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馬の病気:舟状骨症候群

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舟状骨症候群(Navicular syndrome)について。

慢性進行性の蹄踵疼痛(Chronic progressive heel pain)を生じる疾患で、遠位種子骨(Distal sesamoid bone)(=舟状骨:Navicular bone)の退行性変化(Degenerative change)をはじめ、舟嚢(Navicular bursa)、蹄関節(Coffin joint)、舟状骨繋靭帯(Navicular suspensory ligament)、深屈腱(Deep digital flexor tendon)などの異常が原因となります。発症年齢は一般に6~8歳で、乗用馬においては前肢跛行の原因全体の三割近くを占めるという報告もあります。古典的には、舟状骨動脈血栓症および閉塞症(Navicular artery thrombosis/occlusion)と、それに続発する虚血症(Ischemia)が原因であると考えられていましたが、現在では、深屈腱や舟状骨繋靭帯の過剰緊張による舟状骨圧迫や、踏着時衝撃(Concussion)による非感染性の舟嚢炎および蹄関節炎(Non-septic navicular bursitis or coffin joint arthritis)などが主要な病因とあると考えられています。また、発症素因としては、蹄繋軸の後方破折(Broken-back foot-pastern axis)、蹄形の左右不均衡(Asymmetric hoof confirmation)や内外側不均等(Medial-lateral hoof imbalance)、長蹄尖(Long toe)や低蹄踵(Low heel)(いわゆるアンダーランヒール:Underrun heel)などが挙げられています。

舟状骨症候群の特徴的臨床所見は、慢性的な軽度~中程度の両側性前肢跛行(Mild to moderate bilateral forelimb lameness)で、硬い地面や円運動時に跛行が悪化する傾向が見られます。蹄踵疼痛による羅患蹄の蹄尖先着(Toe-heel landing)に伴って、歩幅の前方短縮(Decreased cranial stance phase)と蹉跌(Stumbling)を頻発するため、肩跛行(Shoulder lameness)と混同される事もあります。蹄鉗子検査(Hoof tester examination)では、蹄叉中央部(Central frog region)での圧痛が見られる事もありますが、陽性を示すのは約半数の羅患馬に過ぎないという報告もあります。症例によっては、遠位肢脈管の肥大(Enlarged distal digital vessels)や、蹄関節の膨満(Coffin joint distension)を呈することもあります。遠位肢屈曲試験(Distal limb flexion test)によって跛行の悪化が見られる症例もありますが、感度はあまり高くないため、羅患部を特異的に圧迫する舟状骨部楔試験(Navicular wedge test)や蹄尖楔試験(Toe wedge test)などの診断法も試みられています。

舟状骨症候群に起因する疼痛部位の特定のためには、掌側指神経麻酔(Palmar digital nerve block)が最も一般的に行われますが、この場合には蹄関節炎(Coffin joint arthritis)、蹄葉炎(Laminitis)、蹄骨骨折(Distal phalanx fracture)、蹄骨側副軟骨(Collateral cartilage of distal phalanx)などにおいても、跛行の改善および消失が起こるため、舟状骨症候群の症例に対する特異度(Specificity)はあまり高くありません。少量(6mL以下)の関節内局所麻酔剤による蹄関節麻酔(Coffin joint block)によっても跛行の改善が見られますが、この場合も舟状骨症候群に特異的反応ではありません。レントゲン誘導(Radiographic guidance)を介しての舟嚢麻酔(Navicular bursa block)が最も特異性の高い診断麻酔であることが提唱されていますが、手技的に難しい事に加えて、舟嚢と蹄関節が連絡している個体があることや、麻酔剤の深肢屈腱鞘(Deep digital tendon sheath)への漏出の可能性があることを考慮して、麻酔剤と造影剤を一緒に注射することが推奨されています。蹄関節麻酔と舟嚢麻酔の両方が陰性であった場合には、舟状骨症候群を除外診断(Rule-out)できることが提唱されています。

