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馬の文献:軟口蓋背方変位(Anderson et al. 1995)

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「胸骨甲状舌骨筋切除術または口蓋帆切除術による競走馬の間欠性軟口蓋背方変位の治療:1986~1991年の209症例」
Anderson JD, Tulleners EP, Johnston JK, Reeves MJ. Sternothyrohyoideus myectomy or staphylectomy for treatment of intermittent dorsal displacement of the soft palate in racehorses: 209 cases (1986-1991). J Am Vet Med Assoc. 1995; 206(12): 1909-1912.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1986~1991年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)または口蓋帆切除術(Staphylectomy)による外科的療法が応用された209頭の競走馬における、医療記録(Medical records)の解析が行われました。

結果としては、治療直前の三レースの平均獲得賞金(Average earning per race)に比べて、治療直後の三レースの平均獲得賞金が増加していた場合を治療成功(Successful outcome)と定義すると、胸骨甲状舌骨筋切除術を受けた馬の治療成功率は60%、口蓋帆切除術を受けた馬の治療成功率は59%であったことが示されました。また、術前と術後の競走クラスを比較した場合には、殆どの症例(74%)がクラスに変化はありませんでしたが、クラスが上がった馬(17%)のほうが、クラスが下がった馬(9%)よりも、有意に多かったことが報告されています。このため、競走馬の軟口蓋背方変位に対しては、胸骨甲状舌骨筋切除術または口蓋帆切除術によって、競走能力の向上(Improvement in racing performance)(=獲得賞金の増加)が期待できるものの、全体的な治療成功率は中程度(60%程度)にとどまる事が示唆されました。

この研究では、術前の臨床症状(Clinical signs)としては、呼吸器雑音(Respiratory noise)を呈した馬が75%、運動不耐性(Exercise intolerance)を呈した馬が51%で、また、内視鏡検査所見としては、喉頭蓋低形成(Epiglottic hypoplasia)を呈した馬が51%、軟口蓋機能異常(Abnormal soft palate function)を呈した馬が36%であった事が報告されています。しかし、術前の内視鏡所見は、術後の治療成績と有意には相関しておらず、喉頭蓋低形成を呈した症例のほうが、外科的治療の効能が上がりにくい、という経験的な知見(Anecdotal observation)を裏付けるデータは示されませんでした。

この研究では、治療前の総獲得賞金額によって、グループ1(5,000ドル未満)、グループ2(5,000~25,000ドル)、グループ3(25,000ドル以上)に分類した場合、グループ1~3における治療成功率はそれぞれ、50%、71%、59%となっており、グループ2のほうがグループ1よりも、有意に予後が良かったことが示されました。これは、もともとの競走能力が高い馬(総獲得賞金が多い馬)のほうが、術後に良好な治療成績を示す可能性が高かったと推測される反面、競走能力が非常に優れている馬(グループ3)の中には、例え良好な治療効果が示された症例においても、数字的に術前の成績を上回るのが難しかった場合もあった、という考察がなされています。

この研究では、より客観的な経過追跡(Objective follow-up assessment)を行うため、馬主や調教師への聞き取り調査ではなく、レースでの獲得賞金に基づいて、治療成績が評価されました。しかし、この場合には、呼吸器疾患以外の原因(跛行や循環器疾患など)でレース成績が上がらなかった事情は考慮されず、また、能力は上がったもののレース出走は果たせなかった馬は、自動的に治療失敗と見なされてしまう(獲得賞金がゼロであるため)、という評価方法の限界点(Limitation)が指摘されています。

この研究では、二つの手術法(胸骨甲状舌骨筋切除術 v.s. 口蓋帆切除術)のあいだに、治療成績の有意差は認められておらず、それならば、喉頭切開術(Laryngotomy)を必要とせず、術後の入院期間(Post-operative hospitalization period)が短くて済む胸骨甲状舌骨筋切除術のほうが、臨床適用性(Clinical applicability)や時間効率性(Time-efficiency)が高いという解釈(Interpretation)も成り立つかもしれません。しかし、この二つの術式は、無作為に選択(Random selection)されたわけではなく、実際のところ、サラブレッド症例のほうがスタンダードブレッド症例よりも、胸骨甲状舌骨筋切除術が選択された割合が有意に高く、治療方針の決定に関する偏向(Bias)が生じた傾向が認められました。このため、この研究のデータのみから、二つの手術の相対的な治療効果(Relative efficacy)を評価するのは適切ではない、という警鐘が鳴らされています。

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