馬の文献:軟口蓋背方変位(Woodie et al. 2005)
文献 - 2020年06月11日 (木)
「馬の軟口蓋背方変位に対する外科的喉頭前進術(喉頭Tie-forward手術)による治療:2001~2004年の前向き研究」
Woodie JB, Ducharme NG, Kanter P, Hackett RP, Erb HN. Surgical advancement of the larynx (laryngeal tie-forward) as a treatment for dorsal displacement of the soft palate in horses: a prospective study 2001-2004. Equine Vet J. 2005; 37(5): 418-423.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、2001~2004年にかけて、軟口蓋背方変位の示唆的病歴(Suggestive history)、もしくは、安静時または運動中の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による軟口蓋背方変位の診断が下され、外科的喉頭前進術(Surgical advancement of the larynx:いわゆる喉頭Tie-forward手術)による治療が行われた116頭の患馬の前向き研究(Prospective study)が行われました。
この研究におけるTie-forward手術では、舌骨基底骨(Basihyoid bone)の尾側縁から1cm吻側の位置に3.2径のドリル孔を設け、そこに通した縫合糸を胸骨甲状筋(Sternothyroideus muscle)の付着部付近の甲状軟骨翼(Wing of the thyroid cartilage)に挿入し、この箇所から1cmの位置にもう一本の縫合糸を設置して、インプラントの強度を上げる術式が選択されました。術後には、甲状軟骨が吻側に4cm移動しており、喉頭が術前よりも吻背側に位置していました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた98頭の患馬のうち、競走能力が向上(Improved racing performance)したと判断された馬は87%に上りました。また、術後に競走能力指数(Performance index)や一レース当たりの平均獲得賞金(Mean earnings per race)が増加した馬は82%に上り、術前に運動時の内視鏡検査での確定診断(Definitive diagnosis)が下された馬に限っても、80%の馬が競走能力指数および平均獲得賞金の向上を示していました。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、Tie-forward手術を介しての外科的療法によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が見られ、競走能力の向上を達成する馬の割合が高い(80~82%)ことが示唆されました。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位では、病因論(Etiology)が明確では無いことから、様々な種類の治療法が試みられており、治療成功率としては、胸骨甲状筋切除術(Sternothyromyectomy)および胸骨舌骨筋切除術(Sternohyoidmyectomy)では58~73%(Duncan et al. Proc AAEP. 1997;43:237, Llewellyn et al. Proc AAEP. 1997;43:239, Parente et al. Vet Surg. 2002;31:507)、口蓋帆切除術(Staphyrectomy)では60%(Anderson et al. JAVMA. 1995;206:1909)、焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)では67%(Ordidge et al. Proc World Congress. 2001;7:287)、張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)では75%(Ahern et al. Eq Vet Sci. 1993;13:670)、などと報告されています。また、これらの術式の複合手術では、60~92%の治療成功率が示されています(Carter et al. Vet Surg. 1993;22:374, Tulleners et al. JAVMA. 1997;211:1022, Bonenclark et al. Proc AAEP. 1999;45:85, Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228)。
