馬の文献:橈骨骨折(Bolt et al. 2003)
文献 - 2016年09月03日 (土)
「ダイナミックコンプレッションプレートと周回ケーブルシステムを用いての橈骨骨折の整復が行われた馬の一症例」
Bolt DM, Burba DJ. Use of a dynamic compression plate and a cable cerclage system for repair of a fracture of the radius in a horse. J Am Vet Med Assoc. 2003; 223(1): 89-92.
この症例論文では、ダイナミックコンプレッションプレート(Dynamic compression plate: DCP)と周回ケーブルシステム(Cable cerclage system)を用いての橈骨骨折(Radial fracture)の整復が行われた馬の一症例が報告されています。
患馬は、九歳齢のペルヴィアンパソ牝馬で(体重395kg)、三週間にわたる左前肢の重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の尾側骨幹部(Caudal mid-diaphysis)から肘関節(Elbow joint)まで達する長軸性斜位骨折(Longitudinal oblique fracture)の発症が確認されました。治療としては、全身麻酔下(Under general anesthesia)で病巣清掃(Debridement)された後、一枚のDCPが頭側皮質骨面(Cranial cortex)に設置され、アミカシン含浸骨セメント(Amikacin-impregnated bone cement)によるプレート接着術(Plate luting)が併用されました。そして、周回ケーブルシステムを用いて、三本の直径2mmのステンレスケーブルによって橈骨を周回させるように骨折片間の締め付けが行われました。
術後には、吊起帯(Sling)による寝起き制限と、副木を併用したロバート・ジョーンズ・バンテージが装着され、徐々に罹患肢への体重負荷ができるようになりました。患馬は、一ヶ月後に退院し、二ヵ月後に妊娠中だった子馬を無事に出産し、この時点でのレントゲン再検査で、正常な骨折治癒が起きていた事が確認されました。その後、患馬は良好な予後を示し、軽度跛行(グレード1)は持続的に見られたものの、繁殖牝馬(Breeding mare)としての飼養に問題なく用いられたことが報告されています。
一般的に、馬の橈骨の完全骨折(Complete fracture)に対する内固定術(Internal fixation)においては、子馬では頭側面に一枚のプレート、成馬では頭側面と外側面に一枚ずつの合計二枚のプレートが用いられます。しかし、この症例では、普通の子馬よりも馬体は大きかったものの、前腕部のサイズから二枚のプレートを設置するのは困難であったため、頭側面への一枚のDCP設置に併せて、周回ケーブルによって長軸性骨折片同士を締め付けることで、整復強度を向上させる術式が選択されました。周回ケーブルは、断面積が円形でない馬の橈骨遠位部では、必ずしも有効な整復法ではないと考えられますが、この症例では、橈骨の骨幹中央部~近位部(Mid-diaphyseal to proximal aspects)のかなり円柱状に近い形状の部位に対しては、比較的に堅固な骨折片間圧迫(Inter-fragmentary compression)を作用させられたことが報告されています。
過去の整形外科文献によれば、周回ワイヤーによって骨膜血流循環(Periosteal blood circulation)が阻害されて、皮質骨の虚血(Cortical bone ischemia)および骨折治癒不全(Fracture nonunion)を引き起こすという知見がある反面(Newton et al. JAVMA. 1974;164:503)、周回ワイヤーと骨表面の隙間を通って十分な血液供給が維持されるという、相反した研究結果(Conflicting result)も示されています(Kirby et al. JOR. 1991;9:174)。しかし、この症例報告、および他の馬の橈骨に対する周回ワイヤーの使用例を見ても(Nyrop et al. Vet Surg. 1990;19:249)、骨膜から血液供給が阻害されたり、それによって術後合併症(Post-operative complication)を続発するという知見は示されていません。
この症例において、内固定術による橈骨骨折の治療成功が達成された要因としては、(1)プレート&周回ケーブル固定術が、長軸性斜位骨折の立体構造(Fracture configuration)に合致しており、堅固な骨折部整復が達成されたこと、(2)患馬の気質が大人しく、落ち着いた麻酔覚醒(Anesthesia recovery)を示し、吊起帯による寝起き制限にも、良好な順応性(Adequate adaptation)を示したこと、(3)開放骨折(Open fracture)を起こしておらず、病巣の細菌感染(Bacterial infection)や骨髄炎(Osteomyelitis)を続発しなかったこと、などが挙げられています。
