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馬の文献:副鼻腔炎(Dixon et al. 2012b)

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「馬の副鼻腔疾患:1997~2009年における200症例の長期的調査:治療法と長期的治療成績」
Dixon PM, Parkin TD, Collins N, Hawkes C, Townsend N, Tremaine WH, Fisher G, Ealey R, Barakzai SZ. Equine paranasal sinus disease: a long-term study of 200 cases (1997-2009): treatments and long-term results of treatments. Equine Vet J. 2012; 44(3): 272-276.

この研究論文では、馬の副鼻腔疾患(Paranasal sinus disease)に有用な治療法を検討するため、1997~2009年にかけて、原発性副鼻腔炎(Primary sinusitis)、歯科疾患に起因する二次性副鼻腔炎(Secondary dental sinusitis)、副鼻腔嚢胞(Sinus cyst)、副鼻腔損傷(Sinus trauma)、副鼻腔腫瘍(Sinus neoplasia)、真菌性副鼻腔炎(Mycotic sinusitis)、進行性篩骨血腫(Progressive ethmoid hematoma)等の診断が下された200頭の患馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

この研究では、原発性副鼻腔炎に対して、保存性療法(Conservative treatment)が選択された馬では、治療成功率は79%(急性の原発性副鼻腔炎)および75%(慢性の原発性副鼻腔炎)であった事が示されました。一方、初期治療(Initial treatment)として円鋸術(Trephination)を介しての副鼻腔洗浄(Sinus lavage)が選択された馬では、治療成功率は29%に留まったのに対して、初期治療として全身麻酔下(Under general anesthesia)または起立位手術(Standing surgery)による、上顎または前頭副鼻腔切開術(Maxillary or nasofrontal sinusotomy)が選択された馬では、治療成功率は95%に達していました。この際には、起立位での副鼻腔切開術によって、全身麻酔下での手術と同程度の外科的アプローチを得られながら、術野への出血が比較的に少なく(Relatively blood-free surgical field)、全身麻酔の危険を避けながら、治療費も安価に抑えられた、という利点が指摘されています。そして、長期経過追跡(Long-term follow-up)において、臨床症状が完治(Fully cure)した馬の割合は、急性の原発性副鼻腔炎では95%、慢性の原発性副鼻腔炎では91%に上っており、完全な運動復帰(Returned to full work)した馬の割合は82%であった事が報告されています。

この研究では、原発性副鼻腔炎を呈した殆どの症例において、副鼻腔洗浄液(Lavage fluid)が鼻腔副鼻腔瘻孔(Sinonasal fistula)を介して同側鼻孔(Ipsilateral nastril)から速やかに流れ出ていく所見が認められました。つまり、これらの症例では、副鼻腔の腹側排出(Ventral drainage)が不十分であった訳ではなく、骨組織の隔壁(Bony septum)を切除して排液路を作成すること(=重度の出血を起こす場合が多い)のメリットは殆ど無い、という考察がなされています。そして、保存性療法や副鼻腔洗浄に不応性(Refractory)を示す症例では、排出が難しい濃縮膿汁が貯留(Accumulation of inspissated pus)している事(=43%の症例に見られた)が重要な要因であると提唱されています。この対処法としては、副鼻腔鏡検査(Sinuscopy)で少量の濃縮膿汁が認められた場合には、内視鏡の生検チャンネルを介した生食注入によって洗浄し、中程度~多量の濃縮膿汁が発見された場合には、骨フラップ(Bone flap surgery)を介した副鼻腔切開術による、よりアグレッシブな副鼻腔洗浄および濃縮膿汁の排出を要する、と結論付けられています。

この研究では、歯科疾患に起因する二次性副鼻腔炎を呈した馬のうち、複数回の手術を要した馬は30%に留まっており、他の文献において、歯科副鼻腔炎の七割が二回以上の治療を要した(Pritchard et al. Vet Surg. 1992;2:145, Feige et al. Pferdeheilkunde. 2000;16:495)という知見に比べて、治療効果の格段の向上が認められました。今回の研究における、このような術後問題の少なさ(Low prevalence of post-operative problems)は、罹患した歯の抜歯が全て口腔側から施された事(Oral extraction of affected teeth)に由来すると考察されています。過去の文献においても、円鋸術や骨フラップを介して副鼻腔側から歯を叩き出した(Tooth repulsion)ときには、53%の症例が術後合併症(Post-operative complications)を起こしたのに対して、口腔側から歯を引き抜いたときには、術後合併症を起こしたのは18%の症例のみであった事が報告されています(Bienert et al. Pferdeheilkunde. 2008;24:419)。そして、歯科副鼻腔炎の罹患馬のうち、長期経過追跡において、臨床症状が完治した馬の割合は82%で、良好な美容的外観の維持(Maintained cosmetic appearance)が達成された馬も91%に上っていました。

