馬の文献:手根骨盤状骨折(Kraus et al. 2005)
文献 - 2016年07月29日 (金)
「競走馬の第三手根骨の矢状盤状骨折に対する外科的および非外科的療法:1991~2001年の32症例」
Kraus BM, Ross MW, Boston RC. Surgical and nonsurgical management of sagittal slab fractures of the third carpal bone in racehorses: 32 cases (1991-2001). J Am Vet Med Assoc. 2005; 226(6): 945-950.
この症例論文では、馬の第三手根骨(Third carpal bone)の矢状盤状骨折(Sagittal slab fracture)に対する外科的および非外科的療法(Surgical and nonsurgical management)の治療効果を評価するため、1991~2001年にかけて、第三手根骨矢状盤状骨折を呈した32頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、32頭の患馬全体におけるレース復帰率は69%でしたが、このうち、関節切開術(Arthrotomy)を介しての螺子固定術(Lag screw fixation)が応用された馬のレース復帰率は100%(7/7頭)、関節切開術を介しての病巣清掃術(Debridement)が応用された馬のレース復帰率は89%(8/9頭)であったのに対して、馬房休養(Stall rest)による保存性療法(Conservative treatment)が応用された馬のレース復帰率は44%に過ぎなかったことが報告されています。このため、競走馬の第三手根骨における矢状盤状骨折に対しては、関節切開術を介しての外科的療法によって、良好な骨折部治癒が期待され、競走復帰を果たす馬の割合が高いことが示唆されました。
この研究の術式では、第三手根骨と第二手根骨(Second carpal bone)の境界部から螺子が挿入されましたが、この箇所の関節面に螺子頭の突出(Screw head protrusion)が起きないようにするため、螺子挿入角度を骨折面と必ずしも直角には保てなかった場合もありました。この研究での外科的療法は、無作為に選択(Random selection)されたわけではなく、骨折片の変位(Displacement)やサイズ、病態経過、および、患馬の競走能力によって、治療方針の決定に偏向(Bias)が生じうることから、この研究のデータのみから、螺子固定術(競走復帰率:100%)と病巣清掃術(競走復帰率:89%)の治療効果を、直接的に比較するのは適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、レース復帰した馬のデータを見ると、関節切開術を介しての螺子固定術が応用された馬では、保存性療法が応用された馬に比べて、一レース当たりの平均獲得賞金が有意に高かったことが示されました。このため、螺子固定による骨片間圧迫(Inter-fragmentary compression)が行われた馬のほうが、術後に変性関節疾患(Degenerative joint disease)などを続発する割合が低く、競走能力の維持を達成されやすかった可能性があると考えられました。しかし、その一方で、手術費を惜しんで、保存性療法が選択される症例は、もともとの競走能力が低く、レース復帰した後でも、調教師が意図的にレベルの低いレースに転戦するという偏向が働いた場合もありうるため、このデータのみから、馬の第三手根骨の矢状盤状骨折における外科的療法の治療効果を、過剰評価(Over-estimation)しすぎるべきではないとも考えられました。
この研究では、左右の肢の発症率を品種別に比較して見ると、サラブレッド症例では右前肢(72%)のほうが左前肢(28%)よりも高い発症率を示したのに対して、スタンダードブレッド症例では右前肢(45%)と左前肢(55%)の発症率に顕著な差は見られませんでした。これは、第三手根骨の前面盤状骨折(Frontal slab fracture)における発症傾向とも合致していました(Stephens et al. JAVMA. 988;193:353)。サラブレッドの手根骨骨折が、左右前肢で不均等に発生する理由としては、これらの骨折はレース終盤の手根関節の過伸展(Hyper-extension of carpus)が原因で起こると考えられるため(筋疲労によって手根関節の掌側支持が減退するため)、最後の直線で競走馬が左手前から右手前の襲歩に踏歩変換することで(左回りでレースする場合)、手前前肢(Leading forelimb)である右前肢への負荷がレース終盤にかけて増加して、左前肢よりも右前肢のほうが高い骨折発症率を示した、という仮説がなされています。そして、ハーネスレースに用いられることの多いスタンダードブレッドでは、前肢よりも後肢への負荷が大きいという違いあるため、サラブレッドに見られるような骨折発症率の非対称性(Asymmetry)に至らなかった、と推測されています。