舟状骨症候群の疑いのあるレントゲン所見としては、臨床的な有意性順序として、(1)骨髄嚢胞(Medullary cyst)、(2)舟状骨屈腱面の矢状稜扁平化(Sagittal ridge flattering)、(3)皮髄質境界の不明瞭化(Loss of corticomedullary junction)、(4)舟状骨遠位縁の骨吸収像(Distal border lucencies)、(5)舟状骨繋靭帯およびImpar靭帯の付着部の増殖体形成(Enthesiophyte formation)などが挙げられます。その他のレントゲン所見としては、脈管孔の拡大(Enlarged vascular foramina)、舟状骨屈腱面の肥厚化(Navicular flexor cortex thickening)、舟状骨近位部の関節周囲骨増殖体(Periarticular osteophyte)などが見られる場合もありますが、これらは老齢化によって健常馬にも起こる事から、舟状骨症候群においても、臨床的な有意性は比較的低いと考えられています。造影剤の舟嚢注射を併用したレントゲン検査では、舟状骨屈腱面の軟骨糜爛(Erosion of flexor cartilage)、舟状骨と深屈腱の癒着(Adhesion)、深屈腱細動(Deep digital flexor tendon fibrillation)に起因する掌側舟嚢の充満欠損(Filling defects on the palmar navicular bursa)等が観察される症例もあります。

舟状骨症候群では、一般的にレントゲン上の異常は進行した病態(Advanced pathologic condition)において多く見られ、舟状骨症候群の早期発見に際しては、必ずしも感度の高い診断法ではありません。一方で、特に五歳以下の若馬の舟状骨症候群においては、跛行の症状を示した時点で、既にかなり進行したレントゲン的異常が見られる場合もあります。このため、正常なレントゲン像のみで舟状骨症候群を除外診断することは適当でなく、レントゲン所見は常に診断麻酔の結果と兼ね合わせて診断に用いられるべきである、という警鐘が鳴らされています。

核シンティグラフィー(Nuclear scintigraphy)では、舟状骨部の放射医薬性取込(Radiopharmaceutical uptake)を探知することで、レントゲン検査よりも高感度に舟状骨症候群の早期診断を下すことが可能ですが、蹄骨の蹄底面(Solar distal phalanx)の深屈腱付着部や、蹄関節の掌側嚢(Palmar pouch of coffin joint)との詳細な鑑別は困難であるため、特異度はレントゲンよりも低いことが知られています。また、舟嚢鏡検査(Navicular bursoscopy)によって、深屈腱の病変や舟状骨屈腱面の繊維軟骨変性(Fibrocartilage degeneration)が、より正確に診断できる事も示されています。一方、MRI検査では、全身麻酔(General anesthesia)を要すること、検査設備を有する施設が限られていること、検査費用が高額であること、などの問題点はあるものの、レントゲンでは探知できない、骨浮腫(Bone edema)、舟嚢の滑液増量(Increased synovial fluid)や滑膜増殖(Synovial proliferation)、Impar靭帯炎(Impar ligament desmitis)や舟状骨繋靭帯炎(Navicular suspensory ligament desmitis)を早期に発見できる事が示唆されており、舟状骨症候群の確定診断のためには、不可欠な診断法であると見なされています。

舟状骨症候群の内科療法としては、馬房休養(Stall rest)に併行して、非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drugs)の投与(1~2週間)が行われます。競走および競技使役を継続しながら、長期間にわたっての抗炎症剤療法が行われる場合には、消化器への副作用を考慮して、徐々に投与濃度を下げていくなどして、各個体に応じた最少有効性薬用量(Minimum effective dosage)を決定することが必要です。非ステロイド系抗炎症剤によって、1~3ヶ月で跛行症状の改善が見られない症例においては、コルチコステロイドの蹄関節注射(Coffin joint injection)または舟嚢注射(Navicular bursa injection)が応用されます。この場合、コルチコステロイドとヒアルロン酸(Hyaluronic acid)の同時注射や、PSGAGの筋肉内投与が併用される場合もあります。また、虚血性の病因を考慮して、脈管拡張および流体力学改善剤(Vasodilatory and rheologic agents)であるIsoxsuprineや、赤血球変形能を亢進させる(Increasing erythrocyte flexibility)効能のあるPentoxifyllineの投与が実施される場合もあります。

