馬の文献:篩骨血腫(Specht et al. 1990)
文献 - 2020年05月21日 (木)
「九頭の馬の篩骨血腫」
Specht TE, Colahan PT, Nixon AJ, Brown MP, Turner TA, Peyton LC, Schneider RK. Ethmoidal hematoma in nine horses. J Am Vet Med Assoc. 1990; 197(5): 613-616.
この研究論文では、篩骨血腫(Ethmoid hematoma)を呈した九頭の患馬における、症状、診断法、および、治療成績が報告されています。
この研究では、九頭の篩骨血腫の患馬のうち、鼻汁排出(Nasal discharge)を呈したのは七頭、いびき性呼吸(Stertorous breathing)を呈したのは四頭、運動時の鼻出血(Epistaxis at exercise)を呈したのは二頭であった事が示されました。また、内視鏡検査(Endoscopy)が実施された六頭では、篩骨領域においける、黄色~緑色、薄灰色~緑色、または、黄色~灰色の病変(Yellow-green, pale gray-green, or yellow-gray lesion)が認められ、このうち、二頭では、血腫が腹側鼻道(Ventral nasal meatus)まで突出していた事が報告されています。一方、レントゲン検査(Radiography)が行われた七頭では、辺縁の滑らかな間隙占有性の密腫瘤(Space-occupying and dense mass with smooth margins)が見られましたが、骨変形(Bone destruction)は確認されませんでした。
この研究では、篩骨血腫の患馬に対する治療としては、前頭副鼻腔の骨フラップ(Frontal sinus bone flap)によるアプローチの後、蓋板(Tectorial plate)および篩骨迷路吻側縁(Rostral margin of ethmoidal labyrinth)を穿孔することで血腫が切除され、周辺部の病巣清掃術(Debridement)も実施されました。この際、術中の出血(Intra-operative hemorrhage)は、電気メス(Electro-cautery)とガーゼ充填によって制御されましたが、平均4.5リットル(範囲:3~15リットル)の出血が見られた事から、八頭に対して輸血(Blood transfusion)が併用されました。そして、術後の二~三日後において、充填ガーゼの除去および副鼻腔洗浄(Sinus lavage)が行われました。
治療後においては、一頭が皮膚切開創の離開(Skin incisional dehiscence)、他の一頭がサルモネラ下痢症(Salmonella diarrhea)を起こした以外には、術後合併症(Post-operative complications)は認められず、九頭の症例すべてが治療前と同レベルの運動に復帰しました。そして、長期経過追跡(Long-term follow-up)においては、44%(5/9頭)の患馬が血腫の再発(Recurrence)を示し、このうち、一頭は対側(Contralateral)、もう一頭は両側(Bilateral)の篩骨に血腫を起こした事が報告されています。これらの症例のうち、二頭では二回、あとの一頭では三回にわたる血腫の再摘出が行われた結果、病変部の完治が達成されました。
この研究では、馬の篩骨血腫の原因として、慢性感染(Chronic infection)、反復性の出血(Repeated episodes of hemorrhage)、先天性または腫瘍性病態(Congenital/Neoplastic conditions)などが上げられています。また、運動時に鼻出血が見られた要因としては、副鼻腔内の陰圧(Negative pressure)によって、血腫表面の潰瘍(Ulceration)を生じた可能性が指摘されています。他の文献では、馬の篩骨血腫は中~高齢馬に好発するという知見もありますが(Etherington et al. Can Vet J. 1982;8:89, Blackford et al. Vet Surg. 1985;4:287)、今回の研究の症例のうち一頭は三歳齢の競走馬であったため、若齢馬における鼻出血においても、篩骨血腫を鑑別診断(Differential diagnosis)の一つに加えるべきであると推奨されています。一方で、今回の研究では、かなりのサイズの血腫が形成されていた罹患馬においても、臨床症状は鼻汁排出や呼吸器雑音のみで、鼻出血は認められなかったケースもあった事が報告されています。
一般的に、馬の篩骨血腫の外科的切除では、多量の出血が見られる場合が多いことが知られており(Boles. Vet Clin N Am. 1979;1:89)、今回の研究でも、多くの症例において術中の輸血を要しました。また、凍結手術(Cryosurgery)を併用することで、血腫部の治癒を促進できるという報告もありますが(Cook and Littlewort. EVJ. 1974;6:101)、今回の研究では、凍結手術が実施された患馬の中にも、多量の術中出血および血腫再発を呈したケースも見られ、その有用性については更なる検討を要すると考察されています。そして、馬の篩骨血腫における再発率の高さを考慮して、術後には定期的な内視鏡検査による病巣回復のモニタリングに努めることが重要である、という提唱もなされています。