この研究では、第三手根骨の矢状盤状骨折の罹患馬の、初診時における跛行重篤度(Lameness severity)は、無跛行(グレード0)から非負重性跛行(グレード5)まで様々で、また、手根関節の屈曲試験(Carpal flexion test)に陰性を示した馬(=屈曲後にも跛行が悪化しなかった馬)も36%にのぼりました。このため、骨折片の変位度や不安定性(Instability)によっては、跛行検査(Lameness examination)で顕著な異常を示さない症例もありうることが示唆されました。一方、中間手根関節の膨満(Mid-carpal joint effusion)を示した馬は100%にのぼったことから、関節の腫れが認められた症例では、跛行の有無に関わらず、積極的なレントゲン検査による、骨折の除外診断(Rule-out)を行うべきであることが示唆されました。
この研究では、第三手根骨の矢状盤状骨折の罹患馬のうち、全頭がレントゲン検査において矢状骨折線を発見することで確定診断(Definitive diagnosis)が下され、他の画像診断法を要した馬は一頭もなく、また、全症例において、第三手根骨の橈側関節面の内側部(Medial aspect of radial facet)に矢状骨折線が認められました。一方、骨折以外に見つかった他の病態としては、橈側関節面の硬化症(Sclerosis)、橈側手根骨の近位および遠位端(Distal or proximal aspect of the radial carpal bone)または中間手根骨の遠位端(Distal aspect of the intermediate carpal bone)における骨増殖所見(Osteoproliferative changes)、などが含まれました。
この研究では、治療から競走復帰までの休養期間は、サラブレッド症例よりもスタンダードブレッド症例のほうが、有意に短かったことが示されました。また、外科的療法が応用されたスタンダードブレッド症例を見ると、螺子固定術が応用された馬の休養期間(平均205日)のほうが、病巣清掃が応用された馬の休養期間(平均453日)に比べて、有意に短かったことが報告されています。一方、術後レントゲン検査では、手術から六~七ヶ月後においても、骨折線が確認できる症例もあり、内固定法が応用された場合にも、治癒遅延(Delayed healing)、癒合不全(Nonunion)、偽関節(Pseudoarthrosis)などを併発した症例もあると推測されています。
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この症例論文では、馬の第三手根骨(Third carpal bone)の矢状盤状骨折(Sagittal slab fracture)に対する外科的および非外科的療法(Surgical and nonsurgical management)の治療効果を評価するため、1991~2001年にかけて、第三手根骨矢状盤状骨折を呈した32頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、32頭の患馬全体におけるレース復帰率は69%でしたが、このうち、関節切開術(Arthrotomy)を介しての螺子固定術(Lag screw fixation)が応用された馬のレース復帰率は100%(7/7頭)、関節切開術を介しての病巣清掃術(Debridement)が応用された馬のレース復帰率は89%(8/9頭)であったのに対して、馬房休養(Stall rest)による保存性療法(Conservative treatment)が応用された馬のレース復帰率は44%に過ぎなかったことが報告されています。このため、競走馬の第三手根骨における矢状盤状骨折に対しては、関節切開術を介しての外科的療法によって、良好な骨折部治癒が期待され、競走復帰を果たす馬の割合が高いことが示唆されました。
この研究の術式では、第三手根骨と第二手根骨(Second carpal bone)の境界部から螺子が挿入されましたが、この箇所の関節面に螺子頭の突出(Screw head protrusion)が起きないようにするため、螺子挿入角度を骨折面と必ずしも直角には保てなかった場合もありました。この研究での外科的療法は、無作為に選択(Random selection)されたわけではなく、骨折片の変位(Displacement)やサイズ、病態経過、および、患馬の競走能力によって、治療方針の決定に偏向(Bias)が生じうることから、この研究のデータのみから、螺子固定術(競走復帰率:100%)と病巣清掃術(競走復帰率:89%)の治療効果を、直接的に比較するのは適当ではない、という警鐘が鳴らされています。
