馬の文献:手根骨破片骨折(McIlwraith et al. 1987)
文献 - 2016年05月24日 (火)
「馬の手根関節における骨軟骨破片骨折の治療のための関節鏡手術」
McIlwraith CW, Yovich JV, Martin GS. Arthroscopic surgery for the treatment of osteochondral chip fractures in the equine carpus. J Am Vet Med Assoc. 1987; 191(5): 531-540.
この症例論文では、馬の手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、手根関節の破片骨折を呈して、関節鏡手術(Arthroscopy)による骨軟骨片の摘出(Osteochondral fragment removal)が応用された591頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた445頭の患馬のうち、関節鏡手術後にレース復帰を果たした馬は79%(352/445頭)で、このうち、骨折前と同程度もしくはより高いレベルのレースに復帰した馬は68%(303/445頭)でした。馬の手根関節における関節鏡手術は、骨片摘出に手技的に有用な手法であることが示され、また、良好な美容的外観(Cosmetic appearance)が達成され、術後に関節内感染(Intra-articular infection)を続発した馬は一頭もありませんでした。このため、馬の手根骨破片骨折においては、関節鏡手術を介しての骨軟骨片摘出によって、比較的に良好な予後が期待され、レース復帰および競走能力維持を果たす馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。一方、レース復帰できなかった馬を見ると、破片骨折を再発(Recurrence)した馬は6%(28/445頭)、手根骨の盤状骨折(Carpal slab fracture)を続発した馬は2%(10/445頭)、他の関節異常を続発した馬は7%(32/445頭)であったことが報告されています。
この研究では、手根骨破片骨折の発症箇所を見ると、遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)が35%と最も多く、次いで、近位中間手根骨(Proximal intermediate carpal bone)が20%、遠位外側橈骨(Disto-lateral radius)が12%、近位橈側手根骨(Proximal radial carpal bone)が12%、などとなっていました。このうち、遠位外側橈骨の破片骨折は、クォーターホースよりもサラブレッドに多く見られ、近位中間手根骨の破片骨折は、サラブレッドよりもーターホースに多く見られる傾向にありました。また、いずれの品種においても、左前肢に比べて右前肢のほうが、遠位橈側手根骨および近位第三手根骨(Proximal third carpal bone)の骨折が有意に多いことが示されました。そして、中間手根関節(Mid-carpal joint)では外側よりも内側、前腕手根関節(Antebrachial-carpal joint)では内側よりも外側のほうが、破片骨折を起こし易い傾向が認められました。
この研究では、骨折箇所の関節損傷を定量的に評価(Quantitative analysis)する目的で、グレード1:僅かな関節軟骨の細繊維化および骨折縁から5mm以内の破片化、グレード2:骨折縁から5mm以上および関節面の30%以下の関節軟骨変性、グレード3:関節面の50%に達する関節軟骨変性、グレード4:骨折による重度の骨損失、という四段階の病変グレード化が行われています。そして、関節損傷の重篤度による術後のレース復帰率の違いを見ると、グレード1およびグレード2損傷の症例では73%であったのに対して、グレード3およびグレード4損傷の症例では54%にとどまり、グレードの高い症例ほどレース復帰率が有意に低下していたことが示されました。このため、馬の手根骨破片骨折に対する関節鏡手術では、骨片の摘出ばかりに気を取られることなく、骨折部周囲の関節軟骨を慎重に検査することで、より正確な予後判定(Prognostication)が可能である事が示唆されました。
