馬の文献:手根骨破片骨折(Frisbie et al. 2009b)
文献 - 2016年06月29日 (水)
「PSGAGおよびヒアルロン酸の関節内投与による馬の実験的骨関節炎に対する治療効果の評価」
Frisbie DD, Kawcak CE, McIlwraith CW, Werpy NM. Evaluation of polysulfated glycosaminoglycan or sodium hyaluronan administered intra-articularly for treatment of horses with experimentally induced osteoarthritis. Am J Vet Res. 2009; 70(2): 203-209.
この研究論文では、手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)の関節鏡的骨片摘出(Arthroscopic fragment removal)において、その予後(Prognosis)に大きく影響する要因である骨関節炎(Osteoarthritis)の予防法および治療法を検討するため、片方の前肢の遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)に軟骨欠損(Cartilage defect)を作成した二十四頭の実験馬のうち、八頭は生食と抗生物質(=Amikacin)の関節投与(=対照郡)、八頭はポリ硫酸グリコサミノグリカン(Polysulfated glycosaminoglycan: PSGAG)と抗生物質の関節注射(術後の14、21、28日目)、残りの八頭はヒアルロン酸(Sodium hyaluronan)と抗生物質の関節注射(術後の14、21、28日目)を行い、トレッドミル運動による負荷を与えて、レントゲン検査(Radiography)、滑液検査(Arthrocentesis)、跛行検査(Lameness examination)、および、滑膜(Synovial membrane)と関節軟骨(Articular cartilage)の組織学的検査(Histologic evaluation)が行われました。
結果としては、PSGAGが投与された関節では、対照郡の関節に比べて、関節膨満(Joint effusion)が有意に少なく、組織学的検査における、滑膜血管増生(Synovial membrane vascularity)および内膜下線維症(Subintimal fibrosis)などの病態スコアが、有意に低かったことが示されました。一方、ヒアルロン酸が投与された関節では、対照郡の関節に比べて、軟骨細線維化(Cartilage fibrillation)の病態スコアが、有意に低かったことが報告されています。しかし、いずれの治療郡においても、跛行(Lameness)、屈曲試験での疼痛反応(Pain response on flexion test)、レントゲン所見などにおいては、有意な変化を示していませんでした。このため、馬の手根骨の破片骨折片が摘出された後に、PSGAGおよびヒアルロン酸の関節内投与を行うことで、跛行や疼痛の改善と言った「症状改善効果」(Symptom-modifying effect)は見られないものの、滑膜炎(Synovitis)の減退や軟骨治癒(Cartilage healing)の促進などの「病気改善効果」(Disease-modifying effect)が示され、変性関節疾患(Degenerative joint disease)の予防または治療効果が期待できることが示唆されました。
この研究では、PSGAGが投与された関節においても、対照郡の関節に比べて、滑液中のプロスタグランディンE2(Prostaglandin E2: PGE2)の濃度は有意には変化しておらず、他の文献(Frean et al. AJVR. 2000;61:499)で報告されている、PAGAG治療によって滑膜細胞(Synoviocytes)のPGE2生成が抑制されたという体外実験(In vitro experiment)のデータとは、相反する結果(Conflicting results)が示されました。しかし、同様の治療成績は、馬の骨関節炎に対するインターロイキン1受容体拮抗蛋白(Interleukin-1 receptor antagonist protein: IL-1Ra)の遺伝子療法(Gene therapy)においても報告されていることから(Frisbie et al. Gene Ther. 2002;9:12)、関節膨満の減退や滑膜病態の改善のためには、PGE2の生成減少は必ずしも絶対条件ではない、という考察がなされています。しかし、この研究では、滑液中のIL-1Ra濃度は測定されておらず、PGE2抑制以外のどの経路を介して、抗炎症作用(Anti-inflammatory effect)が誘導されたかに関しては、詳細な検討はなされていませんでした。
