馬の文献:軟口蓋背方変位(Smith et al. 2005)
文献 - 2020年06月12日 (金)
「102頭のサラブレッド競走馬の軟口蓋背方変位に対する治療のための、胸骨舌骨筋切除術、口蓋帆切除術、および、口腔尾側軟口蓋の光熱焼烙口蓋形成術」
Smith JJ, Embertson RM. Sternothyroideus myotomy, staphylectomy, and oral caudal soft palate photothermoplasty for treatment of dorsal displacement of the soft palate in 102 thoroughbred racehorses. Vet Surg. 2005; 34(1): 5-10.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1998~2002年にかけて、安静時または運動中の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による軟口蓋背方変位の診断が下され、胸骨舌骨筋切除術(Sternothyroideus myotomy)、口蓋帆切除術(Staphylectomy)、および、CO2レーザー照射を用いての口腔尾側軟口蓋の光熱焼烙口蓋形成術(Oral caudal soft palate photothermoplasty)による治療が行われた102頭のサラブレッド競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、術後にレース出走を果たした馬は90%(92/102頭)で、このうち、五回以上のレースに出走した馬は77%(71/92頭)、少なくとも一回は勝利した馬は65%(60/92頭)であったことが報告されています。また、経過追跡(Follow-up)ができた患馬のうち、術後に競走能力の改善(Improvement in racing performance)が見られた馬は63%で、さらに、手術の直前と直後の三レースの平均獲得賞金(Mean earnings per race)を見ても、術前($2792)よりも術後($3806)のほうが有意に多かった事が示されました。このため、軟口蓋背方変位を呈したサラブレッド競走馬に際しては、胸骨舌骨筋切除術、口蓋帆切除術、および、焼烙口蓋形成術の併用によって、良好な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待されるものの、競走能力の向上が見られる馬の割合は中程度(63%)にとどまる事が示唆されました。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する治療において、軟口蓋の強直度(Stiffness)を高める手法としては、軟口蓋の尾側縁を切除して瘢痕形成(Scar formation)を促す口蓋帆切除術、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)、および、レーザー照射による焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)などが試みられています(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395)。今回の研究では、焼灼箇所の組織学的検査(Histological examination)は行われていませんが、犬の口蓋垂口蓋咽頭形成術(Uvulopalatopharyngoplasty)の文献では、ネオジウムヤグレーザー照射による焼灼によって、上皮組織を保存(Preservation of epithelial tissue)しながら、深さ1.5mmに及ぶ粘膜下線維化&瘢痕形成(Submucosal fibrosis and scarring)を生じて、軟口蓋の長さおよび粗動を減退(Reduce the length and fluttering of the soft palate)できることが報告されています(Wang et al. Laser Surg Med. 2002;30:40)。
一般的に、軟部組織の焼灼箇所では、コラーゲン収縮(Collagen shrinkage)だけでなく、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)を破壊して、救心系経路の破損(Disruption of afferent pathways)につながると考えられています(Schaefer et al. Am J Sports Med. 1997;25:841)。そして、軟口蓋の腺性層(Glandular layer)よりも背側部に走行している口蓋帆挙筋(Levator veli palatine muscle)は、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)または咳嗽反射(Cough reflex)を介しての軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)によって、軟口蓋背方変位の発症に関与するという仮説もなされています(Cook. Proc AAEP. 1981;27:355)。つまり、軟口蓋背方変位に対する焼灼口蓋形成術では、軟口蓋の強直度を高めるだけでなく、感覚神経入力を破損(Destruction of the sensory input)することで効能が示される、という可能性もあると考察されています。
この研究におけるレーザー焼灼口蓋形成術では、CO2レーザーを用いて、喉頭切開術(Laryngotomy)を介しての、軟口蓋の口腔側面(Oral surface)へのレーザー照射がなされており、他の文献(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228)における、ダイオードレーザーを用いて、内視鏡チャンネルを介しての、軟口蓋の鼻腔側面(Nasal surface)へのレーザー照射とは、異なった術式になっています。しかし、今回の研究と他の文献では、治療成績の評価法が異なり、併用された手術も違うため(胸骨舌骨筋切除術 v.s. 胸骨舌骨筋腱切除術:Sternothyroideus tenotomy)、二種類の手術の効能を直接的に比較するのは難しい、という考察がなされています。
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この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1998~2002年にかけて、安静時または運動中の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による軟口蓋背方変位の診断が下され、胸骨舌骨筋切除術(Sternothyroideus myotomy)、口蓋帆切除術(Staphylectomy)、および、CO2レーザー照射を用いての口腔尾側軟口蓋の光熱焼烙口蓋形成術(Oral caudal soft palate photothermoplasty)による治療が行われた102頭のサラブレッド競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、術後にレース出走を果たした馬は90%(92/102頭)で、このうち、五回以上のレースに出走した馬は77%(71/92頭)、少なくとも一回は勝利した馬は65%(60/92頭)であったことが報告されています。また、経過追跡(Follow-up)ができた患馬のうち、術後に競走能力の改善(Improvement in racing performance)が見られた馬は63%で、さらに、手術の直前と直後の三レースの平均獲得賞金(Mean earnings per race)を見ても、術前($2792)よりも術後($3806)のほうが有意に多かった事が示されました。このため、軟口蓋背方変位を呈したサラブレッド競走馬に際しては、胸骨舌骨筋切除術、口蓋帆切除術、および、焼烙口蓋形成術の併用によって、良好な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が期待されるものの、競走能力の向上が見られる馬の割合は中程度(63%)にとどまる事が示唆されました。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する治療において、軟口蓋の強直度(Stiffness)を高める手法としては、軟口蓋の尾側縁を切除して瘢痕形成(Scar formation)を促す口蓋帆切除術、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)、および、レーザー照射による焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)などが試みられています(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395)。今回の研究では、焼灼箇所の組織学的検査(Histological examination)は行われていませんが、犬の口蓋垂口蓋咽頭形成術(Uvulopalatopharyngoplasty)の文献では、ネオジウムヤグレーザー照射による焼灼によって、上皮組織を保存(Preservation of epithelial tissue)しながら、深さ1.5mmに及ぶ粘膜下線維化&瘢痕形成(Submucosal fibrosis and scarring)を生じて、軟口蓋の長さおよび粗動を減退(Reduce the length and fluttering of the soft palate)できることが報告されています(Wang et al. Laser Surg Med. 2002;30:40)。
一般的に、軟部組織の焼灼箇所では、コラーゲン収縮(Collagen shrinkage)だけでなく、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)を破壊して、救心系経路の破損(Disruption of afferent pathways)につながると考えられています(Schaefer et al. Am J Sports Med. 1997;25:841)。そして、軟口蓋の腺性層(Glandular layer)よりも背側部に走行している口蓋帆挙筋(Levator veli palatine muscle)は、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)または咳嗽反射(Cough reflex)を介しての軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)によって、軟口蓋背方変位の発症に関与するという仮説もなされています(Cook. Proc AAEP. 1981;27:355)。つまり、軟口蓋背方変位に対する焼灼口蓋形成術では、軟口蓋の強直度を高めるだけでなく、感覚神経入力を破損(Destruction of the sensory input)することで効能が示される、という可能性もあると考察されています。
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