馬の文献:軟口蓋背方変位(Harrison et al. 1988)
文献 - 2020年06月03日 (水)
「馬の胸骨甲状舌骨筋切除術:1984~1985年の17頭」
Harrison IW, Raker CW. Sternothyrohyoideus myectomy in horses: 17 cases (1984-1985). J Am Vet Med Assoc. 1988; 193(10): 1299-1302.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1984~1985年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)による外科的療法が応用された17頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、胸骨甲状舌骨筋切除術による治療を受けた17頭の患馬のうち、馬主または調教師への聞き取り調査によって、術後に運動不耐性(Exercise intolerance)や上部気道異常雑音(Abnormal upper airway noise)を示すことなく、治療成功と判断された症例は59%(10/17頭)でした。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、胸骨甲状舌骨筋の切除術を介して、競走能力の改善(Improvement in racing performance)および呼吸器雑音の消失(Elimination of respiratory noise)の効能が期待できるものの、外科的療法による治療成功率は中程度(59%)にとどまる事が示唆されました。また、筋肉切除する際には、頚椎中央部(Mid-cervical region)が最も適した箇所(Optimal site)であることが報告されています。
一般的に、馬の胸骨甲状舌骨筋は、気管の腹側面(Ventral surface of trachea)を走行する顎二腹筋(Digastric muscle)に分類され、胸骨(Sternum)から甲状軟骨(Thyroid cartilage)および舌骨合同装置(Hyoid apparatus)へと連結しています。そして、この筋肉を牽引(Traction)することで、喉頭および舌根の尾側退縮(Caudal retraction of larynx and base of the tongue)、および、輪状甲状関節(Cricothyroid joint)における甲状軟骨の腹側回転(Ventral rotation of thyroid cartilage)によって喉頭蓋腹側逸脱(Ventral deviation of epiglottis)を生じることが知られており、この筋肉を切除することで、喉頭組織を尾側および腹側へ引っ張っている力を軽減して、喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んでしまうのを予防できる、という仮説(Hypothesis)がなされています。
一般的に、馬に対する口蓋帆切除術(Staphyrectomy)では、術部に瘢痕形成(Scar formation)を生じて軟口蓋の硬直度が増す(Increased stiffness)ことで、軟口蓋の上に喉頭蓋を保持しやすくなる、という仮説がなされています。そして、この手術は、外科的侵襲性(Surgical infestation)の高い喉頭切開術(Laryngotomy)を要するため、胸骨甲状舌骨筋切除術が奏功しなかった症例にのみ応用されるべきである、という知見がある反面、両手術による相乗作用(Synergetic effect)を考慮して、同じタイミングで実施されるべきである、という提唱もなされています。
この研究では、78頭の患馬に見られた臨床症状(Clinical signs)としては、“ガボガボ”という上部呼吸器雑音(Gurgling upper respiratory noise)を呈した馬が94%におよび、また、内視鏡検査所見としては、喉頭蓋低形成(Epiglottic hypoplasia)を呈した馬が58%に達していました。そして、喉頭蓋低形成を起こしていた馬では、軟口蓋の状態に関わらず、喉頭蓋が軟口蓋の上に乗り続けることが難しい場合もあると推測されており、今回の研究においても、喉頭蓋低形成なしの馬では、軟口蓋辺縁切除術による治療成功率が88%に上ったのに対して、喉頭蓋低形成ありの馬では、治療成功率は33%に過ぎなかった事が報告されています。
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この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1984~1985年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)による外科的療法が応用された17頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、胸骨甲状舌骨筋切除術による治療を受けた17頭の患馬のうち、馬主または調教師への聞き取り調査によって、術後に運動不耐性(Exercise intolerance)や上部気道異常雑音(Abnormal upper airway noise)を示すことなく、治療成功と判断された症例は59%(10/17頭)でした。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、胸骨甲状舌骨筋の切除術を介して、競走能力の改善(Improvement in racing performance)および呼吸器雑音の消失(Elimination of respiratory noise)の効能が期待できるものの、外科的療法による治療成功率は中程度(59%)にとどまる事が示唆されました。また、筋肉切除する際には、頚椎中央部(Mid-cervical region)が最も適した箇所(Optimal site)であることが報告されています。
一般的に、馬の胸骨甲状舌骨筋は、気管の腹側面(Ventral surface of trachea)を走行する顎二腹筋(Digastric muscle)に分類され、胸骨(Sternum)から甲状軟骨(Thyroid cartilage)および舌骨合同装置(Hyoid apparatus)へと連結しています。そして、この筋肉を牽引(Traction)することで、喉頭および舌根の尾側退縮(Caudal retraction of larynx and base of the tongue)、および、輪状甲状関節(Cricothyroid joint)における甲状軟骨の腹側回転(Ventral rotation of thyroid cartilage)によって喉頭蓋腹側逸脱(Ventral deviation of epiglottis)を生じることが知られており、この筋肉を切除することで、喉頭組織を尾側および腹側へ引っ張っている力を軽減して、喉頭蓋が軟口蓋の下に潜り込んでしまうのを予防できる、という仮説(Hypothesis)がなされています。
一般的に、馬に対する口蓋帆切除術(Staphyrectomy)では、術部に瘢痕形成(Scar formation)を生じて軟口蓋の硬直度が増す(Increased stiffness)ことで、軟口蓋の上に喉頭蓋を保持しやすくなる、という仮説がなされています。そして、この手術は、外科的侵襲性(Surgical infestation)の高い喉頭切開術(Laryngotomy)を要するため、胸骨甲状舌骨筋切除術が奏功しなかった症例にのみ応用されるべきである、という知見がある反面、両手術による相乗作用(Synergetic effect)を考慮して、同じタイミングで実施されるべきである、という提唱もなされています。
この研究では、78頭の患馬に見られた臨床症状(Clinical signs)としては、“ガボガボ”という上部呼吸器雑音(Gurgling upper respiratory noise)を呈した馬が94%におよび、また、内視鏡検査所見としては、喉頭蓋低形成(Epiglottic hypoplasia)を呈した馬が58%に達していました。そして、喉頭蓋低形成を起こしていた馬では、軟口蓋の状態に関わらず、喉頭蓋が軟口蓋の上に乗り続けることが難しい場合もあると推測されており、今回の研究においても、喉頭蓋低形成なしの馬では、軟口蓋辺縁切除術による治療成功率が88%に上ったのに対して、喉頭蓋低形成ありの馬では、治療成功率は33%に過ぎなかった事が報告されています。
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