この研究では、レース復帰した馬のデータを見ると、関節切開術を介しての螺子固定術が応用された馬では、保存性療法が応用された馬に比べて、一レース当たりの平均獲得賞金が有意に高かったことが示されました。このため、螺子固定による骨片間圧迫(Inter-fragmentary compression)が行われた馬のほうが、術後に変性関節疾患(Degenerative joint disease)などを続発する割合が低く、競走能力の維持を達成されやすかった可能性があると考えられました。しかし、その一方で、手術費を惜しんで、保存性療法が選択される症例は、もともとの競走能力が低く、レース復帰した後でも、調教師が意図的にレベルの低いレースに転戦するという偏向が働いた場合もありうるため、このデータのみから、馬の第三手根骨の矢状盤状骨折における外科的療法の治療効果を、過剰評価(Over-estimation)しすぎるべきではないとも考えられました。
この研究では、左右の肢の発症率を品種別に比較して見ると、サラブレッド症例では右前肢(72%)のほうが左前肢(28%)よりも高い発症率を示したのに対して、スタンダードブレッド症例では右前肢(45%)と左前肢(55%)の発症率に顕著な差は見られませんでした。これは、第三手根骨の前面盤状骨折(Frontal slab fracture)における発症傾向とも合致していました(Stephens et al. JAVMA. 988;193:353)。サラブレッドの手根骨骨折が、左右前肢で不均等に発生する理由としては、これらの骨折はレース終盤の手根関節の過伸展(Hyper-extension of carpus)が原因で起こると考えられるため(筋疲労によって手根関節の掌側支持が減退するため)、最後の直線で競走馬が左手前から右手前の襲歩に踏歩変換することで(左回りでレースする場合)、手前前肢(Leading forelimb)である右前肢への負荷がレース終盤にかけて増加して、左前肢よりも右前肢のほうが高い骨折発症率を示した、という仮説がなされています。そして、ハーネスレースに用いられることの多いスタンダードブレッドでは、前肢よりも後肢への負荷が大きいという違いあるため、サラブレッドに見られるような骨折発症率の非対称性(Asymmetry)に至らなかった、と推測されています。
この研究では、第三手根骨の矢状盤状骨折の罹患馬の、初診時における跛行重篤度(Lameness severity)は、無跛行(グレード0)から非負重性跛行(グレード5)まで様々で、また、手根関節の屈曲試験(Carpal flexion test)に陰性を示した馬(=屈曲後にも跛行が悪化しなかった馬)も36%にのぼりました。このため、骨折片の変位度や不安定性(Instability)によっては、跛行検査(Lameness examination)で顕著な異常を示さない症例もありうることが示唆されました。一方、中間手根関節の膨満(Mid-carpal joint effusion)を示した馬は100%にのぼったことから、関節の腫れが認められた症例では、跛行の有無に関わらず、積極的なレントゲン検査による、骨折の除外診断(Rule-out)を行うべきであることが示唆されました。
この研究では、第三手根骨の矢状盤状骨折の罹患馬のうち、全頭がレントゲン検査において矢状骨折線を発見することで確定診断(Definitive diagnosis)が下され、他の画像診断法を要した馬は一頭もなく、また、全症例において、第三手根骨の橈側関節面の内側部(Medial aspect of radial facet)に矢状骨折線が認められました。一方、骨折以外に見つかった他の病態としては、橈側関節面の硬化症(Sclerosis)、橈側手根骨の近位および遠位端(Distal or proximal aspect of the radial carpal bone)または中間手根骨の遠位端(Distal aspect of the intermediate carpal bone)における骨増殖所見(Osteoproliferative changes)、などが含まれました。
この研究では、治療から競走復帰までの休養期間は、サラブレッド症例よりもスタンダードブレッド症例のほうが、有意に短かったことが示されました。また、外科的療法が応用されたスタンダードブレッド症例を見ると、螺子固定術が応用された馬の休養期間(平均205日)のほうが、病巣清掃が応用された馬の休養期間(平均453日)に比べて、有意に短かったことが報告されています。一方、術後レントゲン検査では、手術から六~七ヶ月後においても、骨折線が確認できる症例もあり、内固定法が応用された場合にも、治癒遅延(Delayed healing)、癒合不全(Nonunion)、偽関節(Pseudoarthrosis)などを併発した症例もあると推測されています。
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