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馬の文献:手根骨破片骨折(Frisbie et al. 2009a)

Blog_Litr0307_Pict09_#32

「脂肪由来間質脈管分画および骨髄由来間葉系幹細胞による骨関節炎に対する治療効果の評価」
Frisbie DD, Kisiday JD, Kawcak CE, Werpy NM, McIlwraith CW. Evaluation of adipose-derived stromal vascular fraction or bone marrow-derived mesenchymal stem cells for treatment of osteoarthritis. J Orthop Res. 2009; 27(12): 1675-1680.

この研究論文では、手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)の関節鏡的骨片摘出(Arthroscopic fragment removal)において、その予後(Prognosis)に大きく影響する要因である骨関節炎(Osteoarthritis)の予防法および治療法を検討するため、片方の前肢の遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)に軟骨欠損(Cartilage defect)を作成した二十四頭の実験馬のうち、八頭は生食の関節投与(=対照郡)、八頭は脂肪由来間質脈管分画(Adipose-derived stromal vascular fraction)の関節注射(術後の14日目)、残りの八頭は骨髄由来間葉系幹細胞(Bone marrow-derived mesenchymal stem cells)の関節注射(術後の14日目)を行い、トレッドミル運動による負荷を与えて、術後の70日目までにかけて、レントゲン検査(Radiography)、滑液検査(Arthrocentesis)、跛行検査(Lameness examination)、および、滑膜(Synovial membrane)と関節軟骨(Articular cartilage)の組織学的検査(Histologic evaluation)が行われました。

結果としては、骨髄由来間葉系幹細胞が投与された馬では、対照郡の馬に比べて、屈曲試験における疼痛反応(Pain response on flexion test)が有意に改善しており、また、滑液中のプラスタグランディンE2(Prostaglandin E2)の濃度(左右手根関節の平均値)が有意に低下していました。一方、脂肪由来間質脈管分画が投与された馬では、対照郡および骨髄由来間葉系幹細胞が投与された馬に比べて、屈曲試験における疼痛反応が有意に改善しており、滑液中の白血球数も有意に低い値を示していました。しかし、いずれの関節注射においても、跛行グレード、関節膨満(Joint effusion)、レントゲン検査での病態スコア、滑液中のグリコサミノグリカン濃度(Glycosaminoglycan concentration)、組織学的な滑膜および関節軟骨の病態スコアに対しては、有意な治療効果は認められませんでした。このため、馬の手根関節に対する脂肪由来間質脈管分画および骨髄由来間葉系幹細胞の関節内注射では、わずかな症状改善効果(Symptom-modifying effect)は見られるものの、十分な病気改善効果(Disease-modifying effect)は期待されず、骨関節炎の治療法として推奨されるほどの証拠は示されなかった、という考察がなされています。

一般的に、「幹細胞」とは、多分化能(Multipotency)と自己複製能(Self-renewal capacity)を併せ持つ細胞を指し、骨髄および脂肪組織には多量の間葉系幹細胞が含まれていることが知られています。そして、これらの組織から抽出した幹細胞を関節内注射することで、コラーゲン分解酵素誘導による実験的な関節炎(Collagenase-induced experimental arthritis)、および犬の臨床症例における股関節の慢性骨関節炎(Chronic osteoarthritis of the coxofemoral joints)などに対して、十分な治療効果があることが報告されています(Augello et al. Arthritis Rheum. 2007;56:1175 & Black et al. Vet Ther 2007;8:272)。また、米国で幹細胞抽出サービスを提供しているVet-Stemという民間会社の経験的報告(Anecdotal report)によれば、馬の骨関節炎への脂肪由来“幹細胞”の投与によって、70%の症例において良好な治療効果が認められたという知見が示されています。

この研究では、上述の馬への臨床応用例とは相反する治療成績(Conflicting outcomes)が示されましたが、その要因としては、(1)症例選択が無作為では無かったこと(=もともと治り易そうな関節炎に対して幹細胞治療が応用されるという偏向が働いた)、(2)病態の進行度合いにおける個体差が大きかったこと、(3)抽出された“幹細胞”に均一性が無かったこと、などが挙げられています。そして、今後の研究において、骨関節炎に対する幹細胞治療の効能を高める方針としては、遺伝子導入(Gene therapy)による幹細胞分化能の向上、および、特定のタイプの幹細胞の分集団(Subpopulations)を抽出すること、などが提唱されています。

この研究の発表者は、幹細胞注射という既に経験的に臨床応用されている治療法に対して、民間会社のデータを覆すような成績を示しています。このため、臨床症例に対して新しい治療法を実施する際には、無作為&二重盲検&偽薬対照試験(Randomized, double-blinded, placebo-controlled trial)によって、その治療効果を科学的かつ客観的に証明することの重要性が、あらためて実証されたと言えると思います。一方で、この論文の研究費は、上述の民間会社から出資されており、その出資元の医療サービスの効能を否定するようなデータを発表したことは、ある意味では、とても勇気の要る決断であったと予測されます。それと同時に、利害衝突(Conflict of interest)に臆することなく、企業の利益よりも患者の利益を尊重するという、研究機関の責務を遵守する姿勢を示したと言えるのではないでしょうか。

余談ですが、人間の医学領域では、科学的根拠の乏しい幹細胞治療が「自由診療」という形で応用され始めており、安全性試験の不十分さや、高額な費用への正当性に対して警鐘が鳴らされています。それと同様に、獣医学分野においても、幹細胞治療における効能や安全性に関する科学的データが不十分である以上、その臨床応用には慎重にも慎重を期することが大切であると考えられます(馬に対する衝撃波治療、多血小板血漿治療、アイラップ治療などにも同じことが言えるのでは?)。一方、その反面、最新の治療技術を望む飼主が、再生医療を受けられる機会を失ってしまわないように、専門学会などによる適切なルール作りも急がれるべきなのかもしれません。

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