馬の骨関節炎に対しては、ヒアルロン酸製剤は関節内投与の他に、静脈内投与(Intra-venous administration)によって使用されており、どちらの経路がより治療効果が高いかに関しては論議(Controversy)があります。今回の研究のデータ(=関節内投与)と、類似の実験モデルを用いた過去の文献のデータ(=静脈内投与:Kawcak et al. AJVR. 1997;58:1132)を比較してみると、滑膜血管増生や内膜下線維症などの滑膜病態に対しては、静脈内投与されたヒアルロン酸に比べて、関節内投与されたヒアルロン酸のほうが、より高い治療効果を示す傾向が認められました。しかし、一方で、軟骨細線維化などの関節軟骨病態に対しては、関節内投与されたヒアルロン酸に比べて、静脈内投与されたヒアルロン酸のほうが、より高い治療効果を示す傾向が見られました。
古典的には、馬の関節注射においては、ヒアルロン酸は滑膜の治癒を促進し、PSGAGは関節軟骨の治癒を促進するという定説がありました。しかし、今回の研究の治療成績を見ると、PSGAGの関節内投与では、滑膜と関節軟骨の両方の病態を改善する効果が確認されたのに対して、ヒアルロン酸の関節内投与では、滑膜よりもむしろ関節軟骨の病態を改善する効果が認められ、いずれの治療薬においても、従来の定説をやや覆すデータが示されたと言えます。
もう一つの古典的な定説としては、PSGAGを関節内投与すると感染性関節炎(Septic arthritis)を起こす危険があるという逸話的な知見(Anecdotal observation)があり、PSGAGは静脈内および筋肉内投与(Intra-muscular administration)するほうが安全であると言われています。このため今回の研究では、臨床現場での投与指針を再現する目的で、全ての実験馬に対して抗生物質の関節注射が併用され、細菌感染(Bacterial infection)などの有害作用(Adverse effect)を呈した馬は一頭もありませんでした。しかし、八頭というサンプル数(=PSGAGが関節内投与された馬の数)は、安全性を証明するには全く不十分であるため、今後の臨床症例への治療成績を精査していくことで、PSGAGの関節内投与と細菌感染の危険性の因果関係を、より慎重に評価する必要があると考えられました。
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この研究論文では、手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)の関節鏡的骨片摘出(Arthroscopic fragment removal)において、その予後(Prognosis)に大きく影響する要因である骨関節炎(Osteoarthritis)の予防法および治療法を検討するため、片方の前肢の遠位橈側手根骨(Distal radial carpal bone)に軟骨欠損(Cartilage defect)を作成した二十四頭の実験馬のうち、八頭は生食と抗生物質(=Amikacin)の関節投与(=対照郡)、八頭はポリ硫酸グリコサミノグリカン(Polysulfated glycosaminoglycan: PSGAG)と抗生物質の関節注射(術後の14、21、28日目)、残りの八頭はヒアルロン酸(Sodium hyaluronan)と抗生物質の関節注射(術後の14、21、28日目)を行い、トレッドミル運動による負荷を与えて、レントゲン検査(Radiography)、滑液検査(Arthrocentesis)、跛行検査(Lameness examination)、および、滑膜(Synovial membrane)と関節軟骨(Articular cartilage)の組織学的検査(Histologic evaluation)が行われました。
