馬の文献:橈骨骨折(Matthews et al. 2002)
文献 - 2016年09月03日 (土)
「橈骨最小変位性骨折に対して保存性療法が応用された馬の三症例」
Matthews S, Dart AJ, Dowling BA, Hodgson DR. Conservative management of minimally displaced radial fractures in three horses. Aust Vet J. 2002; 80(1-2): 44-47.
この症例論文では、橈骨の最小変位性骨折(Minimally displaced radial fracture)を呈した三頭の成馬の症例に対する、保存性療法(Conservative management)による治療成績が報告されています。
一頭目の患馬は、十歳齢のサラブレッド去勢馬(Gelding)で、24時間にわたる左前肢の非負重性跛行(Non-weight-bearing lameness)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の外側骨幹部(Lateral mid-diaphysis)から骨幹端(Metaphysis)、骨端(Epiphysis)、前腕手根関節(Antebrachio-carpal joint)に達する斜位骨折(Oblique fracture)および開放骨折(Open fracture)の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養(Stall rest)による保存性療法が選択され、患馬は徐々に罹患肢への体重負荷を示し、八週間目のレントゲン検査では、多量の仮骨形成(Substantial callus formation)が認められました。患馬は、退院後も良好な予後を示し、骨折から一年後には跛行再発(Lameness recurrence)を起こすことなく、乗用馬としての騎乗使役に復帰したことが報告されています。
二頭目の患馬は、十一歳齢のクォーターホース去勢馬で、蹴傷のあと九日間にわたる重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、内側骨幹部から外側骨幹端部に達する最小変位性の螺旋状骨折(Spiral fracture)および開放骨折の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養による保存性療法が選択され、患馬を馬房壁に曳き手でつなぐ手法(Cross-tie confinement)で寝起き制限されました。しかし、患馬は五週間後に非負重性跛行を呈し、レントゲン検査で腐骨形成(Sequestrum formation)が示されたため(上写真)、それから二ヵ月後に全身麻酔下(Under general anesthesia)で腐骨部の病巣清掃(Debridement)が行われました。患馬は、この手術の一週間後に退院し、その後も良好な予後を見せ、骨折から一年後には跛行再発を示すことなく、乗用馬としての騎乗使役に復帰したことが報告されています。
三頭目の患馬は、“高齢”のストックホース去勢馬で、五日間にわたる右前肢の重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の骨幹部から前腕手根関節に達する最小変位性骨折および閉鎖骨折(Closed fracture)の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養による保存性療法が選択され、患馬は数日間にわたる食欲不振(Inappetence)を呈したものの、徐々に罹患肢への体重負荷を示し、三ヶ月後には放牧が再開され、骨折から八ヶ月後には跛行再発を示すことなく、放牧場での正常歩様(Pasture soundness)に回復したことが報告されています。
この症例報告では、三頭の成馬における橈骨不完全骨折(Incomplete fracture)に対して、保存性療法による治療成功が示されましたが、内固定術(Internal fixation)による外科的療法が選択されなかった要因としては、骨折片変位(Displacement of fracture fragment)が最小限で骨折部は比較的に安定していると推測されたこと、および、経済的な理由が挙げられています。全肢ギプス(Full-limb cast)の装着は、患馬が馬房内でもがいて骨折を悪化させる危険があったため選択されず、また、馬房内に張ることで寝起きを制限する手法も、一頭のみに実施され、他の二頭は比較的に大人しい気質であったため、馬自らが馬房内で立っている時間を長く取ったり、罹患肢に負担を掛けないような起き上がり方を学ぶという順応性(Adaptation)を示した、という考察がなされています。
この症例報告では、初診時のレントゲン検査において、最小変位性の橈骨骨折を確定診断(Definitive diagnosis)するため、僅かに角度を変えながら多数のレントゲン撮影を要したことが報告されています。一般的に、馬の橈骨不完全骨折では、初診時のレントゲン検査では骨折線が明瞭には見つからない場合があることが知られており、この場合にも、馬房休養を続けながら一~二週間後にレントゲン再検査をすることで、周辺に骨吸収(Bone resorption)が起こり始めた骨折線を、より容易に発見できると提唱されています。また、初診時に核医学検査(Nuclear scintigraphy)による放射医薬性取込の増加(Increased radiopharmaceutical uptake)を確認することで、早期に不完全骨折の推定診断(Presumptive diagnosis)を下す指針も有効であると考察されています。
