馬の文献:手根骨破片骨折(Shoemaker et al. 1992)
文献 - 2016年05月28日 (土)
「関節内投与されたメチルプレドニゾロンが馬の正常軟骨および骨軟骨欠損治癒に及ぼす影響」
Shoemaker RS, Bertone AL, Martin GS, McIlwraith CW, Roberts ED, Pechman R, Kearney MT. Effects of intra-articular administration of methylprednisolone acetate on normal articular cartilage and on healing of experimentally induced osteochondral defects in horses. Am J Vet Res. 1992; 53(8): 1446-1453.
この研究論文では、手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)の関節鏡的骨片摘出(Arthroscopic fragment removal)において、その予後(Prognosis)を大きく左右する要因である骨関節疾患(Osteoarthritis)の予防法および治療法を検討するため、健常な四頭の実験馬、および、遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)に軟骨欠損(Cartilage defect)を作成した四頭の実験馬を用いて、一方の手根関節にはメチルプレドニゾロンを関節注射(毎週一回の投与を四週間)(=治療関節)、もう一方の手根関節には生食を関節注射(=対照関節)して、手術から十六週間目に滑膜(Synovial membrane)および関節軟骨(Articular cartilage)の組織学的検査(Histologic evaluation)が行われました。
結果としては、軟骨欠損箇所の肉眼検査(Gross examination)において、線維性軟骨(Fibrocartilage)による関節面再生(Resurfacing)が見られた領域は、対照関節では49%であったのに対して、治療関節では0%でした。そして、治療関節における欠損部周囲の関節軟骨では、軟骨細胞密集(Chondrocyte clustering)や棚状組織(Palisading tissue)などの異常所見が認められ、組織化学的染色輝度(Histochemical staining intensity)や置換組織の厚さ(Replacement tissue thickness)が、対照関節よりも有意に低い数値を示しました。このため、手根骨の破片骨折片が摘出された後に、メチルプレドニゾロンの関節注射が行われると、軟骨欠損箇所の治癒を妨げるだけでなく、周囲の健常な軟骨にも有害な作用(Detrimental effect)を及ぼすことが示唆されました。
馬の関節疾患に対しては、コルチコステロイドの関節注射によって疼痛や跛行(Pain/Lameness)を緩和して、早期に運動復帰させる“治療”方針が、1950年代から続けられており、関節浮腫(Joint edema)を減退させたり、滑膜細胞の安定化(Stabilization of synovial cells)する効能も示されています(Owen et al. JAVMA. 1980;177:710)。しかし、コルチコステロイドは軟骨細胞および細胞外基質(Extra-cellular matrix)に悪影響を及ぼし、その再生には六ヶ月近くを要することが報告されており(Behrens et al. JBJS. 1976;58A:1157)、痛みを隠しながら調教やレースを続けることで、結果的に変性関節疾患(Degenerative joint disease)を助長する結果につながる、と考えられています。
一般的に、ステロイドの関節内投与では、滑膜の炎症性細胞の活性を抑制(Suppression of inflammatory cell activities)して、関節の炎症や痛みが劇的に改善するため、関節疾患を有する多くの馬に用いられています。しかし、ステロイドは軟骨細胞の活性も抑制して、細胞尾外基質におけるグリコサミノグリカン含量の減少(Loss of glycosaminoglycan content)、および、コラーゲン含量の増加(Increased collagen content)を引き起こすことで、関節軟骨の弾力性(Resilience)が失われます。この過程では、低レベルの痛みはステロイドで覆い隠されているため、弱体化した関節軟骨に対しても通常以上の負荷が掛けられることになり、結果的に関節軟骨の損傷と、それに続発する骨関節炎の発症に至ると考えられています。
この研究では、軟骨欠損のない健常な手根関節においても、関節軟骨の形態学的スコア(Articular cartilage morphologic score)および組織化学的染色輝度が、対照関節よりも有意に低い数値を示しました。このため、馬の手根関節では、メチルプレドニゾロンの関節注射によって、骨関節炎を予防する効果は期待できず、逆に軟骨異常に起因して骨関節炎を続発する危険性があると考えられました。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, ashinari.com/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
馬の病気:手根骨破片骨折


Shoemaker RS, Bertone AL, Martin GS, McIlwraith CW, Roberts ED, Pechman R, Kearney MT. Effects of intra-articular administration of methylprednisolone acetate on normal articular cartilage and on healing of experimentally induced osteochondral defects in horses. Am J Vet Res. 1992; 53(8): 1446-1453.
