馬の文献:副鼻腔炎(Schumacher et al. 1987)
文献 - 2020年05月01日 (金)
「腹側鼻道の濃縮滲出液を伴った副鼻腔炎」
Schumacher J, Honnas C, Smith B. Paranasal sinusitis complicated by inspissated exudate in the ventral conchal sinus. Vet Surg. 1987; 16(5): 373-377.
この研究論文では、腹側鼻道(Ventral conchal sinus)の濃縮滲出液(Inspissated exudate)を伴う副鼻腔炎(Paranasal sinusitis)を発症した五頭の馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究では、全身麻酔下(Under general anesthesia)での横臥位手術(Lateral recumbency surgery)における、骨フラップ(Bone flap)を介した上顎副鼻腔切開術(Maxillary sinusotomy)によって、濃縮滲出液の排出が実施されました。その結果、五頭すべての患馬において、副鼻腔炎の完治が達成され、良好な予後が示された事が報告されています。このため、副鼻腔蓄膿症(Paranasal empyema)を併発するような難治性の副鼻腔炎(Refractory sinusitis)を発症した患馬に対しては、広範的な術野(Extensive surgical field)を確保できる骨フラップを介して腹側鼻道へとアプローチすることで、充分な罹患部位の治癒が達成され、良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、五頭の患馬に見られた臨床症状としては、二~七ヶ月間にわたる片側性、悪臭性、粘液膿性の鼻腔滲出液(Unilateral, foul-smelling, mucopurulent nasal exudate)が認められましたが、腹側鼻道の変形(Distortion)に伴う鼻腔部分閉塞(Partial nasal obstruction)を呈したのは29%(2/7頭)の症例に留まりました。一方、レントゲン検査(Radiography)では、第三&四臼歯(Third and fourth cheek teeth)または第四&五臼歯(Fourth and fifth cheek teeth)の歯根の背方側における軟部組織腫瘤(Soft tissue mass)が確認されました。このため、症状や内視鏡検査(Endoscopy)による診断が難しい症例においては、レントゲン検査による確定診断(Definitive diagnosis)が可能な場合も多いことが示唆されており、喉嚢蓄膿症(Guttural pouch empyema)や細菌性肺炎(Bacterial pneumonia)との鑑別診断(Differential diagnosis)が容易に行えるケースもあると推測されています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔(Rostral maxillary sinus)は、眼窩下孔(Infraorbital canal)の背側にある鼻道上顎開口部(Conchomaxillary aperture)を介して、腹側鼻道と連絡しており、また、吻側と尾側の上顎副鼻腔を仕切っている薄い骨隔壁(Thin bony septum between rostral and caudal maxillary sinuses)は、細菌感染によって侵食(Erode)される場合も多いことが知られています。このため、馬における腹側鼻道の蓄膿症は、副鼻腔の全ての部位の感染から併発する可能性がある、という提唱がなされています。
一方、馬の腹側鼻道に貯まった浸出液は、上顎副鼻腔を除けば、背側と腹側鼻道のあいだに位置する鼻腔副鼻腔開口部(Nasomaxillary opening)を介して連絡する、鼻中管(Middle nasal meatus)しか流れ出る区画が無いことが知られています。そして、このような排液経路の欠如(Lack of drainage system)が、副鼻腔炎の罹患馬において腹側鼻道への蓄膿症を合併症(Complications)として引き起こしやすい一つの発症素因(Predisposing factor)になっている、という考察がなされています。
一般的に、腹側鼻道蓄膿を伴った副鼻腔炎に対する、上顎副鼻腔切開術に際しては、眼窩下孔の下方に位置する骨壁を穿孔(Penetration of bony septum below the infraorbital canal)したり、腹側鼻道の外側壁を穿孔(Penetration of lateral wall of the ventral conchal)することで、充分な腹側排液路を作る必要があると考えられています。さらに、腹側鼻道の腹内側壁を穿孔(Penetration of ventromedial wall)して、更に大きな排液の経路を確保する術式が選択される事もありますが、鼻腔副鼻腔開口部が充分に開いている馬では、これを省いても構わないと推測されます。一方、患馬が五歳以下で、歯根が外科的アプローチを邪魔している場合には、鼻腔副鼻腔開口部を通して腹側鼻道へと到達する事も可能であると提唱されています
この研究では、60%(3/5頭)の症例の術後レントゲン検査(Post-operative radiography)において、腹側鼻道内の軟部組織腫瘤が認められましたが、これは、術部の炎症に伴う骨壁肥厚化(Thickening of bony wall)であると推測されています。そして、副鼻腔炎の治療後に、臨床症状が消失した馬においては、レントゲン像上での軟部組織腫瘤は、偶発的所見(Incidental finding)であると見なされ、必ずしも腹側鼻道蓄膿症の再発(Recurrence)を示唆するものではない、と考察されています。