一般的に、成馬の長骨骨折(Long-bone fracture)では、対側肢の負重性蹄葉炎(Support laminitis on contralateral limb)の合併症を引き起こす危険が高いことが知られています。この症例報告では、鎮痛剤(Analgesics)として非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drug: Phenylbutazone)を投与することで、対側肢に持続的および過度の体重負荷(Prolonged/Excessive weight bearing)が掛からないよう努められた反面、鎮痛が行き過ぎて馬が動き回り過ぎると、不完全骨折が完全骨折(Complete fracture)へと悪化する危険があるため、非常に慎重な投与濃度の調整(Judicious adjustment of dosage)を要した、という考察がなされています。
この症例報告の一頭目の患馬では、初診時の関節液検査(Arthrocentesis)によって、前腕手根関節における出血性滑液(Hemorrhagic synovial fluid)が認められましたが、関節内に生食を注入した場合には、前腕外側部の創傷からの漏出は示されず、外傷箇所と関節腔(Articular cavity)は連絡していなかったこと(=細菌感染は関節内には達していなかった)が確認されました。
この症例報告の二頭目の患馬では、細菌感染(Bacterial infection)と虚血(Ischemia)に起因すると考えられる、橈骨内側部の腐骨が発見された時には、仮骨形成が不十分ではなく、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)によって完全骨折へと病態悪化する危険が考慮されました。このため、その時点での外科的治療は行われず、その後の二ヶ月間にわたる全身性抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)が継続され、骨折箇所がある程度、堅固に治癒したと判断された時点で、全身麻酔下での腐骨除去が実施されました。この間には、起立位手術(Standing surgery)による腐骨除去は不成功に終わったことが報告されており、また、感染病巣(Infectious lesion)が骨組織で被覆されている腐骨部に対しては、抗生物質含浸PMMA(Antibiotic-impregnated polymethyl methacrylate)の充填や、抗生物質の局所灌流(Regional limb perfusion)によっても、細菌感染を取り除くことは困難であると予測された、という考察がなされています。
この症例報告では、三頭の症例のうち二頭において、骨折線が関節腔まで達していましたが、いずれのも患馬も、前腕手根関節における変性関節疾患(Degenerative joint disease)を続発することなく、比較的に良好な予後を示しました。しかし、この症例報告では、関節鏡手術(Arthroscopy)による関節面の不連続性(Irregularity in joint surface)および関節軟骨損傷(Damage to articular cartilage)の有無または重篤度の判定は行われていませんでした。
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一頭目の患馬は、十歳齢のサラブレッド去勢馬(Gelding)で、24時間にわたる左前肢の非負重性跛行(Non-weight-bearing lameness)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の外側骨幹部(Lateral mid-diaphysis)から骨幹端(Metaphysis)、骨端(Epiphysis)、前腕手根関節(Antebrachio-carpal joint)に達する斜位骨折(Oblique fracture)および開放骨折(Open fracture)の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養(Stall rest)による保存性療法が選択され、患馬は徐々に罹患肢への体重負荷を示し、八週間目のレントゲン検査では、多量の仮骨形成(Substantial callus formation)が認められました。患馬は、退院後も良好な予後を示し、骨折から一年後には跛行再発(Lameness recurrence)を起こすことなく、乗用馬としての騎乗使役に復帰したことが報告されています。
二頭目の患馬は、十一歳齢のクォーターホース去勢馬で、蹴傷のあと九日間にわたる重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、内側骨幹部から外側骨幹端部に達する最小変位性の螺旋状骨折(Spiral fracture)および開放骨折の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養による保存性療法が選択され、患馬を馬房壁に曳き手でつなぐ手法(Cross-tie confinement)で寝起き制限されました。しかし、患馬は五週間後に非負重性跛行を呈し、レントゲン検査で腐骨形成(Sequestrum formation)が示されたため(上写真)、それから二ヵ月後に全身麻酔下(Under general anesthesia)で腐骨部の病巣清掃(Debridement)が行われました。患馬は、この手術の一週間後に退院し、その後も良好な予後を見せ、骨折から一年後には跛行再発を示すことなく、乗用馬としての騎乗使役に復帰したことが報告されています。
