馬の文献:副鼻腔炎(Perkins et al. 2009a)
文献 - 2020年05月12日 (火)
「馬の吻側上顎副鼻腔および腹側鼻道の検査のための副鼻腔鏡手技の比較」
Perkins JD, Bennett C, Windley Z, Schumacher J. Comparison of sinoscopic techniques for examining the rostral maxillary and ventral conchal sinuses of horses. Vet Surg. 2009; 38(5): 607-612.
この研究論文では、馬の副鼻腔疾患(Paranasal disease)の診断に有用な副鼻腔鏡手術(Sinuscopy)の手技を検討するため、四十頭の屍体頭部(Cadaver head)を用いて、(1)吻側上顎副鼻腔(Rostral maxillary sinus)の吻側部円鋸術(Rostral trephination)、(2)吻側上顎副鼻腔の尾側部円鋸術(Caudal trephination)、(3)前頭鼻道の円鋸術(Conchofrontal sinus trephination)の後に内視鏡透過照明(Endoscopic transillumination)で特定された箇所からの、尾側上顎副鼻腔(Caudal maxillary sinus)の尾側部円鋸術、(4)腹側鼻道嚢(Ventral conchal bulla)の穿孔(Fenestration)を伴う前頭鼻道の円鋸術、(5)腹側鼻道嚢の穿孔を伴う尾側上顎副鼻腔の円鋸術、(6)腹側鼻道嚢の穿孔を伴う前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸術、という六種類の術式が比較されました。
術式1:吻側上顎副鼻腔の吻側部円鋸孔は、眼窩下孔(Infraorbital foramen)と内側眼角(Medial canthus)を結んだ線のうち、眼窩下孔から上方へ3cm、そこから腹側へ1cmの位置に開口されました。術式2:吻側上顎副鼻腔の尾側部円鋸孔は、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線のうち、この線の中央点から腹側へ1cmの位置に開口されました。術式3:前頭鼻道の円鋸孔から挿入した内視鏡を、尾側上顎副鼻腔の最吻腹側部(Most rostral and ventral aspect of the caudal maxillary sinus)まで到達させ、この箇所を内視鏡透過照明によって外側から特定し、次に、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線、および、顔稜部(Facial crest)から白線と平行に走らせた線のあいだに、透過照明箇所から下方に1cmの位置で線を引き、その線の上側四分の三の箇所に、尾側上顎副鼻腔の尾側部円鋸孔が開口されました。術式4:前頭鼻道の円鋸孔は、正中線と内側眼角を結んだ線の60%の箇所において、左右の内側眼角を結んだ線から尾側に0.5cmの位置に開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。術式5:尾側上顎副鼻腔の円鋸孔は、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線のうち、内側眼角から下方へ2cm、そこから腹側へ2cmの位置に開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。術式6:前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸孔は、上述の術式4と5と同様にして開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。
結果としては、腹側鼻道の視認が達成された検体の割合は、術式(1)~(6)の順に、0%、0%、8%、60%、40%、68%となっており、吻側上顎副鼻腔の視認が達成された検体の割合は、術式(1)~(6)の順に、40%、28%、60%、73%、40%、88%となっていました。このため、馬の副鼻腔疾患の診断のためには、腹側鼻道嚢の穿孔を伴う前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸術(上述の術式6)を介して、尾側上顎副鼻腔および腹側鼻道の観察が、安定して達成できる事が示唆されました。また、腹側鼻道嚢を穿孔する事で、術後に良好な排液路(Drainage tract)が維持され、副鼻腔洗浄(Sinus lavage)の治療効果を上げやすいという長所も指摘されています。一方、吻側上顎副鼻腔に直接的に円鋸孔を開ける術式では、腹側鼻道への視野が充分に確保できないだけでなく、上顎臼歯の予備歯冠(Reserve crowns of the maxillary cheek teeth)を損傷させる危険性がある、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔および腹側鼻道に起こる疾患は、レントゲン検査による正確な診断が難しく(複数の骨組織が重複する領域であるため)、鼻孔からの内視鏡検査では見ることが出来ないことが知られています。そして、これらの疾患の確定診断(Definitive diagnosis)のためには、CT検査がベストであると考えられていますが、大規模な施設と全身麻酔(General anesthesia)、および高額な治療費を要するため、全ての症例に応用可能な診断法ではありません。このため、今回の研究で試みられたような、円鋸孔を介した副鼻腔鏡手術によって、外科的侵襲(Surgical infestation)を最小限に抑えながら、吻側上顎副鼻腔や腹側鼻道の疾患を診断できると考察されています。
