馬の文献:篩骨血腫(Textor et al. 2012)
文献 - 2020年06月02日 (火)
「進行性篩骨血腫を呈した馬におけるCT検査結果:1993~2005年の16症例」
Textor JA, Puchalski SM, Affolter VK, MacDonald MH, Galuppo LD, Wisner ER. Results of computed tomography in horses with ethmoid hematoma: 16 cases (1993-2005). J Am Vet Med Assoc. 2012; 240(11): 1338-1344.
この研究論文では、進行性篩骨血腫(Progressive ethmoidal hematoma)に有用な診断法を検討するため、1993~2005年にかけて、進行性篩骨血腫を発症して、CT検査(Computed tomography)が応用された16頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、16頭の患馬のうち七頭では、CT検査で認められた副鼻腔の波及度合い(Paranasal sinus involvement)が、その他の診断法(レントゲン、内視鏡、etc)では発見できていませんでした。また、16頭のうち六頭においては、レントゲン検査では特に判断の難しい場所である翼口蓋副鼻腔(Sphenopalatine sinus)への波及が、CT検査によって確認されました。さらに、16頭のうち八頭では、CT検査において左右両側の篩骨領域に病変(Bilateral disease)を生じていましたが、このうち63%(5/8頭)の症例は、この両側性病態がその他の診断法では発見できていませんでした。このため、進行性篩骨血腫の罹患馬に対しては、内視鏡検査(Endoscopy)やレントゲン検査(Radiography)などの従来の診断法で、病変の拡大域や両側性病態の存在に疑問が残る場合には、三次元的な画像診断法(3D diagnostic imaging modality)であるCT検査を併用することで、より信頼性のある診断が可能になることが示唆されました。
この研究では、CT検査での所見が、治療方針の決定に影響を及ぼしたと判断された症例は、全体の六割以上(10/16頭)に達していました。そして、経過追跡(Follow-up)ができた十頭のうち、治療成功(Successful outcomes)と見なされた症例は60%で、血腫の再発率(Recurrence rate)は40%でしたが、このうち、CT検査の所見に基づいて、全ての病巣が処置された六頭においては、治療の成功率は83%(5/6頭)に達していました。また、特に両側性血腫(=レントゲンや内視鏡では見逃し易い)において全ての病変が治療されなかった場合には、予後が悪い傾向にあり、さらに、翼口蓋副鼻腔(=レントゲンや内視鏡では正確な診断が非常に難しい)に病変が波及していた場合には、血腫の再発を起こし易かったことが報告されています。このため、進行性篩骨血腫の罹患馬に対しては、CT検査所見に基づいて治療方針や術式を判断することで、外科的療法による治療成績が改善(Improved treatment effects)することが期待され、術前における信頼性の高い予後判定指標(Prognostic parameters)になるケースもある事が示唆されました。
この研究では、CT検査による診断法の信頼性の高さが示され、包括的な外科術式の計画(Comprehensive surgical planning)のためには、「標準的な検査診断法として見なされるべきだ」(Should be considered the standard-of-care diagnostic test)という結論付けがなされています(CTの診断能がレントゲンより高いのは至極当たり前の話ですが…)。しかし、CT検査には、全身麻酔(General anesthesia)を要し、患馬を大規模病院へ搬送(Transportation to large facility)しなくてはならない、というマイナス面もあるため、今後の研究では、CT所見をゴールドスタンダードと解釈して、起立位で実施可能なそれ以外の検査法(円鋸孔を介した副鼻腔鏡検査、核シンティグラフィー、etc)の診断の感度(Sensitivity)や特異度(Specificity)を、比較的に検証(Validation)することが求められるのかもしれません。
一般的に、馬の翼口蓋副鼻腔は、上顎副鼻腔(Maxillary sinus)や前頭副鼻腔(Frontal sinus)とは大きく異なり、レントゲン診断の難易度が高いだけでなく、この領域に血腫病態が及んでいた場合には、術中に適切にアプローチするのが困難であることが知られています。他の文献では、骨フラップによる病巣切除の後にガーゼ充填をして、数日後に出血が止まった時点で再びフラップを開けて、副鼻腔鏡で再検査する指針が推奨されており(Hart et al. EVJ. 2011;43:24)、この場合には、病変や出血に邪魔されることなく、翼口蓋副鼻腔の領域への充分な視野を確保できると提唱されています。また、馬の翼口蓋副鼻腔は、視神経管のすぐ腹側に位置しており(Located immediately ventral to the optic canal)、副鼻腔内が多量に出血している状態で、盲目的に探索(Exploration blindly)すると、視神経を医原性に損傷(Iatrogenic damage)させて盲目(Blindness)につながる危険性もある、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の進行性篩骨血腫では、病変の拡張および浸潤に起因して、篩板の穿孔や糜爛(Perforation/Erosion of cribriform plate)が引き起こされた場合には、手術操作やホルマリンの病巣内注入(Intra-lesional injection)が脳組織に波及して、致死的な神経症状を続発する危険性が指摘されています(Rothaug and Tulleners. JAVMA. 1999;214:1037, Frees et al. JAVMA. 2001;219:950, Head et al. Vet J. 1999;157:261)。今回の研究では、横断面でのCT像(Transverse CT images)において、血腫が篩板に接触していると予測されたのは八頭、血腫が篩板を穿孔していると予測されたのは一頭でしたが、これらの症例では、神経症状を呈した馬は一頭もありませんでした。これは、馬の篩板が前斜め方向に走っているため(Oriented in an oblique frontal plane)、横断面像だけでは適切な診断ができないケースもあったためと推測されており、矢状断面像(Sagittal plane)および三次元再構築画像(Three-dimensional reconstructions)を介して、正確な画像診断を行う必要があると考察されています。