三頭目の患馬は、“高齢”のストックホース去勢馬で、五日間にわたる右前肢の重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の骨幹部から前腕手根関節に達する最小変位性骨折および閉鎖骨折(Closed fracture)の発症が確認されました。治療としては、ロバート・ジョーンズ・バンテージの装着と馬房休養による保存性療法が選択され、患馬は数日間にわたる食欲不振(Inappetence)を呈したものの、徐々に罹患肢への体重負荷を示し、三ヶ月後には放牧が再開され、骨折から八ヶ月後には跛行再発を示すことなく、放牧場での正常歩様(Pasture soundness)に回復したことが報告されています。
この症例報告では、三頭の成馬における橈骨不完全骨折(Incomplete fracture)に対して、保存性療法による治療成功が示されましたが、内固定術(Internal fixation)による外科的療法が選択されなかった要因としては、骨折片変位(Displacement of fracture fragment)が最小限で骨折部は比較的に安定していると推測されたこと、および、経済的な理由が挙げられています。全肢ギプス(Full-limb cast)の装着は、患馬が馬房内でもがいて骨折を悪化させる危険があったため選択されず、また、馬房内に張ることで寝起きを制限する手法も、一頭のみに実施され、他の二頭は比較的に大人しい気質であったため、馬自らが馬房内で立っている時間を長く取ったり、罹患肢に負担を掛けないような起き上がり方を学ぶという順応性(Adaptation)を示した、という考察がなされています。
この症例報告では、初診時のレントゲン検査において、最小変位性の橈骨骨折を確定診断(Definitive diagnosis)するため、僅かに角度を変えながら多数のレントゲン撮影を要したことが報告されています。一般的に、馬の橈骨不完全骨折では、初診時のレントゲン検査では骨折線が明瞭には見つからない場合があることが知られており、この場合にも、馬房休養を続けながら一~二週間後にレントゲン再検査をすることで、周辺に骨吸収(Bone resorption)が起こり始めた骨折線を、より容易に発見できると提唱されています。また、初診時に核医学検査(Nuclear scintigraphy)による放射医薬性取込の増加(Increased radiopharmaceutical uptake)を確認することで、早期に不完全骨折の推定診断(Presumptive diagnosis)を下す指針も有効であると考察されています。
一般的に、成馬の長骨骨折(Long-bone fracture)では、対側肢の負重性蹄葉炎(Support laminitis on contralateral limb)の合併症を引き起こす危険が高いことが知られています。この症例報告では、鎮痛剤(Analgesics)として非ステロイド系抗炎症剤(Non-steroidal anti-inflammatory drug: Phenylbutazone)を投与することで、対側肢に持続的および過度の体重負荷(Prolonged/Excessive weight bearing)が掛からないよう努められた反面、鎮痛が行き過ぎて馬が動き回り過ぎると、不完全骨折が完全骨折(Complete fracture)へと悪化する危険があるため、非常に慎重な投与濃度の調整(Judicious adjustment of dosage)を要した、という考察がなされています。
この症例報告の一頭目の患馬では、初診時の関節液検査(Arthrocentesis)によって、前腕手根関節における出血性滑液(Hemorrhagic synovial fluid)が認められましたが、関節内に生食を注入した場合には、前腕外側部の創傷からの漏出は示されず、外傷箇所と関節腔(Articular cavity)は連絡していなかったこと(=細菌感染は関節内には達していなかった)が確認されました。
この症例報告の二頭目の患馬では、細菌感染(Bacterial infection)と虚血(Ischemia)に起因すると考えられる、橈骨内側部の腐骨が発見された時には、仮骨形成が不十分ではなく、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)によって完全骨折へと病態悪化する危険が考慮されました。このため、その時点での外科的治療は行われず、その後の二ヶ月間にわたる全身性抗生物質療法(Systemic anti-microbial therapy)が継続され、骨折箇所がある程度、堅固に治癒したと判断された時点で、全身麻酔下での腐骨除去が実施されました。この間には、起立位手術(Standing surgery)による腐骨除去は不成功に終わったことが報告されており、また、感染病巣(Infectious lesion)が骨組織で被覆されている腐骨部に対しては、抗生物質含浸PMMA(Antibiotic-impregnated polymethyl methacrylate)の充填や、抗生物質の局所灌流(Regional limb perfusion)によっても、細菌感染を取り除くことは困難であると予測された、という考察がなされています。
この症例報告では、三頭の症例のうち二頭において、骨折線が関節腔まで達していましたが、いずれのも患馬も、前腕手根関節における変性関節疾患(Degenerative joint disease)を続発することなく、比較的に良好な予後を示しました。しかし、この症例報告では、関節鏡手術(Arthroscopy)による関節面の不連続性(Irregularity in joint surface)および関節軟骨損傷(Damage to articular cartilage)の有無または重篤度の判定は行われていませんでした。
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