この研究では、サラブレッド症例における、破片骨折の発症箇所による術後の競走能力の維持率(骨折前と同じか高いレベルのレースに復帰)の違いを見ると、遠位橈側手根骨の骨折では55%、第三手根骨の骨折では59%、近位中間手根骨の骨折では62%と、比較的に低い傾向にありました(他の箇所の骨折では70%以上)。一方、クォーターホース症例における、破片骨折の発症箇所による術後の競走能力の維持率の違いを見ると、第三手根骨の骨折では29%と顕著に低い傾向にありました(他の箇所の骨折では70%以上)。このため、手根骨破片骨折の外科的治療に際しては、その発症箇所によっては、術後に競走能力が悪化することを考慮して、積極的な関節注射によって骨関節炎(Osteoarthritis)の続発予防に努めるなどして、予後を改善する試みが重要であると考えられました。
この研究では、複数の手根関節に破片骨折が認められた馬の割合は、サラブレッド症例では37%、クォーターホース症例では59%に及び、サラブレッドに比べてクォーターホースのほうが、複数関節に骨折を起こしている可能性が、有意に高いことが示されました。また、この研究では、左右の手根関節でほぼ同じ箇所に骨折片を生じている症例が多い傾向が認められました。このため、馬の手根骨破片骨折の症例では、初診時の跛行の有無に関わらず、必ず対側肢手根関節のレントゲン検査も同時に行って、併発している骨折の有無を確認することが重要であることが示唆されました。
この研究では、レントゲン上での骨片の数およびサイズは、関節鏡舌での骨片の数およびサイズと、必ずしも一致しない症例も多く、特に、遠位橈側手根骨および近位中間手根骨の破片骨折では、関節鏡下においてレントゲン像では発見できなかった骨片や、予測以上に広範囲にわたる軟骨損傷が見られる傾向にあり、レントゲン所見によって骨折病態が過小評価(Under-estimation)されている場合が多かったことが報告されています。このため、馬の手根骨破片骨折に対する関節鏡手術では、レントゲン像で骨片が見られない関節内領域もくまなく探索することが重要であると考察されています。
この研究では、馬の手根骨破片骨折の外科的療法において、関節鏡手術が関節切開術(Athrotomy)よりも優れている点としては、関節病態の診断精度(Diagnostic accuracy)が高いこと、組織侵襲性が低く術後の美容的外観が優れていること、関節洗浄(Joint lavage)による骨細片の除去(Debris removal)がより効率的に行えること、術後の疼痛(Post-operative pain)が少ないこと、術後に競走能力を維持し易いこと、などが挙げられています。
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この症例論文では、馬の手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、手根関節の破片骨折を呈して、関節鏡手術(Arthroscopy)による骨軟骨片の摘出(Osteochondral fragment removal)が応用された591頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた445頭の患馬のうち、関節鏡手術後にレース復帰を果たした馬は79%(352/445頭)で、このうち、骨折前と同程度もしくはより高いレベルのレースに復帰した馬は68%(303/445頭)でした。馬の手根関節における関節鏡手術は、骨片摘出に手技的に有用な手法であることが示され、また、良好な美容的外観(Cosmetic appearance)が達成され、術後に関節内感染(Intra-articular infection)を続発した馬は一頭もありませんでした。このため、馬の手根骨破片骨折においては、関節鏡手術を介しての骨軟骨片摘出によって、比較的に良好な予後が期待され、レース復帰および競走能力維持を果たす馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。一方、レース復帰できなかった馬を見ると、破片骨折を再発(Recurrence)した馬は6%(28/445頭)、手根骨の盤状骨折(Carpal slab fracture)を続発した馬は2%(10/445頭)、他の関節異常を続発した馬は7%(32/445頭)であったことが報告されています。