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この研究論文では、進行性篩骨血腫(Progressive ethmoidal hematoma)に有用な診断法を検討するため、1993~2005年にかけて、進行性篩骨血腫を発症して、CT検査(Computed tomography)が応用された16頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、16頭の患馬のうち七頭では、CT検査で認められた副鼻腔の波及度合い(Paranasal sinus involvement)が、その他の診断法(レントゲン、内視鏡、etc)では発見できていませんでした。また、16頭のうち六頭においては、レントゲン検査では特に判断の難しい場所である翼口蓋副鼻腔(Sphenopalatine sinus)への波及が、CT検査によって確認されました。さらに、16頭のうち八頭では、CT検査において左右両側の篩骨領域に病変(Bilateral disease)を生じていましたが、このうち63%(5/8頭)の症例は、この両側性病態がその他の診断法では発見できていませんでした。このため、進行性篩骨血腫の罹患馬に対しては、内視鏡検査(Endoscopy)やレントゲン検査(Radiography)などの従来の診断法で、病変の拡大域や両側性病態の存在に疑問が残る場合には、三次元的な画像診断法(3D diagnostic imaging modality)であるCT検査を併用することで、より信頼性のある診断が可能になることが示唆されました。
この研究では、CT検査での所見が、治療方針の決定に影響を及ぼしたと判断された症例は、全体の六割以上(10/16頭)に達していました。そして、経過追跡(Follow-up)ができた十頭のうち、治療成功(Successful outcomes)と見なされた症例は60%で、血腫の再発率(Recurrence rate)は40%でしたが、このうち、CT検査の所見に基づいて、全ての病巣が処置された六頭においては、治療の成功率は83%(5/6頭)に達していました。また、特に両側性血腫(=レントゲンや内視鏡では見逃し易い)において全ての病変が治療されなかった場合には、予後が悪い傾向にあり、さらに、翼口蓋副鼻腔(=レントゲンや内視鏡では正確な診断が非常に難しい)に病変が波及していた場合には、血腫の再発を起こし易かったことが報告されています。このため、進行性篩骨血腫の罹患馬に対しては、CT検査所見に基づいて治療方針や術式を判断することで、外科的療法による治療成績が改善(Improved treatment effects)することが期待され、術前における信頼性の高い予後判定指標(Prognostic parameters)になるケースもある事が示唆されました。
この研究では、CT検査による診断法の信頼性の高さが示され、包括的な外科術式の計画(Comprehensive surgical planning)のためには、「標準的な検査診断法として見なされるべきだ」(Should be considered the standard-of-care diagnostic test)という結論付けがなされています(CTの診断能がレントゲンより高いのは至極当たり前の話ですが…)。しかし、CT検査には、全身麻酔(General anesthesia)を要し、患馬を大規模病院へ搬送(Transportation to large facility)しなくてはならない、というマイナス面もあるため、今後の研究では、CT所見をゴールドスタンダードと解釈して、起立位で実施可能なそれ以外の検査法(円鋸孔を介した副鼻腔鏡検査、核シンティグラフィー、etc)の診断の感度(Sensitivity)や特異度(Specificity)を、比較的に検証(Validation)することが求められるのかもしれません。
一般的に、馬の翼口蓋副鼻腔は、上顎副鼻腔(Maxillary sinus)や前頭副鼻腔(Frontal sinus)とは大きく異なり、レントゲン診断の難易度が高いだけでなく、この領域に血腫病態が及んでいた場合には、術中に適切にアプローチするのが困難であることが知られています。他の文献では、骨フラップによる病巣切除の後にガーゼ充填をして、数日後に出血が止まった時点で再びフラップを開けて、副鼻腔鏡で再検査する指針が推奨されており(Hart et al. EVJ. 2011;43:24)、この場合には、病変や出血に邪魔されることなく、翼口蓋副鼻腔の領域への充分な視野を確保できると提唱されています。また、馬の翼口蓋副鼻腔は、視神経管のすぐ腹側に位置しており(Located immediately ventral to the optic canal)、副鼻腔内が多量に出血している状態で、盲目的に探索(Exploration blindly)すると、視神経を医原性に損傷(Iatrogenic damage)させて盲目(Blindness)につながる危険性もある、という警鐘が鳴らされています。
一般的に、馬の進行性篩骨血腫では、病変の拡張および浸潤に起因して、篩板の穿孔や糜爛(Perforation/Erosion of cribriform plate)が引き起こされた場合には、手術操作やホルマリンの病巣内注入(Intra-lesional injection)が脳組織に波及して、致死的な神経症状を続発する危険性が指摘されています(Rothaug and Tulleners. JAVMA. 1999;214:1037, Frees et al. JAVMA. 2001;219:950, Head et al. Vet J. 1999;157:261)。今回の研究では、横断面でのCT像(Transverse CT images)において、血腫が篩板に接触していると予測されたのは八頭、血腫が篩板を穿孔していると予測されたのは一頭でしたが、これらの症例では、神経症状を呈した馬は一頭もありませんでした。これは、馬の篩板が前斜め方向に走っているため(Oriented in an oblique frontal plane)、横断面像だけでは適切な診断ができないケースもあったためと推測されており、矢状断面像(Sagittal plane)および三次元再構築画像(Three-dimensional reconstructions)を介して、正確な画像診断を行う必要があると考察されています。
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