この研究では、副鼻腔嚢胞の治療としては、全身麻酔下もしくは起立位手術での骨フラップ術を介した、嚢胞切除および病巣清掃が行われ、このうち再手術を要したのは12%のみでした。そして、長期経過追跡において、臨床症状が完治した馬の割合は92%に上っており、これは、副鼻腔嚢胞の外科的療法によって92~100%の治療成功が達成されたという、他の文献の成績とも合致していました(Tremaine and Dixon. EVJ. 2001;33:283, Hart and Sullins. EVJ. 201143:24)。そして、副鼻腔嚢胞の切除の際には、嚢胞の内張り組織(Inner lining tissue)が副鼻腔の内壁に堅固に結合(Firm attachment on the sinus wall)している時には、必ずしも完全に除去する必要はないと提唱されており、特に嚢胞が眼窩下管に付着している場合には、内張り組織を無理やりに剥がすことで、重篤な出血や神経組織の露出(Nerve exposure)を引き起こすケースが15%の症例で見られた、という報告もあります(Woodford and Lane. EVJ. 2006;38:198)。また、他の文献では、副鼻腔鏡手術を介した、より外科的侵襲の低い嚢胞切除の術式も試みられています(Silva et al. Can Vet J. 2009;50:417)。

この研究では、副鼻腔腫瘍の罹患馬のうち、悪性腫瘍(malignant tumors)を呈した五頭(四頭の癌腫と一頭のリンパ肉腫)と、摘出不能なほどサイズの大きい良性の線維骨腫(Inoperable benign fibro-osseous tumour)を呈した一頭では、手術を試みることなく安楽死(Euthanasia)が選択されました。また、粘液腫(Myxoma)の切除が行われた一頭も、急速な腫瘍再成長(Tumor re-growth)によって安楽死となっています。しかし、セメント質腫(Cementomas)を呈した二頭では、外科的切除の後、再発を示すことなく、良好な予後が達成されました。このため、馬の副鼻腔疾患の中では、腫瘍が最も治療が難しい病態の一つであることを再確認するデータが示されたと言えます。そして、今後の研究では、CT検査やMRI検査などの高感度で信頼性の高い画像診断法(Sensitive and reliable diagnostic imaging)によって、腫瘍の早期発見が行われることで、病巣内細胞毒性治療(Intralesional cytotoxic therapy)や放射線治療(Radiotherapy)などが応用されて、治療成績の向上が期待できるようになると推測されています(Hart and Sullins. EVJ. 201143:24, Walker et al. JAVMA. 1998;21:848)。

この研究では、副鼻腔損傷の罹患馬のうち、約半数では保存性療法が選択され、残りの約半数では外科的療法による、骨折片の除去(Fracture fragment removal)やワイヤー固定が実施されました。そして、長期経過追跡において、臨床症状が完治した馬の割合は100%で、顔面骨の変形(Facial bone distortion)等の美容的外観に問題が残った馬も15%に留まりました。他の文献では、副鼻腔損傷の治療後に起こりうる合併症としては、縫合線骨膜炎(Suture periostitis)や、持続性鼻出血(Prolonged epistaxis)による副鼻腔の血液充満(Blood-filled sinus)などが報告されています(Tremaine and Dixon. EVJ. 2001;33:283)。

この研究では、真菌性副鼻腔炎の罹患馬のうち全頭において、初期治療として内視鏡を介しての副鼻腔洗浄(Trans-endoscopic lavage)と、抗真菌剤の注入(Infusion of anti-fungal agents)が試みられましたが、約半数の症例では、その後に骨フラップ術を介しての、病巣清掃術が応用されました。そして、長期経過追跡において、臨床症状が完治した馬の割合は83%に上っていました。過去の文献では、他のタイプの副鼻腔疾患に対する外科的療法の後に、真菌性副鼻腔炎を続発するケースも報告されていますが(McGorum et al. EVE. 1992;4:8)、今回の研究では、そのような事例は認められず、この理由としては、入院厩舎では敷料としてワラを使用せず、乾燥発酵させたヘイレージを給餌していた事が上げられています。

この研究では、進行性篩骨血腫の罹患馬に対しては、病巣内ホルマリン注入(Intra-lesional formalin infusion)の後に、骨フラップ術による病変切除、もしくはその逆の順序での治療が行われました。そして、長期経過追跡において、臨床症状が完治した馬の割合は83%に上っていましたが、全症例における平均治療回数は二回(範囲:一~六回)であったことが示されました。

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