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この研究では、九頭の篩骨血腫の患馬のうち、鼻汁排出(Nasal discharge)を呈したのは七頭、いびき性呼吸(Stertorous breathing)を呈したのは四頭、運動時の鼻出血(Epistaxis at exercise)を呈したのは二頭であった事が示されました。また、内視鏡検査(Endoscopy)が実施された六頭では、篩骨領域においける、黄色~緑色、薄灰色~緑色、または、黄色~灰色の病変(Yellow-green, pale gray-green, or yellow-gray lesion)が認められ、このうち、二頭では、血腫が腹側鼻道(Ventral nasal meatus)まで突出していた事が報告されています。一方、レントゲン検査(Radiography)が行われた七頭では、辺縁の滑らかな間隙占有性の密腫瘤(Space-occupying and dense mass with smooth margins)が見られましたが、骨変形(Bone destruction)は確認されませんでした。
この研究では、篩骨血腫の患馬に対する治療としては、前頭副鼻腔の骨フラップ(Frontal sinus bone flap)によるアプローチの後、蓋板(Tectorial plate)および篩骨迷路吻側縁(Rostral margin of ethmoidal labyrinth)を穿孔することで血腫が切除され、周辺部の病巣清掃術(Debridement)も実施されました。この際、術中の出血(Intra-operative hemorrhage)は、電気メス(Electro-cautery)とガーゼ充填によって制御されましたが、平均4.5リットル(範囲:3~15リットル)の出血が見られた事から、八頭に対して輸血(Blood transfusion)が併用されました。そして、術後の二~三日後において、充填ガーゼの除去および副鼻腔洗浄(Sinus lavage)が行われました。
治療後においては、一頭が皮膚切開創の離開(Skin incisional dehiscence)、他の一頭がサルモネラ下痢症(Salmonella diarrhea)を起こした以外には、術後合併症(Post-operative complications)は認められず、九頭の症例すべてが治療前と同レベルの運動に復帰しました。そして、長期経過追跡(Long-term follow-up)においては、44%(5/9頭)の患馬が血腫の再発(Recurrence)を示し、このうち、一頭は対側(Contralateral)、もう一頭は両側(Bilateral)の篩骨に血腫を起こした事が報告されています。これらの症例のうち、二頭では二回、あとの一頭では三回にわたる血腫の再摘出が行われた結果、病変部の完治が達成されました。
この研究では、馬の篩骨血腫の原因として、慢性感染(Chronic infection)、反復性の出血(Repeated episodes of hemorrhage)、先天性または腫瘍性病態(Congenital/Neoplastic conditions)などが上げられています。また、運動時に鼻出血が見られた要因としては、副鼻腔内の陰圧(Negative pressure)によって、血腫表面の潰瘍(Ulceration)を生じた可能性が指摘されています。他の文献では、馬の篩骨血腫は中~高齢馬に好発するという知見もありますが(Etherington et al. Can Vet J. 1982;8:89, Blackford et al. Vet Surg. 1985;4:287)、今回の研究の症例のうち一頭は三歳齢の競走馬であったため、若齢馬における鼻出血においても、篩骨血腫を鑑別診断(Differential diagnosis)の一つに加えるべきであると推奨されています。一方で、今回の研究では、かなりのサイズの血腫が形成されていた罹患馬においても、臨床症状は鼻汁排出や呼吸器雑音のみで、鼻出血は認められなかったケースもあった事が報告されています。
一般的に、馬の篩骨血腫の外科的切除では、多量の出血が見られる場合が多いことが知られており(Boles. Vet Clin N Am. 1979;1:89)、今回の研究でも、多くの症例において術中の輸血を要しました。また、凍結手術(Cryosurgery)を併用することで、血腫部の治癒を促進できるという報告もありますが(Cook and Littlewort. EVJ. 1974;6:101)、今回の研究では、凍結手術が実施された患馬の中にも、多量の術中出血および血腫再発を呈したケースも見られ、その有用性については更なる検討を要すると考察されています。そして、馬の篩骨血腫における再発率の高さを考慮して、術後には定期的な内視鏡検査による病巣回復のモニタリングに努めることが重要である、という提唱もなされています。
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