この研究論文では、手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)の関節鏡的骨片摘出(Arthroscopic fragment removal)において、その予後(Prognosis)を大きく左右する要因である骨関節疾患(Osteoarthritis)の予防法および治療法を検討するため、健常な四頭の実験馬、および、遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)に軟骨欠損(Cartilage defect)を作成した四頭の実験馬を用いて、一方の手根関節にはメチルプレドニゾロンを関節注射(毎週一回の投与を四週間)(=治療関節)、もう一方の手根関節には生食を関節注射(=対照関節)して、手術から十六週間目に滑膜(Synovial membrane)および関節軟骨(Articular cartilage)の組織学的検査(Histologic evaluation)が行われました。
結果としては、軟骨欠損箇所の肉眼検査(Gross examination)において、線維性軟骨(Fibrocartilage)による関節面再生(Resurfacing)が見られた領域は、対照関節では49%であったのに対して、治療関節では0%でした。そして、治療関節における欠損部周囲の関節軟骨では、軟骨細胞密集(Chondrocyte clustering)や棚状組織(Palisading tissue)などの異常所見が認められ、組織化学的染色輝度(Histochemical staining intensity)や置換組織の厚さ(Replacement tissue thickness)が、対照関節よりも有意に低い数値を示しました。このため、手根骨の破片骨折片が摘出された後に、メチルプレドニゾロンの関節注射が行われると、軟骨欠損箇所の治癒を妨げるだけでなく、周囲の健常な軟骨にも有害な作用(Detrimental effect)を及ぼすことが示唆されました。
馬の関節疾患に対しては、コルチコステロイドの関節注射によって疼痛や跛行(Pain/Lameness)を緩和して、早期に運動復帰させる“治療”方針が、1950年代から続けられており、関節浮腫(Joint edema)を減退させたり、滑膜細胞の安定化(Stabilization of synovial cells)する効能も示されています(Owen et al. JAVMA. 1980;177:710)。しかし、コルチコステロイドは軟骨細胞および細胞外基質(Extra-cellular matrix)に悪影響を及ぼし、その再生には六ヶ月近くを要することが報告されており(Behrens et al. JBJS. 1976;58A:1157)、痛みを隠しながら調教やレースを続けることで、結果的に変性関節疾患(Degenerative joint disease)を助長する結果につながる、と考えられています。
一般的に、ステロイドの関節内投与では、滑膜の炎症性細胞の活性を抑制(Suppression of inflammatory cell activities)して、関節の炎症や痛みが劇的に改善するため、関節疾患を有する多くの馬に用いられています。しかし、ステロイドは軟骨細胞の活性も抑制して、細胞尾外基質におけるグリコサミノグリカン含量の減少(Loss of glycosaminoglycan content)、および、コラーゲン含量の増加(Increased collagen content)を引き起こすことで、関節軟骨の弾力性(Resilience)が失われます。この過程では、低レベルの痛みはステロイドで覆い隠されているため、弱体化した関節軟骨に対しても通常以上の負荷が掛けられることになり、結果的に関節軟骨の損傷と、それに続発する骨関節炎の発症に至ると考えられています。
この研究では、軟骨欠損のない健常な手根関節においても、関節軟骨の形態学的スコア(Articular cartilage morphologic score)および組織化学的染色輝度が、対照関節よりも有意に低い数値を示しました。このため、馬の手根関節では、メチルプレドニゾロンの関節注射によって、骨関節炎を予防する効果は期待できず、逆に軟骨異常に起因して骨関節炎を続発する危険性があると考えられました。
Copyright (C) nairegift.com/freephoto/, freedigitalphotos.net/, ashinari.com/ All Rights Reserved.
Copyright (C) Akikazu Ishihara All Rights Reserved.
関連記事:
馬の病気:手根骨破片骨折