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馬の文献:軟口蓋背方変位(Barakzai et al. 2004)

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「53頭のサラブレッド競走馬の軟口蓋背方変位に対する複合手術による治療効果の評価:1990~1996年」
Barakzai SZ, Johnson VS, Baird DH, Bladon B, Lane JG. Assessment of the efficacy of composite surgery for the treatment of dorsal displacement of the soft palate in a group of 53 racing Thoroughbreds (1990-1996). Equine Vet J. 2004; 36(2): 175-179.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1990~1996年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest)によって軟口蓋背方変位の推定診断(Presumptive diagnosis)が下され、口蓋帆切除術(Staphylectomy)、胸骨甲状舌骨筋切除術(Sternothyrohyoideus myectomy)、声嚢切除術(Ventriculectomy)の併用による複合手術(Composite surgery)が行われた、53頭のサラブレッド競走馬における医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)、および、106頭の対照馬(Control horses)との競走成績の比較が行われました。

結果としては、53頭の症例馬のうち、術後にレース復帰を果たした馬は92%で、競走能力の向上(Improved racing performance)が見られた馬は60%でした(対照馬ではこの割合が41%)。また、53頭の症例馬では、術前よりも術後のほうが一レース当たりの獲得賞金(Average earning per race)が有意に増加していましたが、106頭の対照馬では、このような有意な増加は認められませんでした。さらに、術後の期間に、三回以上のレースに出走できる確率は、対照馬よりも症例馬のほうが有意に高かった事が報告されています。このため、軟口蓋背方変位を呈したサラブレッド競走馬に対しては、複合手術による治療によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が見られるものの、競走能力の向上を達成する馬の割合は中程度(60%)にとどまった事が報告されています。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する口蓋帆切除術では、長過ぎる軟口蓋組織を取り除くという古典的な理論は否定されており、術創の瘢痕形成(Scar formation)によって軟口蓋の強直度(Stiffness)を高めて、軟口蓋の上に喉頭蓋(Epiglottis)を保持させ易くしたり(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228)、軟口蓋が背方変位した状態で、声門裂(Rima glottidis)を閉塞させる軟口蓋組織のかさばりを減退させる(Reducing the bulk of tissue)、などの治療効果が期待されます(Lane. Proc BEVAC. 2001)。そして、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、口蓋帆切除術と胸骨甲状舌骨筋切除術の併用(Parente et al. Vet Surg. 2002;31:507)、もしくは、口蓋帆切除術のみの治療によって(Anderson et al. JAVMA. 1995;206:1909)、良好な競走能力の回復が示された事が報告されています。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、胸骨甲状舌骨筋が喉頭を尾側へ牽引することが、病因論(Etiology)のひとつに上げられており、この筋肉を外科的に切除することで、軟口蓋背方変位への治療効果が期待される根拠になっています。しかし、軟口蓋背方変位を発症していない実験馬に対しては、胸骨甲状舌骨筋を切除術した後、経喉頭および気管内の吸気圧と吸気抵抗(Translaryngeal and tracheal inspiratory pressure and resistance)が生じる事から(Holcombe et al. J Aappl Physiol.1994;77:2812)、少なくとも健常馬においては、胸骨甲状舌骨筋の牽引によって上部気道の開存性と安定性を保持(Maintain upper airway patency and stability)する作用があると考えられています。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対して、胸骨甲状舌骨筋を切除することの理論的根拠(Rationale)については論議(Controversy)があります。

一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対しては、声嚢切除術のみでの効能は限られており、充分な治療成績があったという症例報告はありません。しかし、声嚢が切除された後の術創に瘢痕形成が生じることで、披裂喉頭蓋襞(Aryepiglottic folds)に吻尾側緊張(Rostrocaudal tension)が作用され、口蓋弓(Palatal pillars)の位置に影響を与えたり、披裂喉頭蓋襞軸性偏位(Axial deviation of aryepiglottic folds)を予防する効果が期待される、という知見が示されています(Lane. Proc Aust Eq Vet Assoc. 1993;15:193)。

一般的に、馬の呼吸器疾患への治療法の効能を、最も正確に評価するためには、術前と術後におけるトレッドミル運動中の内視鏡検査および上部気道機能の解析を行う必要がありますが、実際の症例では、コストや時間的な制約、輸送の不便さなどの面から、実施は非常に困難です。また、軟口蓋背方変位を起こした馬のうち、もともとの競走能力がそれほど高くない馬は、高額な外科的治療を選択されるケースが少ないため、無治療郡と治療郡の症例を比較する方法は、手術の治療効果が常に過剰評価(Over-estimation)されるという問題点があります。さらに、無治療郡と治療郡を無作為に選択(Random selection)するコホート研究デザインは、馬主や調教師の意思に反して手術が出来なくなる、という状況が生み出されるため、管理経営が高価な競走馬に応用するのは、事実上不可能であると言えます。

このため、今回の研究では、馬の軟口蓋背方変位に対する複合手術による治療効果を、より客観的かつ偏向(Bias)なしで評価するため、それぞれの症例馬に、二頭の対照馬(同じ競走環境で、品種、性別、年齢、調教距離が合致する馬)を選抜して比較する手法が用いられました。しかし、この手法では、規模の小さいレース環境では、二頭の対照馬が見つからず、データ解析から除外される場合もあり、実際に今回の研究でも、もともと選抜された百頭以上の症例のうち、五十頭以上が除外され、結果的に56頭分のデータだけが解析されました。つまり、このような症例の選抜に関する偏向が生じたケースは否定できない、という考察がなされています。例えば、規模の大きいレース環境では、馬の循環も早いので、勝てる見込みの無い馬はドンドン転用されて、もともと能力がかなり優れた馬だけに外科的療法が試みられた結果、手術の効能がやや高めに示された、という可能性はあるのかもしれません。

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