結果としては、PSGAGが投与された関節では、対照郡の関節に比べて、関節膨満(Joint effusion)が有意に少なく、組織学的検査における、滑膜血管増生(Synovial membrane vascularity)および内膜下線維症(Subintimal fibrosis)などの病態スコアが、有意に低かったことが示されました。一方、ヒアルロン酸が投与された関節では、対照郡の関節に比べて、軟骨細線維化(Cartilage fibrillation)の病態スコアが、有意に低かったことが報告されています。しかし、いずれの治療郡においても、跛行(Lameness)、屈曲試験での疼痛反応(Pain response on flexion test)、レントゲン所見などにおいては、有意な変化を示していませんでした。このため、馬の手根骨の破片骨折片が摘出された後に、PSGAGおよびヒアルロン酸の関節内投与を行うことで、跛行や疼痛の改善と言った「症状改善効果」(Symptom-modifying effect)は見られないものの、滑膜炎(Synovitis)の減退や軟骨治癒(Cartilage healing)の促進などの「病気改善効果」(Disease-modifying effect)が示され、変性関節疾患(Degenerative joint disease)の予防または治療効果が期待できることが示唆されました。
この研究では、PSGAGが投与された関節においても、対照郡の関節に比べて、滑液中のプロスタグランディンE2(Prostaglandin E2: PGE2)の濃度は有意には変化しておらず、他の文献(Frean et al. AJVR. 2000;61:499)で報告されている、PAGAG治療によって滑膜細胞(Synoviocytes)のPGE2生成が抑制されたという体外実験(In vitro experiment)のデータとは、相反する結果(Conflicting results)が示されました。しかし、同様の治療成績は、馬の骨関節炎に対するインターロイキン1受容体拮抗蛋白(Interleukin-1 receptor antagonist protein: IL-1Ra)の遺伝子療法(Gene therapy)においても報告されていることから(Frisbie et al. Gene Ther. 2002;9:12)、関節膨満の減退や滑膜病態の改善のためには、PGE2の生成減少は必ずしも絶対条件ではない、という考察がなされています。しかし、この研究では、滑液中のIL-1Ra濃度は測定されておらず、PGE2抑制以外のどの経路を介して、抗炎症作用(Anti-inflammatory effect)が誘導されたかに関しては、詳細な検討はなされていませんでした。
馬の骨関節炎に対しては、ヒアルロン酸製剤は関節内投与の他に、静脈内投与(Intra-venous administration)によって使用されており、どちらの経路がより治療効果が高いかに関しては論議(Controversy)があります。今回の研究のデータ(=関節内投与)と、類似の実験モデルを用いた過去の文献のデータ(=静脈内投与:Kawcak et al. AJVR. 1997;58:1132)を比較してみると、滑膜血管増生や内膜下線維症などの滑膜病態に対しては、静脈内投与されたヒアルロン酸に比べて、関節内投与されたヒアルロン酸のほうが、より高い治療効果を示す傾向が認められました。しかし、一方で、軟骨細線維化などの関節軟骨病態に対しては、関節内投与されたヒアルロン酸に比べて、静脈内投与されたヒアルロン酸のほうが、より高い治療効果を示す傾向が見られました。
古典的には、馬の関節注射においては、ヒアルロン酸は滑膜の治癒を促進し、PSGAGは関節軟骨の治癒を促進するという定説がありました。しかし、今回の研究の治療成績を見ると、PSGAGの関節内投与では、滑膜と関節軟骨の両方の病態を改善する効果が確認されたのに対して、ヒアルロン酸の関節内投与では、滑膜よりもむしろ関節軟骨の病態を改善する効果が認められ、いずれの治療薬においても、従来の定説をやや覆すデータが示されたと言えます。
もう一つの古典的な定説としては、PSGAGを関節内投与すると感染性関節炎(Septic arthritis)を起こす危険があるという逸話的な知見(Anecdotal observation)があり、PSGAGは静脈内および筋肉内投与(Intra-muscular administration)するほうが安全であると言われています。このため今回の研究では、臨床現場での投与指針を再現する目的で、全ての実験馬に対して抗生物質の関節注射が併用され、細菌感染(Bacterial infection)などの有害作用(Adverse effect)を呈した馬は一頭もありませんでした。しかし、八頭というサンプル数(=PSGAGが関節内投与された馬の数)は、安全性を証明するには全く不十分であるため、今後の臨床症例への治療成績を精査していくことで、PSGAGの関節内投与と細菌感染の危険性の因果関係を、より慎重に評価する必要があると考えられました。
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