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馬の文献:手根骨破片骨折(Lucas et al. 1999)

「スタンダードブレッド競走馬における手根骨破片骨折の関節鏡手術後の競走成績」
Lucas JM, Ross MW, Richardson DW. Post operative performance of racing Standardbreds treated arthroscopically for carpal chip fractures: 176 cases (1986-1993). Equine Vet J. 1999; 31(1): 48-52.

この症例論文では、馬の手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、1986~1993年にかけて、手根骨の破片骨折を呈して、関節鏡手術(Arthroscopy)を介しての骨片摘出(Fragment removal)が応用された176頭のスタンダードブレッド競走馬における、医療記録(Medical record)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、176頭の症例のうち、術後にレース復帰を果たしたのは74%(130/176頭)でしたが、これを歩様別に見ると、ペイサーのレース復帰率は82%(96/117頭)にのぼったのに対して、トロッターのレース復帰率は58%(34/59頭)にとどまり、ペイサーのほうがトロッターよりも、有意に予後が良かったことが報告されています。このため、スタンダードブレッド競走馬における手根骨破片骨折では、関節鏡手術を介しての骨片摘出によって、十分な骨折部位の治癒と、比較的に良好な予後が期待され、競走復帰を果たす馬が多いこと(特にペイサーにおいて)が示唆されました。

この研究では、176頭の症例数だけを見ると、ペイサーが67%、トロッターが34%を占めていましたが、同時期における来院症例の全体数を見ると、ペイサーが81%、トロッターが19%であったことから、手根骨破片骨折の有病率(Prevalence)は、ペイサーのほうがトロッターよりも低いことが示されました。このように、ペイサーのほうが破片骨折の有病率が低く、競走復帰率が高かった理由としては、側対歩をするペイサーは、前肢よりも後肢に掛かる負荷が大きく、また、手根関節の伸展度合いもトロッターより少ないため、手根関節への衝撃が低くなったことが挙げられています。

この研究では、骨折前と手術後に出走した104頭の症例を見ると、平均獲得賞金(一レース当たり)は、骨折前の$871/raceから、治療後の$418/raceにと、有意に減少していましたが、その一方で、平均競走タイムを見ると、骨折前の1分59.2秒から、治療後の1分58秒と、有意に向上していました。このため、スタンダードブレッド競走馬における手根骨破片骨折では、関節鏡手術を介しての骨片摘出によって、競走能力(Racing performance)の維持または向上が期待できることが示唆され、獲得賞金の減少は、骨折病歴を考慮した調教師がレベルの低いレース(=賞金の低いレース)に転戦させるという、偏向(Bias)が生じたことに起因すると考えられました。しかし、骨折前と手術後に五回以上出走した64頭の症例を見ると、平均競走タイムおよび能力指数(Performance index)は、ともに手術後のほうが骨折前よりも悪化していました。この理由としては、能力の高い馬(=術後に競走能力が落ちにくい馬)ほど、骨折後には五回の出走に至る前に、繁殖馬として引退する割合が高かったという、管理方針上の偏向が生じたことが挙げられています。

この研究では、176頭の症例の228関節のうち、中間手根関節(Mid-carpal joint)が99%(226/228関節)と圧倒的に多数を占めており、また、236箇所の骨折のうち、橈側手根骨の遠位外側部(Dorso-distal aspect of the radial carpal bone)が49.6%、第三手根骨の近位外側部(Dorso-proximal aspect of the third carpal bone)が49.2%で、殆どの骨折がこの二箇所に集中していました。このように、スタンダードブレッド競走馬における手根骨破片骨折は、他の文献のデータで示されているような、前腕手根関節(Antebrachial-carpal joint)に破片骨折を起こし易いサラブレッド競走馬とは、明らかに異なった発症分布を示していました。

一般的に、馬の中間手根関節は、上列と下列の手根骨同士が閉じるだけの蝶番式関節(Hinged joint)なのに対して、前腕手根関節は上列の手根骨と橈骨遠位端が閉じたあと、さらに僅かに回転する動きを起こすため、蝶番式関節と滑走式関節(Gliding joint)の両者の特性を併せ持つという、解剖学的特徴(Anatomical characteristics)に大きな違いがあります。そして、中間手根関節における破片骨折は、上列と下列の手根骨が衝突することによって起こるのに対して、前腕手根関節における破片骨折は、手根関節が過伸展して上列手根骨と橈骨関節面の上端が接触することで起こると考えられています。つまり、サラブレッドに比べて、スタンダードブレッドの手根関節は過伸展を起こしにくいことが、前腕手根関節における骨折の発症率(Incidence)が低くなった要因である、という考察がなされています。また、馬の手根関節では、多くの関節部位への負荷は手根骨間靭帯(Intercarpal ligament)に伝達されて分散するのに対して、遠位橈骨(Distal radius)からの負荷は、橈側手根骨から第三手根骨の橈側関節面(Radial facet of third carpal bone)へと直接的に伝播するため、このことが、橈側手根骨の遠位外側部および第三手根骨の近位外側部において、破片骨折が好発する要因の一つになったと考察されています。

この研究では、破片骨折の発症率を両前肢で比較すると、ペイサーでは左右ほぼ同じであったのに対して、トロッターでは右前肢のほうが左前肢よりも、破片骨折を起こし易かったことが報告されています。他の文献によれば、ハーネスレースにおけるコーナーの斜面が適切でなかった場合(Improper banked curve)には、内側の前肢および後肢(Inside forelimb/hindlimb)(=左前肢&左後肢)の動きが異常を呈することが報告されており(Fredricson et al. EVJ. 1975;7:63)、この作用を代償(Compensation)するために、馬が意図的に外側の前肢および後肢(Outside forelimb/hindlimb)(=右前肢&右後肢)への体重負荷を増やすことで、右前肢の手根関節における破片骨折の発症率が上がった、という仮説がなされています。

この研究では、176頭の症例のうち5%(9/176頭)において、レントゲン検査では見られなかった骨折片が、手術時に新たに発見されました。このため、馬の手根骨破片骨折に対する関節鏡手術では、レントゲン像上での骨片の数や位置に関わらず、関節腔の全域をくまなく探索して、潜在性の骨折片(Subclinical fracture fragment)の発見、および関節軟骨の損傷の評価に努めることが重要である事を、再確認させるデータが示されました。

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