舟状骨症候群の装蹄療法としては、自然なバランスを保った蹄形へと修復するため(Restoring natural foot balance)、横行線(Transverse line:蹄の最大幅に引いた線)の前方において蹄底を削切する(Sole trimming forward from transverse line)と共に、横行線の後方において蹄壁を削切して(Wall trimming )、蹄踵の掌側端(Palmar edge of heel)が蹄叉最大幅部にて終了するようにする手法が提唱されています。また、蹄尖削切(Toe trimming)と蹄踵挙上(Heel elevation)によって、蹄繋軸の後方破折の矯正も試みられますが、急激な角度の変更は禁忌とされています。これらの療法に併行して、多くの症例では蹄叉支持具(Frog support)の装着によって、底部からの圧迫疼痛の軽減が試みられます。舟状骨症候群の治療用として、羅患蹄の反回改善(Improved breakover)を目的とした多くの市販蹄鉄が使用されており、反回点(Breakover point)を蹄叉尖から前方へ2.5~3.8cm(1~1.5 inch)の位置に設置する方法や、レントゲン検査を併行して反回点を蹄骨尖から前方へ0.4~0.7cmの位置に設置する方法などが推奨されています。重度のアンダーランヒールの症例に対しては、エッグバー蹄鉄を使用することで、羅患蹄の安定性(Hoof stability)を向上させ、深屈腱の緊張度を緩和する手法も示されています。また、蹄尖部の負重面に段差の付いた治療用蹄鉄によって、踏着時の衝撃を和らげる装蹄療法(Reduction of hoof concussion)も試みられていますが、舟状骨に対する圧迫は踏着時よりもむしろ蹄関節の伸展時(Coffin joint extension)に起こるという報告もあり、舟状骨症候群に対する効能に対しては賛否両論(Controversy)があります。

舟状骨症候群の外科療法としては、掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)を介して蹄踵を無痛化(Desensitization)する方法が広く行われていますが、舟状骨症候群の病態そのものを治療する手法ではない上、症状の悪化、神経腫(Neuroma)の発生、蹄関節亜脱臼(Coffin joint subluxation)などの合併症が報告されており、動物愛護の観点からも手術適用には賛否両論があります。また、レントゲン検査やMRIによって舟状骨屈腱面や舟嚢内部深屈腱の異常が認められた症例においては、蹄踵無痛化を施すことで深屈腱断裂(Deep digital flexor tendon rupture)を引き起こす危険が高く、施術は禁忌とされています。神経腫を呈した症例では、神経腫の外科的切除と掌側指神経切断術の再施行を要したり、コルチコステロイドの病巣内投与が行われる場合もあります。掌側指神経切断術後には、レントゲンで病態悪化を監視する事と、蹄踵無痛によって釘傷などの蹄叉部への穿孔性外傷(Penetrating wound on frog)の発見が遅れないよう蹄底清掃を欠かさない事が重要になります。化学焼灼術(Chemical ablation)や冷凍手術(Cryosurgery)を用いての掌側指神経切断術も試みられていますが、無痛化の信頼性が低く、早期の跛行再発を起こす事などが報告されています。舟状骨症候群に対する他の外科的療法としては、舟状骨繋靭帯切断術(Navicular suspensory desmotomy)によって舟状骨圧迫を軽減する方法、遠位支持靭帯切断術(Distal check ligament desmotomy)によって深屈腱緊張を緩和する方法、関節鏡手術(Arthroscopy)を介して骨嚢胞のドリル穿孔と内容物排出を行う方法などが報告されています。

舟状骨症候群は一度発症すると完治するのは難しい病態ですが、通常は内科・装蹄・外科的療法の適用で、数年間は競技参加を継続できる事が示されています。掌側指神経切断術が用いられた場合でも、半年~二年程度で指神経分枝の再生(Regeneration of sensory nerve branch)によって跛行が再発(Lameness recurrence)することが報告されており、手技的難しさと動物愛護的配慮から、複数回の神経切断術を実施することに関しては賛否両論があります。

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