馬の病気:末節骨骨折
馬の骨折 - 2013年07月24日 (水)

末節骨骨折(Distal phalanx fracture)について。
末節骨(=蹄骨:Coffin bone、Pedal bone)の骨折は、競走馬(特にスタンダードブレッド)に多く見られ、その八割が前肢に発症します。末節骨骨折は、タイプ1~7の病態に分類され、骨折のタイプに応じて、様々な治療法が推奨されています。通常は重度~負重不能性の跛行(Severe to non-weight-bearing lameness)を示し(タイプ6およびタイプ7の骨折を除いて)、発症後24時間にわたって顕著な跛行の悪化を呈する症例もあります。また、蹄壁の熱感(Heat on hoof wall)、蹄鉗子による圧痛(Pain on hoof tester examination)、肢動脈の拍動亢進(Increased digital pulse)、蹄冠部における蹄関節の腫脹(Coffin joint effusion on coronary band)(関節骨折の場合)などの症状を呈します。末節骨骨折の確定診断は、レントゲン検査(Radiography)で下されますが、骨折線と脈管溝(Vascular channel)の陰影の鑑別が困難な場合には、診断麻酔(Diagnostic analgesia)、核医学検査(Nuclear scintigraphy)、1~2週間後の再レントゲン撮影を要する場合もあります。また蹄関節の滑液検査(Arthrocentesis)によって、感染性関節炎(Septic arthritis)が発症していないことを確認します。
タイプ1末節骨骨折は、非関節性の掌側突起骨折(Non-articular palmar process fracture)です。治療としては、蹄膨張(Hoof expansion)による骨折線拡大を防ぐため、二ヶ月にわたる蹄ギプス(Hoof cast)による不動化(Immobilization)を行った後、蹄側鉄唇を施したエッグバー蹄鉄を用いての装蹄療法(Shoeing therapy)を実施することが有効で、蹄尖削切(Toe trimming)と蹄踵挙上(Heel elevation)による、深屈腱張力の軽減が試みられる場合もあります。また、片軸性(Uniaxial)の掌側指神経切断術(Palmar digital neurectomy)によって、疼痛を緩和しながら競走および競技を継続させる方法が選択される場合もあります。
タイプ2末節骨骨折は、関節性の斜位掌側突起骨折(Articular oblique palmar process fracture)です。治療としては、螺子固定術(Lag screw fixation)による骨折部の整復が実施される事もありますが、手技的に難しいケースもあり、通常は蹄ギプス装着と蹄側鉄唇蹄鉄による治療が行われます。掌側指神経切断術による疼痛緩和も実施されますが、蹄関節の変性関節疾患(Degenerative joint disease)を併発する事が多いため、競走および競技の継続に際しては、コルチコステロイドやヒアルロン酸などの関節注射(Joint injection)が必要となることもあります。
タイプ3末節骨骨折は、関節性の中央矢状断骨折(Midsagittal fracture)で、蹄壁穿孔(Hoof wall fenestration)を介しての螺子固定術による治療が推奨されます。術後は、蹄ギプスの装着と蹄関節注射も併用されます。掌側指神経切断術では背側蹄尖を無痛化することは困難であるため、タイプ3末節骨骨折における疼痛緩和としては、あまり有効ではありません。
タイプ4末節骨骨折は、関節性の伸筋突起骨折(Extensor process fracture)で、蹄関節の過伸展(Hyperextension)が病因として挙げられています。慢性の病態では、蹄骨嚢胞(Coffin bone cyst)や伸筋突起の骨増殖性肥大(Bony enlargement:いわゆるピラミッド病)などの合併症を引き起こします。レントゲン検査では、タイプ4骨折と分離骨化中心(Separate ossification center)との鑑別診断を下すことが重要です。治療としては、骨折片のサイズが小さい場合には、関節鏡(Arthroscopy)による骨折片除去が推奨されます。骨折片のサイズが大きい場合には、蹄ギプスによる保存性治療(Conservative treatment)が試みられ、跛行の改善が見られない場合には、螺子固定術による整復が選択される場合もありますが、骨折片の完全な不動化は困難であるため、骨折片を破砕および分解しながら、関節切開術(Arthrotomy)を介して摘出される事もあります。
タイプ5末節骨骨折は、関節性の粉砕骨折(Comminuted fracture)で、多くの症例において骨髄炎(Osteomyelitis)や腐骨(Sequestra)などの合併症を引き起こします。治療としては、壊死骨除去(Surgical removal of necrotic bones)、病巣清掃(Debridement)、海綿骨移植(Cancellous bone graft)、蹄ギプスの装着などが行われますが、予後は極めて悪いことが報告されています。
タイプ6末節骨骨折は、非関節性の蹄底縁骨折(Solar margin fracture)で、蹄葉炎(Laminitis)や蹄骨炎(Pedal osteitis)との関与が提唱されています。蹄側鉄唇蹄鉄の装着による治療が有効で、小型の骨折片の骨吸収(Bone resorption)が起こる場合もあります。穿孔性外傷(Penetrating wound)による感染性蹄骨炎(Septic pedal osteitis)に起因する病態では、骨折片の外科的摘出が必要です。
タイプ7末節骨骨折は、幼馬に稀に見られる非関節性の掌側突起骨折で、蹄底圧迫もしくは深屈腱の過張力などが病因として挙げられています。骨折線が蹄底縁に限極しているのが特徴で、馬房休養(Stall rest)によって良好な骨折治癒が見られる事が報告されています。
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