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馬の文献:尺骨骨折(Martin et al. 1995)

「テンションバンドワイヤーを用いての馬の尺骨骨折の治療:1980~1992年の22症例」
Martin F, Richardson DW, Nunamaker DM, Ross MW, Orsini JA. Use of tension band wires in horses with fractures of the ulna: 22 cases (1980-1992). J Am Vet Med Assoc. 1995; 207(8): 1085-1089.

この症例報告では、尺骨骨折(Olecranon fracture)に対して、テンションバンドワイヤー(Tension band wire)を用いての内固定法(Internal fixation)が応用された22頭の馬の治療成績が報告されています。

この症例論文では、馬の尺骨骨折の病態を、他の文献と同様に、以下の五種類に分類しています。タイプ1a:非関節性の骨端骨折(Non-articular physeal fracture)、タイプ1b:関節性の骨端骨折(Articular physeal fracture)、タイプ2:単純関節性骨折(Simple articular fracture)、タイプ3:非関節性骨折(Non-articular fracture)、タイプ4:粉砕骨折(Comminuted fracture)、タイプ5:尺骨遠位幹部骨折(Distal ulnar shaft fracture)。そして、骨折整復(Fracture repair)の術式としては、ワイヤーのみ、ワイヤー+ピン、ワイヤー+螺子、ワイヤー+ピン+螺子、などの手法が選択されました。

結果としては、22頭の患馬のうち、退院したのは18頭で(生存率:82%)、経過追跡(Follow-up)ができた17頭のうち、跛行再発(Lameness recurrence)を示すことなく騎乗使役に復帰したのは76%(13/17頭)であったことが報告されています。このため、馬の尺骨骨折に対しては、テンションバンドワイヤー固定によって、十分な骨折治癒と良好な予後が達成され、騎乗使役に復帰できる可能性が、比較的に高いことが示唆されました。しかし、プレート固定ではなく、ワイヤー固定を選択する基準としては、体重250kg以下であることが挙げられており、また、骨折線が近位部の場合には、長いピンや螺子による骨片間圧迫(Inter-fragmentary compression)を併用し、骨折片が捻じれる恐れがある場合には、複数のテンションバンドワイヤーを使う指針が推奨されています。この症例論文において、安楽死(Euthanasia)となった四頭では、感染性関節炎(Septic arthritis)、近位骨折片の分割(Splitting of proximal fragment)、麻酔覚醒(Anesthesia recovery)の際の橈骨神経麻痺(Radial nerve paralysis)やインプラント損失(Implant failure)などが原因となっていました。

一般的に、馬の尺骨骨折におけるテンションバンドワイヤー固定法において、プレート固定法よりも優れている点としては、(1)近位骨折片(Proximal fracture fragment)のサイズが小さい場合に、骨片が割れてしまう危険が少ないこと、(2)尺骨から橈骨に達する螺子挿入を用いないため、(特に六ヶ月齢未満の子馬において)この二つの骨の成長不同一性(Growth disparity)を予防できること、(3)インプラントの挿入角度が関節腔(Joint cavity)に向かっていないため、手技的なミスで関節軟骨(Articular cartilage)を医原性損傷(Iatrogenic damage)する危険性が低いこと、(4)尺骨の骨幹部の骨折の場合には、短い皮膚切開創で施術できること、(5)インプラントの値段が安いこと、などが挙げられています。

この症例論文では、22頭の患馬のうち六頭において、手根屈曲症(Carpal contraction)、皮膚切開創の離開(Skin incision dehiscence)、ピン迷入(Pin migration)などの術後合併症(Post-operative complication)を呈していました。そして、生存した18頭の患馬のうち六頭において、インプラント除去が行われ、このうち一頭はピン迷入の治療、他の五頭は肘関節異形成(Elbow dysphagia)の予防する目的で、インプラント除去が選択されました。馬の尺骨骨折に対して、テンションバンドワイヤー固定術が選択され、インプラント除去を要すると思われる症例においては、テンションバンドワイヤーにピンもしくは螺子を併用する術式では、ワイヤーのみを除去すれば十分であると提唱されており(ピンや螺子の周辺部に感染や腐骨を生じていた場合を除けば)、また、テンションバンドワイヤーのみを使う術式では、ワイヤーを残しておいても長期的予後には殆ど影響しない、という考察がなされています。

この症例論文では、テンションバンドワイヤー固定術が選択された22頭のうち、体重400kgを超えていた馬は三頭で、このうち二頭はプールを用いた麻酔覚醒によって良好な予後が達成されましたが、通常の麻酔覚醒が行われた残りの一頭は、インプラント損傷の合併症を引き起こしました。このため、特に体重が300kgを超える馬の尺骨骨折に対して、ワイヤー固定術が応用される場合には、十分な麻酔覚醒支持(Support recovery)を行うことが重要である、という考察がなされています。

この症例論文では、骨折のタイプ別の生存率を見ると、タイプ1a骨折:100%、タイプ1b骨折:75%、タイプ2骨折:75%、タイプ3骨折:100%、タイプ4骨折:66&、タイプ5骨折:80%、などとなっていました。残念ながら、それぞれの骨折タイプにおけるサンプル数が少なかったため(3~5症例)、それぞれの骨折病態における治療効果を正確に評価するのは困難でしたが、タイプ4骨折(粉砕骨折)に対しては、プレート固定術によってより堅固な骨折部の不動化(Stabilization)を選択するほうが、より良好な予後を期待できる症例が多いと考察されています。

この症例論文では、テンションバンドワイヤー固定術によって、良好な骨折治癒が達成された十二頭の患馬のうち、七頭は骨折から一週間以上経ってから手術が行われたのに対して、骨折発症から手術までが24時間以内であった患馬では、治療成功率は25%(1/4頭)であったことが報告されています。これは、重篤なタイプの骨折を呈した馬ほど、緊急搬送されて直ちに手術が行われがちで、結果的に予後も悪くなったためと推測され、内固定を要する症例に対しては、いたずらに手術を遅らせるべきではない、と提唱されています。しかし、その反面、罹患肢への合併症を続発しない限りは、患馬の全身症状の回復を待ったり、適切な術式判断のため画像診断に十分な時間を掛けても、テンションバンドワイヤー固定術の治療効果を減退させることはない、という考察もなされています。

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