馬の文献:手根骨破片骨折(Whitton et al. 1999)
文献 - 2016年06月10日 (金)

「内側掌側手根骨間靭帯の裂傷を呈した競走馬の術後競走成績」
Whitton RC, Kannegieter NJ, Rose RJ. Postoperative performance of racing horses with tearing of the medial palmar intercarpal ligament. Aust Vet J. 1999; 77(11): 713-717.
この症例論文では、馬の手根骨骨折(Carpal fracture)に対する関節鏡手術(Arthroscopy)において、その予後に関与する関節内病変(Intra-articular lesion)の有意性(Significance)を評価するため、1993~1995年にかけて、手根関節骨折に対する関節鏡手術が応用された42頭の競走馬における、医療記録(Medical records)の解析が行われました。この研究では、競走成績の指標としてレースのクラスと着順に基づいたスコアが算出され、これを骨折前と治療後で比較することで純スコア(Net score)が算出されました。
結果としては、42頭の患馬のうち、関節鏡手術後にレース復帰を果たしたのは76%(32/42頭)、レース復帰して勝利したのは55%(23/42頭)にのぼりました。そして、中程度~重度(グレード2~4)の内側掌側手根骨間靭帯の裂傷(Tearing of the medial palmar intercarpal ligament)が認められた症例では、レース復帰率(71%)およびレース復帰&勝利率(36%)が悪化する傾向が見られ、グレード0~1の靭帯裂傷を呈した症例と比べた場合、純スコアが有意に低下していたことが示されました。このため、馬の手根骨骨折に対する外科的療法においては、内側掌側手根骨間靭帯の裂傷の有無が、その予後に有意に影響することが示唆されたことから、関節鏡手術の際には、骨片除去(Fragment removal)や骨折部整復(Fracture repair)だけに気を取られることなく、手根骨間靭帯の損傷度合いを慎重に評価することで、より正確な予後判定(Prognostication)に努めることが重要であると考えられました。
一般的に、馬の内側掌側手根骨間靭帯には、掌側束と背側束(Palmar/Dorsal bundles)の二つがあり、殆どの裂傷は背側束に生じることが報告されていますが(Phillips et al. EVJ.1994;26:486)、関節鏡下で視診することが困難な掌側束に裂傷が起こった場合には、病巣全体を視診することができないという問題があります。このため、今後の研究では、掌側関節包(Palmar joint pouch)の探索的関節鏡(Exploratory arthroscopy)による掌側束の評価や、CT検査などの他の画像診断所見による、予後判定の有用性を検討する必要があると考えられました。また、内側掌側手根骨間靭帯の損傷が疑われる症例では、関節伸展(Joint extension)の際に靭帯弛緩(Laxity of the ligament)が認められたという知見もあることから(Whitton et al. Vet Surg. 1997;26:359)、内側掌側手根骨間靭帯は裂傷以外の形態で傷付く可能性もある、という考察がなされています。
この研究では、内側背側手根骨間靭帯(Dorsomedial intercarpal ligament)の異常を呈した症例は、サンプル数が少ないため、その影響度合いを統計的解析(Statistical analysis)することができませんでした。しかし、重篤な内側背側手根骨間靭帯の肥大(Enlargement)が認められた患馬は(=全頭が内側掌側手根骨間靭帯の裂傷を併発)、いずれもレース復帰ができなかったことが報告されています。このため、馬の手根骨骨折に対する外科的療法においては、内側掌側手根骨間靭帯の裂傷だけでなく、内側背側手根骨間靭帯の有無が、関節内病態の広範囲性を示す指標になる場合があり、その予後予測に有用である可能性もある、という考察がなされています。
この研究では、関節鏡下での異常所見としては、内側掌側手根骨間靭帯の裂傷、軟骨下骨の損傷(Subchondral bone damage)、関節軟骨の損傷(Articular cartilage damage)が評価され、このうち、純スコアに与える影響は、軟骨下骨の損傷が最も高かった(純スコア変動の23%に関与)ことが示されました。そして、軟骨下骨の損傷に内側掌側手根骨間靭帯の裂傷を加えると、純スコア変動の35%に関与していたことが報告されています。この研究の点数化システムでは、他の文献と異なり、関節軟骨と軟骨下骨の異常を、別々にグレード化する手法が試みられており、この場合には、関節軟骨そのものの病態よりも、軟骨下骨の病態のほうが、予後に影響する度合いは大きいことが示唆されています。
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