この研究の術式3では、内側から内視鏡照明を照らして、尾側上顎副鼻腔のうち最も吻腹側部の位置を外側から確認して、円鋸孔を開ける箇所を決める手法が応用されており、この場合には、上顎副鼻腔の吻側と尾側区画を仕切っている隔壁(Septum between rostral and vaudal maxillary sinus)の場所(=年齢や顔のサイズによってかなり異なる)を、より正確に見極められるという利点が指摘されています。この結果、吻側上顎副鼻腔の最も尾背側部(Most dorsal and caudal aspect)に開けた円鋸孔から内視鏡を挿入できるため、吻側上顎副鼻腔および腹側鼻道における広い視野を確保でき、また、病巣の処置をする場合にも、器具の操作(Manipulation of instruments)がしやすいだけでなく、病巣&器具&内視鏡を三角形の関係に位置させること(Triangulation between lesion, instrument, and endoscope)が容易になる、という長所が上げられています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔には、第三~第五臼歯(Triadan歯式における08~10)の予備歯冠が存在しており(Freeman. Vet Clin North Am Equine Pract.2003;19:209)、この領域への円鋸術は(特に六歳以下の若齢馬において)、歯根を覆っている歯槽骨(Alveolar bone)や臼歯そのものを損傷させる危険性が高い、という知見も示されています(Barakzai et al. Vet Surg. 2008;37:278)。また、吻側上顎副鼻腔への円鋸術を行う際には、必ずレントゲン検査によって臼歯の位置を確認して、円鋸孔を開けるのに適切な場所を特定する必要がある、という提唱がなされていますが(Ruggles et al. Vet Surg.1991;20:418)、上顎中隔(Maxillary septum)は放射線透過性の軟骨組織(Radiolucent cartilage tissue)を含み、副鼻腔に対して斜めに走行しているため、レントゲン像上で確かめるのが難しい事が知られています(Gibbs. Equine Dentistry, 1st eds. 1999:139)。
この研究における術式4~6では、腹側鼻道嚢を穿孔することで、尾側上顎副鼻腔および腹側鼻道への視野が拡大できたものの、腹側鼻道嚢が前頭上顎開口部(Frontomaxillary aperture)に突出しておらず、腹側鼻道嚢の穿孔が非常に困難であった個体も見られました。また、腹側鼻道嚢の穿孔部から、吻側上顎副鼻腔へとアプローチする際には、内視鏡の先端を背外側方向(Dorsolateral direction)へ操作する必要がある事が示されました。一方で、実際の副鼻腔疾患の外科的治療において、骨フラップ術(Bone flap)と副鼻腔鏡手術が併用される場合には、内視鏡のための円鋸孔がより尾側にあった方が、フラップ窓と円鋸孔がすぐ近くになってしまう事が避けられるので、術後の皮下感染(Subcutaneous infection)による創傷離開(Incisional dehiscence)や、医原性の顔面骨骨折(Iatrogenic facial bone fracture)の危険が少なくなる、という利点も上げられています。
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この研究論文では、馬の副鼻腔疾患(Paranasal disease)の診断に有用な副鼻腔鏡手術(Sinuscopy)の手技を検討するため、四十頭の屍体頭部(Cadaver head)を用いて、(1)吻側上顎副鼻腔(Rostral maxillary sinus)の吻側部円鋸術(Rostral trephination)、(2)吻側上顎副鼻腔の尾側部円鋸術(Caudal trephination)、(3)前頭鼻道の円鋸術(Conchofrontal sinus trephination)の後に内視鏡透過照明(Endoscopic transillumination)で特定された箇所からの、尾側上顎副鼻腔(Caudal maxillary sinus)の尾側部円鋸術、(4)腹側鼻道嚢(Ventral conchal bulla)の穿孔(Fenestration)を伴う前頭鼻道の円鋸術、(5)腹側鼻道嚢の穿孔を伴う尾側上顎副鼻腔の円鋸術、(6)腹側鼻道嚢の穿孔を伴う前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸術、という六種類の術式が比較されました。
術式1:吻側上顎副鼻腔の吻側部円鋸孔は、眼窩下孔(Infraorbital foramen)と内側眼角(Medial canthus)を結んだ線のうち、眼窩下孔から上方へ3cm、そこから腹側へ1cmの位置に開口されました。術式2:吻側上顎副鼻腔の尾側部円鋸孔は、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線のうち、この線の中央点から腹側へ1cmの位置に開口されました。術式3:前頭鼻道の円鋸孔から挿入した内視鏡を、尾側上顎副鼻腔の最吻腹側部(Most rostral and ventral aspect of the caudal maxillary sinus)まで到達させ、この箇所を内視鏡透過照明によって外側から特定し、次に、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線、および、顔稜部(Facial crest)から白線と平行に走らせた線のあいだに、透過照明箇所から下方に1cmの位置で線を引き、その線の上側四分の三の箇所に、尾側上顎副鼻腔の尾側部円鋸孔が開口されました。術式4:前頭鼻道の円鋸孔は、正中線と内側眼角を結んだ線の60%の箇所において、左右の内側眼角を結んだ線から尾側に0.5cmの位置に開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。術式5:尾側上顎副鼻腔の円鋸孔は、眼窩下孔と内側眼角を結んだ線のうち、内側眼角から下方へ2cm、そこから腹側へ2cmの位置に開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。術式6:前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸孔は、上述の術式4と5と同様にして開口され、その深部において、ロンジュールを用いて腹側鼻道嚢へと穿孔されました。