この論文の筆者の研究では、甲状舌骨筋(Thyrohyoid muscle function)の機能が損失することが、軟口蓋背方変位の発症に関与する事が示されており(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)、舌骨基底骨から甲状軟骨へと縫合糸を通して、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで、軟口蓋背方変位を防げることが報告されています(Ducharme et al. EVJ. 2003;35:258)。しかし、この研究では、それぞれの患馬における甲状舌骨筋の機能は評価されておらず、症例によっては、Tie-forward手術の効能は、甲状舌骨筋の機能回復の有無ではなく、単に喉頭の位置を吻背側に引き付けることで、軟口蓋に作用するベルヌーイ効果(Bernoulli effect)を減退させ(=一定量気流の条件下では、咽頭内径が大きいほど、内圧の上昇および下降度合いが低くなる)、軟口蓋背方変位の閾値を上昇(Elevated threshold)させた事に由来する場合もある、という考察がなされています。
この研究では、馬の軟口蓋背方変位の確定診断のため、トレッドミル上での高速運動中(High-speed exercise)における内視鏡検査で、八秒間以上におよぶ持続性の軟口蓋背方変位が確認された事、という診断基準が用いられています。そして、116頭の症例のうち、この基準に当てはまった場合、安静時の内視鏡検査のみが行われた場合、もしくは、臨床症状にもとづく推定診断(Presumptive diagnosis)のみが下された場合、などの五種類のタイプ分けがなされています。そして、馬の軟口蓋背方変位に対する他の文献では、このような適切な診断法による明確な算入基準(Inclusion criteria)が無かった事で、軟口蓋背方変位以外の病態、もしくは複数の病態に起因する症例が含まれた結果、充分な治療成績が示されなかった可能性もある、という考察がなされています。
この研究では、Tie-forward手術用のインプラントとして、初期にはステンレス金属縫合糸(Stainless steel sutures: No.5 Surgical steel)が使用されましたが、素材の進歩に伴って、次にはポリエステル縫合糸(Polyester sutures: No.5 Ethibond®)、最後にはUSPポリベンド縫合糸(USP polybend sutures: No.2 or No.5 Fiberwire®)が応用されました。この理由としては、Fiberwire®縫合糸のほうが、破損強度が高く、糸が伸びてしまう危険が少ないこと(製造者の言い分だそうですが…)、などが挙げられていますが、このようなインプラントの進歩に基づく治療効果の変化については、この論文内では検証されていませんでした。
この研究では、116頭の患馬のうち、Tie-forward手術の以前に他の手術(胸骨舌骨筋切除術、口蓋帆切除術、口蓋形成術、etc)を受けていて、治療失敗に終わっていた馬が七割近くに達していました。このため、喉頭Tie-forward手術は他の手術よりも治療効果が高い、という推測が成り立つ反面、再手術を要する患馬が集められたことで、Tie-forward手術が奏功しやすい症例の割合が増えた、という解釈が可能であるかもしれません。いずれにしても、Tie-forward手術と他の術式を併用した場合の相乗効果(Synergistic effect)については、この研究では明確には結論付けられていませんでした。
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この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、2001~2004年にかけて、軟口蓋背方変位の示唆的病歴(Suggestive history)、もしくは、安静時または運動中の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による軟口蓋背方変位の診断が下され、外科的喉頭前進術(Surgical advancement of the larynx:いわゆる喉頭Tie-forward手術)による治療が行われた116頭の患馬の前向き研究(Prospective study)が行われました。
この研究におけるTie-forward手術では、舌骨基底骨(Basihyoid bone)の尾側縁から1cm吻側の位置に3.2径のドリル孔を設け、そこに通した縫合糸を胸骨甲状筋(Sternothyroideus muscle)の付着部付近の甲状軟骨翼(Wing of the thyroid cartilage)に挿入し、この箇所から1cmの位置にもう一本の縫合糸を設置して、インプラントの強度を上げる術式が選択されました。術後には、甲状軟骨が吻側に4cm移動しており、喉頭が術前よりも吻背側に位置していました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた98頭の患馬のうち、競走能力が向上(Improved racing performance)したと判断された馬は87%に上りました。また、術後に競走能力指数(Performance index)や一レース当たりの平均獲得賞金(Mean earnings per race)が増加した馬は82%に上り、術前に運動時の内視鏡検査での確定診断(Definitive diagnosis)が下された馬に限っても、80%の馬が競走能力指数および平均獲得賞金の向上を示していました。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、Tie-forward手術を介しての外科的療法によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が見られ、競走能力の向上を達成する馬の割合が高い(80~82%)ことが示唆されました。