この研究では、好気性細菌培養(Aerobic bacterial culture)においてストレプトコッカス属菌(Streptococci spp bacteria)が分離された馬は80%(4/5頭)に及んでいましたが、嫌気性細菌培養(Anaerobic bacterial culture)が実施されたのは一頭のみで、この症例では、ペニシリン耐性のスタフィロコッカス属菌(Penicillin-resistant Staphylococcus spp bacteria)が分離されました。
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この研究では、全身麻酔下(Under general anesthesia)での横臥位手術(Lateral recumbency surgery)における、骨フラップ(Bone flap)を介した上顎副鼻腔切開術(Maxillary sinusotomy)によって、濃縮滲出液の排出が実施されました。その結果、五頭すべての患馬において、副鼻腔炎の完治が達成され、良好な予後が示された事が報告されています。このため、副鼻腔蓄膿症(Paranasal empyema)を併発するような難治性の副鼻腔炎(Refractory sinusitis)を発症した患馬に対しては、広範的な術野(Extensive surgical field)を確保できる骨フラップを介して腹側鼻道へとアプローチすることで、充分な罹患部位の治癒が達成され、良好な予後が期待できることが示唆されました。
この研究では、五頭の患馬に見られた臨床症状としては、二~七ヶ月間にわたる片側性、悪臭性、粘液膿性の鼻腔滲出液(Unilateral, foul-smelling, mucopurulent nasal exudate)が認められましたが、腹側鼻道の変形(Distortion)に伴う鼻腔部分閉塞(Partial nasal obstruction)を呈したのは29%(2/7頭)の症例に留まりました。一方、レントゲン検査(Radiography)では、第三&四臼歯(Third and fourth cheek teeth)または第四&五臼歯(Fourth and fifth cheek teeth)の歯根の背方側における軟部組織腫瘤(Soft tissue mass)が確認されました。このため、症状や内視鏡検査(Endoscopy)による診断が難しい症例においては、レントゲン検査による確定診断(Definitive diagnosis)が可能な場合も多いことが示唆されており、喉嚢蓄膿症(Guttural pouch empyema)や細菌性肺炎(Bacterial pneumonia)との鑑別診断(Differential diagnosis)が容易に行えるケースもあると推測されています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔(Rostral maxillary sinus)は、眼窩下孔(Infraorbital canal)の背側にある鼻道上顎開口部(Conchomaxillary aperture)を介して、腹側鼻道と連絡しており、また、吻側と尾側の上顎副鼻腔を仕切っている薄い骨隔壁(Thin bony septum between rostral and caudal maxillary sinuses)は、細菌感染によって侵食(Erode)される場合も多いことが知られています。このため、馬における腹側鼻道の蓄膿症は、副鼻腔の全ての部位の感染から併発する可能性がある、という提唱がなされています。
一方、馬の腹側鼻道に貯まった浸出液は、上顎副鼻腔を除けば、背側と腹側鼻道のあいだに位置する鼻腔副鼻腔開口部(Nasomaxillary opening)を介して連絡する、鼻中管(Middle nasal meatus)しか流れ出る区画が無いことが知られています。そして、このような排液経路の欠如(Lack of drainage system)が、副鼻腔炎の罹患馬において腹側鼻道への蓄膿症を合併症(Complications)として引き起こしやすい一つの発症素因(Predisposing factor)になっている、という考察がなされています。
一般的に、腹側鼻道蓄膿を伴った副鼻腔炎に対する、上顎副鼻腔切開術に際しては、眼窩下孔の下方に位置する骨壁を穿孔(Penetration of bony septum below the infraorbital canal)したり、腹側鼻道の外側壁を穿孔(Penetration of lateral wall of the ventral conchal)することで、充分な腹側排液路を作る必要があると考えられています。さらに、腹側鼻道の腹内側壁を穿孔(Penetration of ventromedial wall)して、更に大きな排液の経路を確保する術式が選択される事もありますが、鼻腔副鼻腔開口部が充分に開いている馬では、これを省いても構わないと推測されます。一方、患馬が五歳以下で、歯根が外科的アプローチを邪魔している場合には、鼻腔副鼻腔開口部を通して腹側鼻道へと到達する事も可能であると提唱されています
この研究では、60%(3/5頭)の症例の術後レントゲン検査(Post-operative radiography)において、腹側鼻道内の軟部組織腫瘤が認められましたが、これは、術部の炎症に伴う骨壁肥厚化(Thickening of bony wall)であると推測されています。そして、副鼻腔炎の治療後に、臨床症状が消失した馬においては、レントゲン像上での軟部組織腫瘤は、偶発的所見(Incidental finding)であると見なされ、必ずしも腹側鼻道蓄膿症の再発(Recurrence)を示唆するものではない、と考察されています。
この研究では、好気性細菌培養(Aerobic bacterial culture)においてストレプトコッカス属菌(Streptococci spp bacteria)が分離された馬は80%(4/5頭)に及んでいましたが、嫌気性細菌培養(Anaerobic bacterial culture)が実施されたのは一頭のみで、この症例では、ペニシリン耐性のスタフィロコッカス属菌(Penicillin-resistant Staphylococcus spp bacteria)が分離されました。
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