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馬の文献:軟口蓋背方変位(Parente et al. 2002)

「トレッドミル高速運動検査で軟口蓋背方変位が見られた92頭の馬症例:1993~1998年」
Parente EJ, Martin BB, Tulleners EP, Ross MW. Dorsal displacement of the soft palate in 92 horses during high-speed treadmill examination (1993-1998). Vet Surg. 2002; 31(6): 507-512.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)における有用な診断法を検討するため、1993~1998年にかけて、トレッドミル高速運動中(During high-speed treadmill exercise)の内視鏡検査(Endoscopy)によって、軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下された92頭の患馬の、医療記録の解析が行われました。

結果としては、92頭の患馬において、安静時における内視鏡検査での異常所見は限定的で、確定診断は困難であったことが示され、鼻孔を塞いだ状態(Nasal occlusion)で軟口蓋背方変位を呈した馬が51%、喉頭組織の構造的異常(Structural abnormalities)が見られた馬は20%にとどまりました。そして、38%の症例においては、診断前に呼吸器雑音(Respiratory noise)の病歴は認められていませんでした。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬では、安静時の内視鏡所見や臨床症状(Clinical signs)のみから確定診断が下せる馬はそれほど多くなく、トレッドミル上での高速運動中に内視鏡検査を行うことで、より正確かつ信頼性の高い診断ができる事が示唆されました。

一般的に、軟口蓋背方変位の罹患馬における安静時の内視鏡検査では、鼻孔を塞ぐことで高速運動中に匹敵する咽頭内陰圧(Intrapharyngeal negative pressure)を作り出せることが知られていますが(Holcombe et al. AJVR. 1996;57:1258)、鼻孔を塞いだ時に軟口蓋背方変位を起こした馬の中には、運動中には異常所見が無い馬も多く、また、その逆のケースも頻繁に見られるという知見が示されています(Parente et al. Proc AAEP. 1995;41:170)。また、他の文献でも、安静時と運動中の内視鏡による診断結果は、必ずしも一致しなかったという報告や(Kannegieter et al. Aust Vet J. 1995;72:101)、咽頭内陰圧の高さと軟口蓋背方変位の発現には、それほど高い相関が無かったというデータも示されています(Rehder et al. AJVR. 1995;56:269)。

一般的に、軟口蓋背方変位の罹患馬では、喉頭および咽頭組織に形態的異常や潰瘍(Ulceration)が認められる場合が多いという知見がある反面(Blythe et al. JAVMA. 1983;183:781, Norwood et al. Proc AAEP. 1983;29:403)、軟口蓋や喉頭蓋における異常&潰瘍は、軟口蓋背方変位の発症とは相関していなかったという報告もあります(Gille et al. Eq Pract. 1996;18:9, Rehder et al. AJVR. 1995;56:269)。今回の研究では、軟口蓋背方変位の確定診断が下された92頭のうち、80%では形態的異常は見られず、また、軟口蓋や喉頭蓋の潰瘍が認められたのは16%の症例にとどまりました。また、他の文献でも、喉頭&咽頭組織に潰瘍があっても、軟口蓋背方変位を発症しない馬も比較的に多いことが報告されています(Parente et al. Proc AAEP. 1995;41:170)。

この研究では、92頭の患馬のうち38%(35/92頭)において、軟口蓋背方変位以外の上部気道異常(Another upper-respiratory abnormality)が認められ、これには、披裂喉頭蓋襞軸性偏位(Axial deviation of aryepiglottic folds)、動的咽頭圧潰(Dynamic pharyngeal collapse)、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)、間欠性喉頭蓋捕捉(Intermittent epiglottic entrapment)、等が含まれました。このため、これらの症例に対する外科的および保存的療法(Surgical/Conservative treatments)では、ひとつの手術や手法だけでは複数の病態への効能が期待できない場合もあると推測され、軟口蓋背方変位の罹患馬において、各治療法に不応性(Refractory)を示す症例が多い一つの要因である、という考察がなされています。

この研究では、軟口蓋背方変位に対する治療としては、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)、口蓋帆切除術(Staphylectomy)、胸骨甲状舌骨筋腱切除術(Sternothyrohyoideus tenectomy)、喉頭蓋増強(Epiglottic augmentation)、等が試みられ、64%の馬が術後に競走能力の向上(一レース当たりの平均獲得賞金の増加:Improved average earnings per start)を達成したことが報告されています。しかし、術前および術後の競走能力解析(Performance outcome analysis)が行われた45頭の患馬では、安静時および高速運動中いずれの内視鏡所見も、術後における競走能力指標とは有意には相関していませんでした。このため、上述の治療法に関して言えば、術前の内視鏡検査の結果だけを基にして、信頼性のある予後判定(Prognostication)を行うのは難しいと考えられました。

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