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位では、病因論(Etiology)が明確では無いことから、様々な種類の治療法が試みられており、治療成功率としては、胸骨甲状筋切除術(Sternothyromyectomy)および胸骨舌骨筋切除術(Sternohyoidmyectomy)では58~73%(Duncan et al. Proc AAEP. 1997;43:237, Llewellyn et al. Proc AAEP. 1997;43:239, Parente et al. Vet Surg. 2002;31:507)、口蓋帆切除術(Staphyrectomy)では60%(Anderson et al. JAVMA. 1995;206:1909)、焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)では67%(Ordidge et al. Proc World Congress. 2001;7:287)、張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)では75%(Ahern et al. Eq Vet Sci. 1993;13:670)、などと報告されています。また、これらの術式の複合手術では、60~92%の治療成功率が示されています(Carter et al. Vet Surg. 1993;22:374, Tulleners et al. JAVMA. 1997;211:1022, Bonenclark et al. Proc AAEP. 1999;45:85, Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228)。
この論文の筆者の研究では、甲状舌骨筋(Thyrohyoid muscle function)の機能が損失することが、軟口蓋背方変位の発症に関与する事が示されており(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)、舌骨基底骨から甲状軟骨へと縫合糸を通して、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで、軟口蓋背方変位を防げることが報告されています(Ducharme et al. EVJ. 2003;35:258)。しかし、この研究では、それぞれの患馬における甲状舌骨筋の機能は評価されておらず、症例によっては、Tie-forward手術の効能は、甲状舌骨筋の機能回復の有無ではなく、単に喉頭の位置を吻背側に引き付けることで、軟口蓋に作用するベルヌーイ効果(Bernoulli effect)を減退させ(=一定量気流の条件下では、咽頭内径が大きいほど、内圧の上昇および下降度合いが低くなる)、軟口蓋背方変位の閾値を上昇(Elevated threshold)させた事に由来する場合もある、という考察がなされています。
この研究では、馬の軟口蓋背方変位の確定診断のため、トレッドミル上での高速運動中(High-speed exercise)における内視鏡検査で、八秒間以上におよぶ持続性の軟口蓋背方変位が確認された事、という診断基準が用いられています。そして、116頭の症例のうち、この基準に当てはまった場合、安静時の内視鏡検査のみが行われた場合、もしくは、臨床症状にもとづく推定診断(Presumptive diagnosis)のみが下された場合、などの五種類のタイプ分けがなされています。そして、馬の軟口蓋背方変位に対する他の文献では、このような適切な診断法による明確な算入基準(Inclusion criteria)が無かった事で、軟口蓋背方変位以外の病態、もしくは複数の病態に起因する症例が含まれた結果、充分な治療成績が示されなかった可能性もある、という考察がなされています。
この研究では、Tie-forward手術用のインプラントとして、初期にはステンレス金属縫合糸(Stainless steel sutures: No.5 Surgical steel)が使用されましたが、素材の進歩に伴って、次にはポリエステル縫合糸(Polyester sutures: No.5 Ethibond®)、最後にはUSPポリベンド縫合糸(USP polybend sutures: No.2 or No.5 Fiberwire®)が応用されました。この理由としては、Fiberwire®縫合糸のほうが、破損強度が高く、糸が伸びてしまう危険が少ないこと(製造者の言い分だそうですが…)、などが挙げられていますが、このようなインプラントの進歩に基づく治療効果の変化については、この論文内では検証されていませんでした。
この研究では、116頭の患馬のうち、Tie-forward手術の以前に他の手術(胸骨舌骨筋切除術、口蓋帆切除術、口蓋形成術、etc)を受けていて、治療失敗に終わっていた馬が七割近くに達していました。このため、喉頭Tie-forward手術は他の手術よりも治療効果が高い、という推測が成り立つ反面、再手術を要する患馬が集められたことで、Tie-forward手術が奏功しやすい症例の割合が増えた、という解釈が可能であるかもしれません。いずれにしても、Tie-forward手術と他の術式を併用した場合の相乗効果(Synergistic effect)については、この研究では明確には結論付けられていませんでした。
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