結果としては、腹側鼻道の視認が達成された検体の割合は、術式(1)~(6)の順に、0%、0%、8%、60%、40%、68%となっており、吻側上顎副鼻腔の視認が達成された検体の割合は、術式(1)~(6)の順に、40%、28%、60%、73%、40%、88%となっていました。このため、馬の副鼻腔疾患の診断のためには、腹側鼻道嚢の穿孔を伴う前頭鼻道および尾側上顎副鼻腔の円鋸術(上述の術式6)を介して、尾側上顎副鼻腔および腹側鼻道の観察が、安定して達成できる事が示唆されました。また、腹側鼻道嚢を穿孔する事で、術後に良好な排液路(Drainage tract)が維持され、副鼻腔洗浄(Sinus lavage)の治療効果を上げやすいという長所も指摘されています。一方、吻側上顎副鼻腔に直接的に円鋸孔を開ける術式では、腹側鼻道への視野が充分に確保できないだけでなく、上顎臼歯の予備歯冠(Reserve crowns of the maxillary cheek teeth)を損傷させる危険性がある、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔および腹側鼻道に起こる疾患は、レントゲン検査による正確な診断が難しく(複数の骨組織が重複する領域であるため)、鼻孔からの内視鏡検査では見ることが出来ないことが知られています。そして、これらの疾患の確定診断(Definitive diagnosis)のためには、CT検査がベストであると考えられていますが、大規模な施設と全身麻酔(General anesthesia)、および高額な治療費を要するため、全ての症例に応用可能な診断法ではありません。このため、今回の研究で試みられたような、円鋸孔を介した副鼻腔鏡手術によって、外科的侵襲(Surgical infestation)を最小限に抑えながら、吻側上顎副鼻腔や腹側鼻道の疾患を診断できると考察されています。
この研究の術式3では、内側から内視鏡照明を照らして、尾側上顎副鼻腔のうち最も吻腹側部の位置を外側から確認して、円鋸孔を開ける箇所を決める手法が応用されており、この場合には、上顎副鼻腔の吻側と尾側区画を仕切っている隔壁(Septum between rostral and vaudal maxillary sinus)の場所(=年齢や顔のサイズによってかなり異なる)を、より正確に見極められるという利点が指摘されています。この結果、吻側上顎副鼻腔の最も尾背側部(Most dorsal and caudal aspect)に開けた円鋸孔から内視鏡を挿入できるため、吻側上顎副鼻腔および腹側鼻道における広い視野を確保でき、また、病巣の処置をする場合にも、器具の操作(Manipulation of instruments)がしやすいだけでなく、病巣&器具&内視鏡を三角形の関係に位置させること(Triangulation between lesion, instrument, and endoscope)が容易になる、という長所が上げられています。
一般的に、馬の吻側上顎副鼻腔には、第三~第五臼歯(Triadan歯式における08~10)の予備歯冠が存在しており(Freeman. Vet Clin North Am Equine Pract.2003;19:209)、この領域への円鋸術は(特に六歳以下の若齢馬において)、歯根を覆っている歯槽骨(Alveolar bone)や臼歯そのものを損傷させる危険性が高い、という知見も示されています(Barakzai et al. Vet Surg. 2008;37:278)。また、吻側上顎副鼻腔への円鋸術を行う際には、必ずレントゲン検査によって臼歯の位置を確認して、円鋸孔を開けるのに適切な場所を特定する必要がある、という提唱がなされていますが(Ruggles et al. Vet Surg.1991;20:418)、上顎中隔(Maxillary septum)は放射線透過性の軟骨組織(Radiolucent cartilage tissue)を含み、副鼻腔に対して斜めに走行しているため、レントゲン像上で確かめるのが難しい事が知られています(Gibbs. Equine Dentistry, 1st eds. 1999:139)。
この研究における術式4~6では、腹側鼻道嚢を穿孔することで、尾側上顎副鼻腔および腹側鼻道への視野が拡大できたものの、腹側鼻道嚢が前頭上顎開口部(Frontomaxillary aperture)に突出しておらず、腹側鼻道嚢の穿孔が非常に困難であった個体も見られました。また、腹側鼻道嚢の穿孔部から、吻側上顎副鼻腔へとアプローチする際には、内視鏡の先端を背外側方向(Dorsolateral direction)へ操作する必要がある事が示されました。一方で、実際の副鼻腔疾患の外科的治療において、骨フラップ術(Bone flap)と副鼻腔鏡手術が併用される場合には、内視鏡のための円鋸孔がより尾側にあった方が、フラップ窓と円鋸孔がすぐ近くになってしまう事が避けられるので、術後の皮下感染(Subcutaneous infection)による創傷離開(Incisional dehiscence)や、医原性の顔面骨骨折(Iatrogenic facial bone fracture)の危険が少なくなる、という利点も上げられています。
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