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馬の文献:軟口蓋背方変位(Ducharme et al. 2003)

「馬の軟口蓋背方変位の発病に関する甲状舌骨筋の役割の治験」
Ducharme NG, Hackett RP, Woodie JB, Dykes N, Erb HN, Mitchell LM, Soderholm LV. Investigations into the role of the thyrohyoid muscles in the pathogenesis of dorsal displacement of the soft palate in horses. Equine Vet J. 2003; 35(3): 258-263.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)の病因論(Etiology)を明らかにして、新しい潜在性治療法(Potential treatment)を検討するため、十頭の健常な実験馬を用いて、甲状舌骨筋切除(Resection of thyrohyoid muscle)の前後、および、縫合糸による甲状舌骨筋機能回復(Restoration of function of the thyrohyoid muscles)を行った後における、内視鏡検査(Endoscopy)および咽頭&気管静的内圧(Pharyngeal and tracheal static pressures)の測定が行われました。

結果としては、甲状舌骨筋の切除によって、70%(7/10頭)の馬が軟口蓋背方変位を発現するようになり、咽頭および気管の静的内圧が有意に悪化したものの、これらの馬は、その後の甲状舌骨筋の機能回復手術によって、83%(5/6頭)が軟口蓋背方変位を発現しなくなり、術後の咽頭&気管静的内圧も、正常値まで回復したことが報告されています。このため、馬の軟口蓋背方変位の発症に際しては、甲状舌骨筋の機能が減退または損失(Decrease/Loss of thyrohyoid muscle function)することが関与していると推測されました。そして、今回の研究で行われたような、舌骨基底骨(Basihyoid bone)から左右の甲状軟骨(Thyroid cartilage)へと渡した縫合糸によって甲状舌骨筋機能を支持して、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで(上図)、軟口蓋背方変位を予防するという新たな治療法(いわゆるTie-forward手術)の有用性が示唆され、臨床症例への応用を検討する価値がある、という考察がなされています。

この筆者の予備実験(Pilot experiment)では、舌骨基底骨と甲状軟骨に歪み計量器(Strain gauge)を付けて馬を走らせたところ、この二つの組織は、吸気時には尾側へ、呼気時には吻側に、連合するように動いており(Move in union caudally during inspiration and rostrally during exhalation)、また、甲状舌骨筋を外科的に切除することで、間欠性の軟口蓋背方変位を誘導できたことが報告されています(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)。一般的に、左右の甲状舌骨筋は、甲状舌骨尾側縁(Caudal border of the thyrohyoid bone)から甲状軟骨薄膜外面(Lateral surface of the lamina of the thyroid cartilage)へと走行しており、運動時には喉頭を尾側へ引いて(Draw the larynx rostrally)、舌骨基底骨を腹側変位(Ventral displacement of the basihyoid bone)させる機能を担っていると考えられています。

つまり、甲状舌骨筋の機能が失われると、舌骨基底骨に対する喉頭の位置がより尾腹側になることで(More caudal and ventral position of the larynx in relationship to the basihyoid bone)、軟口蓋に対する喉頭の位置もより腹側になり(Positioning the larynx in a more ventral location in relationship to the soft palate)、同時に、喉頭蓋腹側面(Ventral surface of the epiglottis)と軟口蓋尾側端(Caudal edge of the soft palate)の距離も大きくなって、軟口蓋の背方変位に至るという病因論が仮説されています。この裏付けとしては、馬の甲状舌骨筋の筋電図測定(Electromyographic recordings)において、軟口蓋の背方変位が生じる寸前に、甲状舌骨筋の活動減退が見られた、という研究結果があります(Ducharme. ProcWEAS. 2001)。さらに、喉頭がより尾側に変位すると、(1)胸骨舌骨筋(Sternohyoid muscle)および肩甲舌骨筋(Omohyoid muscle)からの張力、(2)胸骨甲状筋(Sternothyroid muscle)からの張力、(3)肺膨張に伴って気管が喉頭を引くこと(Tracheal pull due to pulmonary inflation)による喉頭の尾側下垂(Caudal descent of the larynx)、という三つの力のベクトルが重なって、相乗的効果(Synergistic action)によって舌骨基底骨を更に尾側変位させて、これに連動するように喉頭の位置もより尾側になり、軟口蓋背方変位の発現を助長すると推測されています。

一般的に、人間の医学分野では、舌骨前方変位(Anterior displacement of the hyoid bone)によって咽頭拡大(Pharynx enlargement)が起こり、睡眠時無呼吸(Sleep apnoea)を発症することが知られています。そして、馬の舌骨合同装置(Hyoid apparatus)も同様の働きをすると推測され、また、馬は鼻でしか呼吸できず(=人間よりも鼻咽頭気流の割合が大きい)、鼻咽頭を支持する骨や軟骨組織も無いため、鼻咽頭組織が“濡れた靴下”(Wet sock)のように作用する事が知られています。つまり、その圧潰に耐えるためには、内因性筋郡(Intrinsic musculature)からの支持力のみでは不十分で、舌骨合同装置と喉頭が正しい位置に維持される事で得られる、外因性張力の作用(Extrinsic tension application)が必要不可欠であると考えられています。

一般的に、人間の呼吸器外科では、舌骨吻側前進術(Rostral hyoid advancement procedure)を介して、鼻咽頭開存性(Nasopharyngeal patency)を改善することで、睡眠時無呼吸の治療が試みられています(Altman et al. Otolaryngol Head Neck Surg. 1999;120:454)。そして、馬に対しても、同様の原理(=喉頭組織を前方へ引っ張る)を作用させるTie-forward手術を実施することで、喉頭組織と軟口蓋のあいだの安定性を回復させて、軟口蓋背方変位を防ぐことが可能になると考察されています。今回の研究の筆者は、二頭のポニーの甲状舌骨筋に電気刺激(Electrical stimulation)を与えながらCT検査を行い、この筋肉の作用によって甲状軟骨吻側部(Rostral aspect of the thyroid cartilage)が舌骨基底骨のすぐ背側に位置していたことから、この状態を再現できるような縫合糸の設置箇所を検討して、上述のTie-forward手術の術式を決定したことが報告されています。

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