に要したのは三十分前後であったことが報告されています。さらに、95頭のサラブレッド競走馬の症例を見ると、起立位関節鏡手術を介しての骨折片の摘出によって、92%(91/95/461頭)の馬がレース復帰を果たし、78%(74/95頭)の馬が手術前と同等かより高い競走成績を残したことが示されました。このため、近位背側基節骨の破片骨折を呈した馬では、起立位での関節鏡手術によって、安価に骨折片が摘出され、良好な予後を示し、レース復帰を果たす馬の割合が高いことが示唆されました。

馬の近位背側基節骨の破片骨折における、起立位での関節鏡手術の利点としては(全身麻酔下での関節鏡手術と比べた場合)、(1)治療費が安価に抑えられる、(2)少人数のスタッフで手術が実施できる、(3)全身麻酔の導入時や覚醒時の事故の危険がない、(4)起立時には球節が伸展状態にあり関節包に余裕(=たるみ)があるため、近位背側基節骨の骨折片を観察しやすく、関節鏡ポータルと器具ポータルのあいだの機器交換が容易である、(5)全身麻酔時のような一晩の入院が不要である、などが挙げられています。

この研究では、球節の局所麻酔に際して、関節麻酔に併行して半月形皮下麻酔が実施されました。この手法では、球節よりも遠位側肢における感覚は消失しないことから、術中に馬の位置を移動させるのが容易で、また、遠位肢のナックリングやつまずきを予防できるという利点が示されました。

この研究では、不浸透性の滅菌ドレープ(Sterile impervious drapes)で蹄の周囲や床面を覆い、粘着性の滅菌シート(Sterile adhesive sheet)で球節の上部を覆うことで、術野の滅菌性が維持されました。そして、起立位関節鏡手術を受けた全症例において、全身性または局所性の抗生物質(Systemic/Local anti-microbial)を用いることなく、術後感染症の予防が完全に達成されたことが報告されています。

一般的に馬の起立位手術では、術者の怪我の危険を考慮する必要がありますが、この研究の術式では、手術準備中に前掻きしたり蹴るなどの仕草を見せたのは二頭のみで、この二頭の症例においても、適度の鎮静剤を追加することで、安全に関節鏡的な骨片摘出が達成されたことが報告されています。このため、気性の管理が比較的に難しいサラブレッド競走馬においても、十分な鎮静および局所麻酔を使用することで、安全に起立位関節鏡手術を実施できることが示唆されました。

この研究では、症例の多くがサラブレッド競走馬であったことから(95/104頭)、前肢の球節における破片骨折の病態が殆どで、後肢球節の症例は二頭(4骨片)に過ぎませんでした。後肢の球節に対する起立位関節鏡手術においては、馬が後肢を動かした際に球節が屈曲する度合いが前肢よりも大きく(馬の後肢には相反合同装置があるため)、関節鏡や手術器具などの破損につながりやすく、また、馬が蹴った時には重篤な術者の怪我につながる危険が高いと考えられることから、十分な鎮静剤の使用と、より慎重に適応症例を選択することが重要であると考えられます。

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