この研究では、手根骨破片骨折の発症箇所を見ると、遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)が35%と最も多く、次いで、近位中間手根骨(Proximal intermediate carpal bone)が20%、遠位外側橈骨(Disto-lateral radius)が12%、近位橈側手根骨(Proximal radial carpal bone)が12%、などとなっていました。このうち、遠位外側橈骨の破片骨折は、クォーターホースよりもサラブレッドに多く見られ、近位中間手根骨の破片骨折は、サラブレッドよりもーターホースに多く見られる傾向にありました。また、いずれの品種においても、左前肢に比べて右前肢のほうが、遠位橈側手根骨および近位第三手根骨(Proximal third carpal bone)の骨折が有意に多いことが示されました。そして、中間手根関節(Mid-carpal joint)では外側よりも内側、前腕手根関節(Antebrachial-carpal joint)では内側よりも外側のほうが、破片骨折を起こし易い傾向が認められました。
この研究では、骨折箇所の関節損傷を定量的に評価(Quantitative analysis)する目的で、グレード1:僅かな関節軟骨の細繊維化および骨折縁から5mm以内の破片化、グレード2:骨折縁から5mm以上および関節面の30%以下の関節軟骨変性、グレード3:関節面の50%に達する関節軟骨変性、グレード4:骨折による重度の骨損失、という四段階の病変グレード化が行われています。そして、関節損傷の重篤度による術後のレース復帰率の違いを見ると、グレード1およびグレード2損傷の症例では73%であったのに対して、グレード3およびグレード4損傷の症例では54%にとどまり、グレードの高い症例ほどレース復帰率が有意に低下していたことが示されました。このため、馬の手根骨破片骨折に対する関節鏡手術では、骨片の摘出ばかりに気を取られることなく、骨折部周囲の関節軟骨を慎重に検査することで、より正確な予後判定(Prognostication)が可能である事が示唆されました。
この研究では、サラブレッド症例における、破片骨折の発症箇所による術後の競走能力の維持率(骨折前と同じか高いレベルのレースに復帰)の違いを見ると、遠位橈側手根骨の骨折では55%、第三手根骨の骨折では59%、近位中間手根骨の骨折では62%と、比較的に低い傾向にありました(他の箇所の骨折では70%以上)。一方、クォーターホース症例における、破片骨折の発症箇所による術後の競走能力の維持率の違いを見ると、第三手根骨の骨折では29%と顕著に低い傾向にありました(他の箇所の骨折では70%以上)。このため、手根骨破片骨折の外科的治療に際しては、その発症箇所によっては、術後に競走能力が悪化することを考慮して、積極的な関節注射によって骨関節炎(Osteoarthritis)の続発予防に努めるなどして、予後を改善する試みが重要であると考えられました。
この研究では、複数の手根関節に破片骨折が認められた馬の割合は、サラブレッド症例では37%、クォーターホース症例では59%に及び、サラブレッドに比べてクォーターホースのほうが、複数関節に骨折を起こしている可能性が、有意に高いことが示されました。また、この研究では、左右の手根関節でほぼ同じ箇所に骨折片を生じている症例が多い傾向が認められました。このため、馬の手根骨破片骨折の症例では、初診時の跛行の有無に関わらず、必ず対側肢手根関節のレントゲン検査も同時に行って、併発している骨折の有無を確認することが重要であることが示唆されました。
この研究では、レントゲン上での骨片の数およびサイズは、関節鏡舌での骨片の数およびサイズと、必ずしも一致しない症例も多く、特に、遠位橈側手根骨および近位中間手根骨の破片骨折では、関節鏡下においてレントゲン像では発見できなかった骨片や、予測以上に広範囲にわたる軟骨損傷が見られる傾向にあり、レントゲン所見によって骨折病態が過小評価(Under-estimation)されている場合が多かったことが報告されています。このため、馬の手根骨破片骨折に対する関節鏡手術では、レントゲン像で骨片が見られない関節内領域もくまなく探索することが重要であると考察されています。
この研究では、馬の手根骨破片骨折の外科的療法において、関節鏡手術が関節切開術(Athrotomy)よりも優れている点としては、関節病態の診断精度(Diagnostic accuracy)が高いこと、組織侵襲性が低く術後の美容的外観が優れていること、関節洗浄(Joint lavage)による骨細片の除去(Debris removal)がより効率的に行えること、術後の疼痛(Post-operative pain)が少ないこと、術後に競走能力を維持し易いこと、などが挙げられています。
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