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馬の文献:軟口蓋背方変位(Tulleners et al. 1997)

「喉頭蓋増強による競走馬の軟口蓋背方変位の治療:1985~1994年の59症例」
Tulleners E, Stick JA, Leitch M, Trumble TN, Wilkerson JP. Epiglottic augmentation for treatment of dorsal displacement of the soft palate in racehorses: 59 cases (1985-1994). J Am Vet Med Assoc. 1997; 211(8): 1022-1028.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1985~1994年にかけて、内視鏡検査(Endoscopy)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene paste: PTFE)の粘膜下注入(Submucosal injection)による喉頭蓋増強(Epiglottic augmentation)が応用された59頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。

結果としては、治療の直前と直後の三レースにおける着順に基づく能力指数(Performance index)を見ると、術後に競走能力の向上(Improved racing performance)が見られた馬は66%に及び、少なくとも一回勝利した馬は49%でした。このうち、サラブレッド競走馬に限って見ても、73%の症例において能力指数の向上が示され、51%の症例が少なくとも一回勝利した事が報告されています。そして、77%のサラブレッド症例が、術後の九ヶ月以内(平均値:140日、範囲:51~271日)にレース復帰できたことが報告されています。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、PTFE注入による喉頭蓋増強を介して、十分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が誘導され、中程度~良好な予後が期待されることが示唆されました。

この研究では、59頭の患馬に見られた臨床症状(Clinical signs)としては、運動不耐性(Exercise intolerance)を呈した馬が100%、運動中の呼吸器異常雑音(Abnormal respiratory noise)を呈した馬が88%でした。一方、内視鏡検査の所見としては、喉頭蓋低形成(Epiglottic hypoplasia)を呈した馬が90%に達しており、また、安静時に軟口蓋機能異常(Abnormal soft palate function)が認められた馬は86%で、これ以外の馬も、トレッドミル運動時には軟口蓋機能異常が確認されました。この論文の考察の中では、軽度~中程度の喉頭蓋低形成を呈した症例を、喉頭蓋増強を行う理想的候補(Ideal candidate)としており、また、喉頭蓋組織の厚みが不十分であったり幅が狭かった場合には、PTFE注入による効能が期待できるものの、喉頭蓋の全長が短すぎる場合には、喉頭蓋増強の後にも持続性変位(Persistent displacement)を生じる危険性がある、という警鐘が鳴らされています。

この研究では、PTFE注入による喉頭蓋増強に併行して、口蓋帆切除術(Staphylectomy)が行われた馬が80%、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)が行われた馬が37%、胸骨甲状舌骨筋腱切除術(Sternothyrohyoideus tenectomy)が行われた馬が17%に上り、このため、喉頭蓋増強の単独での効能を評価するのは難しいと考察されています。しかし、36%(21/59頭)の症例が、喉頭蓋増強が試みられる以前に、他の手術が失敗に終わっていた事を考慮すると、喉頭蓋増強を併用することで治療効果が上がる可能性が高いと推測されており、また、喉頭蓋増強のみが行われた四頭の症例では、そのうち二頭が、術後に競走能力の向上を達成できたことが報告されています。一般的に、馬の軟口蓋背方変位において、喉頭蓋低形成を併発していた場合には、より重篤かつ慢性的な病態であると認識され、外科的療法および保存性療法(Conservative treatment)に不応性(Refractory)を示すケースが多いことが知られています。そして、今回の研究のように、PTFE注入によって喉頭蓋の硬直性(Stiffness)を増すことで、併用される手術の治療効果を向上できると考えられています。

この研究では、59頭の患馬のうち四頭(7%)において、喉頭蓋捕捉(Epiglottic entrapment)の術後合併症(Post-operative complication)が認められ、この発生要因としては、PTFE注入によって炎症を生じた披裂喉頭蓋ヒダ(Aryepiglottic folds)に、重度のかさばり(Severe bulkiness)を起こして、喉頭蓋尖に引っ掛かり易くなった事が上げられています。そして、これらの四頭の患馬に対しては、捕捉されていた軟部組織は、経口腔的(Transoral)または喉頭切開術(Laryngotomy)の術創を介して、曲湾柳葉刀(Curved bistoury)による矢状分離(Axial division)が行われました。また、59頭の患馬のうち三頭(5%)において、喉頭蓋根部付近の舌側面(Lingual epiglottic surface near the base of epiglottis)での粘膜下肉芽腫(Submucosal granuloma)の術後合併症が認められ、喉頭切開術を介しての肉芽腫切除が行われました。この合併症に対しては、PTFEの注入量が過剰にならないよう制限したり、喉頭蓋の粘膜下組織に均等に注入することで、予防できる可能性もあると考察されています。

この研究で使用されたPTFEは、非吸収性の充填剤で、良性の異物反応(Benign foreign body reaction)を誘導するため、顕著なリンパ球浸潤(Lymphocytic infiltration)を生じることなく、繊維性組織で抱合(Encapsulation by fibrous tissue)される事が知られています。他の文献では、声帯(Vocal cord)にPTFE注入を受けた犬の症例において、頚部リンパ節(Cervical lymph node)からPTFEの粒子が検出されたという知見がありますが、全身性迷入(Systemic migration)が起きたという報告はありません。

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