この症例では、骨折整復後にも慢性の軽度跛行が見られましたが、その原因については詳細には考察されていません。しかし、斜位骨折線は肘関節腔まで達していたため、関節面の不連続性や軟骨損傷(Damage to articular cartilage)を生じていた場合には、肘関節の骨関節炎(Osteoarthritis)を続発した可能性も考えられるかもしれません。
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この症例論文では、ダイナミックコンプレッションプレート(Dynamic compression plate: DCP)と周回ケーブルシステム(Cable cerclage system)を用いての橈骨骨折(Radial fracture)の整復が行われた馬の一症例が報告されています。
患馬は、九歳齢のペルヴィアンパソ牝馬で(体重395kg)、三週間にわたる左前肢の重度跛行(グレード4)の病歴で来院し、レントゲン検査によって、橈骨の尾側骨幹部(Caudal mid-diaphysis)から肘関節(Elbow joint)まで達する長軸性斜位骨折(Longitudinal oblique fracture)の発症が確認されました。治療としては、全身麻酔下(Under general anesthesia)で病巣清掃(Debridement)された後、一枚のDCPが頭側皮質骨面(Cranial cortex)に設置され、アミカシン含浸骨セメント(Amikacin-impregnated bone cement)によるプレート接着術(Plate luting)が併用されました。そして、周回ケーブルシステムを用いて、三本の直径2mmのステンレスケーブルによって橈骨を周回させるように骨折片間の締め付けが行われました。
術後には、吊起帯(Sling)による寝起き制限と、副木を併用したロバート・ジョーンズ・バンテージが装着され、徐々に罹患肢への体重負荷ができるようになりました。患馬は、一ヶ月後に退院し、二ヵ月後に妊娠中だった子馬を無事に出産し、この時点でのレントゲン再検査で、正常な骨折治癒が起きていた事が確認されました。その後、患馬は良好な予後を示し、軽度跛行(グレード1)は持続的に見られたものの、繁殖牝馬(Breeding mare)としての飼養に問題なく用いられたことが報告されています。
一般的に、馬の橈骨の完全骨折(Complete fracture)に対する内固定術(Internal fixation)においては、子馬では頭側面に一枚のプレート、成馬では頭側面と外側面に一枚ずつの合計二枚のプレートが用いられます。しかし、この症例では、普通の子馬よりも馬体は大きかったものの、前腕部のサイズから二枚のプレートを設置するのは困難であったため、頭側面への一枚のDCP設置に併せて、周回ケーブルによって長軸性骨折片同士を締め付けることで、整復強度を向上させる術式が選択されました。周回ケーブルは、断面積が円形でない馬の橈骨遠位部では、必ずしも有効な整復法ではないと考えられますが、この症例では、橈骨の骨幹中央部~近位部(Mid-diaphyseal to proximal aspects)のかなり円柱状に近い形状の部位に対しては、比較的に堅固な骨折片間圧迫(Inter-fragmentary compression)を作用させられたことが報告されています。
過去の整形外科文献によれば、周回ワイヤーによって骨膜血流循環(Periosteal blood circulation)が阻害されて、皮質骨の虚血(Cortical bone ischemia)および骨折治癒不全(Fracture nonunion)を引き起こすという知見がある反面(Newton et al. JAVMA. 1974;164:503)、周回ワイヤーと骨表面の隙間を通って十分な血液供給が維持されるという、相反した研究結果(Conflicting result)も示されています(Kirby et al. JOR. 1991;9:174)。しかし、この症例報告、および他の馬の橈骨に対する周回ワイヤーの使用例を見ても(Nyrop et al. Vet Surg. 1990;19:249)、骨膜から血液供給が阻害されたり、それによって術後合併症(Post-operative complication)を続発するという知見は示されていません。
この症例において、内固定術による橈骨骨折の治療成功が達成された要因としては、(1)プレート&周回ケーブル固定術が、長軸性斜位骨折の立体構造(Fracture configuration)に合致しており、堅固な骨折部整復が達成されたこと、(2)患馬の気質が大人しく、落ち着いた麻酔覚醒(Anesthesia recovery)を示し、吊起帯による寝起き制限にも、良好な順応性(Adequate adaptation)を示したこと、(3)開放骨折(Open fracture)を起こしておらず、病巣の細菌感染(Bacterial infection)や骨髄炎(Osteomyelitis)を続発しなかったこと、などが挙げられています。
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