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馬の文献:手根骨盤状骨折(Martin et al. 1988)

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「第三手根骨の盤状骨折と外科的整復がサラブレッドの競走能力に与える影響:1977~1984年の31症例」
Martin GS, Haynes PF, McClure JR. Effect of third carpal slab fracture and repair on racing performance in Thoroughbred horses: 31 cases (1977-1984). J Am Vet Med Assoc. 1988; 193(1): 107-110.

この症例論文では、馬の手根骨盤状骨折(Carpal slab fracture)に対する外科的療法の治療効果を評価するため、1977~1984年にかけて、第三手根骨(Third carpal bone)の盤状骨折を呈して、関節鏡手術(Arthroscopy)を介しての螺子固定術(Lag screw fixation)が応用された31頭のサラブレッド競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、31頭の第三手根骨盤状骨折の罹患馬のうち、治療後にレース復帰を果たしたのは68%で、平均休養期間は9.5ヶ月であったことが示されました。そして、骨折前と治療後の両方に出走した馬のデータを見ると、平均着順は骨折前および治療後ともに5.8位で、有意差は認められませんでした。このため、馬の第三手根骨の盤状骨折では、螺子固定術によって十分な骨折治癒と良好な予後が期待され、レース復帰および競走能力の維持を果たす馬の割合も、比較的に高いことが示唆されました。しかし、馬の手根骨破片骨折(Carpal chip fracture)では、八割以上の馬がレース復帰を果たして、三分の二以上の馬が骨折前と同程度かより高いレベルのレースに出走することを考慮すると、サラブレッド競走馬における手根骨の盤状骨折は、手根骨の破片骨折よりも、やや予後が悪い傾向にあることが示唆されました。

この研究では、骨折前と治療後の両方に出走した馬を見ると、平均獲得賞金は骨折前の13,900ドルから、治療後には6,500ドルまで減少していました。このように骨折前に比べて、治療後の獲得賞金が減少していた要因としては、調教師が骨折病歴を考慮して低いレベルのレースに転戦したという偏向(Bias)が生じた可能性があり、外科的療法の治療効果を直接的に過小評価(Under-estimation)するデータにはなりえない、という考察がなされています。

この研究では、治療後にレース復帰できなかった馬のほうが、レース復帰した馬に比べて、骨折片のサイズが有意に大きかったことが示されました。この研究の術式では、骨折片の除去は行われていないため、骨折片が大きいほど関節面の損失(Loss of articular surface)が重度であったわけでもなく、このような骨片サイズと予後のあいだに負の相関(Negative correlation)が生まれた理由は、明確には考察されておらず、また、骨片サイズと骨片変位度(Fragment displacement)や細片化(Comminution)とのあいだいにも相関は見られませんでした。しかし、骨折片のサイズが大きいほど、手根骨間靭帯(Inter-carpal ligament)、関節包(Joint capsule)、滑膜(Synovial membrane)などへの損傷が大きくなり、結果的に術後の関節不安定性(Articular instability)や変性関節疾患(Degenerative joint disease)の続発につながった可能性があるかもしれません。

この研究では、31頭の第三手根骨盤状骨折の罹患馬のうち、去勢馬(Gelding)におけるレース復帰率は90%であったのに対して、種牡馬(Stallion)におけるレース復帰率は57%にとどまりました。これは、繁殖馬として引退する選択肢のある種牡馬は、骨折病歴を考慮して早期に引退するケースが多かったためと推測されており、このデータのみから、去勢馬のほうが手根骨盤状骨折における予後が良い、と結論付けるのは難しいと考えられました。

この研究では、31頭の第三手根骨盤状骨折の罹患馬のうち、レース中に骨折したのは65%におよび、右前肢のほうが高い発症率(77%)を示しており、また、平均発症年齢は2.8歳であったことが報告されています。一般的に、競走馬の第三手根骨盤状骨折では、レース終盤の筋疲労(Muscle fatigue)によって手根関節の過剰伸展(Hyper-extension of carpus)が起こり、第三手根骨が橈側手根骨(Radial carpal bone)、中間手根骨(Intermediate carpal bone)、および第三中手骨の近位端(Proximal edge of third metacarpal bone)からの圧迫負荷(Compressive force)を受けて、骨折に至るという病因論(Etiology)が仮説されています。そして、左回りでレースすることの多いサラブレッドでは、最終直線で馬が左手前から右手前の襲歩に踏歩変換することで、レース終盤における右前肢(=主導前肢:Leading forelimb)への衝撃が増加するため、左前肢よりも右前肢のほうが高い発症率を示した、という考察がなされています。

この研究では、術前のコルチコステロイド関節注射の有無と、治療後のレース復帰率のあいだに有意な相関は認められませんでした。しかし、これには、サンプル数の少なさや、ヒアルロン酸(Hyaluronic acid)やPSGAG(Polysulfated Glycosaminoglycans)などの他の関節注射薬との併用が影響する可能性があるため、ステロイドの関節注射の安全性を直接的に裏付けるデータにはなりえない、という警鐘が鳴らされています。

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