馬の文献:軟口蓋背方変位(Reardon et al. 2008)
文献 - 2020年06月15日 (月)
「レース勝利賞金、勝率、および能力指数を用いての、馬の間欠性軟口蓋背方変位に対する焼烙術の治療効果の評価:110頭のサラブレッド競走馬における対照症例研究」
Reardon RJ, Fraser BS, Heller J, Lischer C, Parkin T, Bladon BM. The use of race winnings, ratings and a performance index to assess the effect of thermocautery of the soft palate for treatment of horses with suspected intermittent dorsal displacement. A case-control study in 110 racing Thoroughbreds. Equine Vet J. 2008; 40(5): 508-513.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1999~2005年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、軟口蓋組織の焼烙術(Thermocautery)による治療が行われた110頭のサラブレッド競走馬における、レース勝利賞金と勝率(Race winnings and ratings)、および能力指数(Performance index)を用いての治療効果の評価が行われました。
結果としては、110頭の症例郡において、術後に三つの競走能力指標(勝利賞金、勝率、能力指数)が向上した馬の割合は28~51%であったのに対して、対照郡(各症例馬に対して、年齢、品種、性別が合致する二頭の馬)においては、術後時期に三つの競走能力指標が向上した馬の割合は21~53%であった事が報告されています。また、症例郡のほうが対照郡に比べて、能力指数が向上した馬の割合が有意に高く、能力指数が悪化した馬の割合が有意に低かった事が示されましたが、一方で、症例郡のうち能力指数が変化しなかった馬の割合は56%に達していました。他の文献では、軟口蓋背方変位に対する保存性療法(Conservative treatment)において、50~73%の治療成功率(能力指標が向上した馬の割合)が報告されています(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337)。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、軟口蓋組織の焼烙術のみでは、充分な治療効果が期待できない(治療成功率:28~51%)、という結論付けがなされています。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する治療では、軟口蓋の強直度(Stiffness)を高めて、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持しやすくする指針が有用であると仮説(Hypothesis)されています。その、その具体的な方法としては、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除して瘢痕形成(Scar formation)を促す口蓋帆切除術、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)、レーザー照射による焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)等の術式が応用されています(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395)。また、焼灼術が施された口蓋組織では、コラーゲンが収縮して強直度が増すことに加えて、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)による軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制されることで、軟口蓋背方変位の発症防止につながる、という作用機序も提唱されています(Smith et al. Vet Surg. 2005;34:5)。
この研究の限界点(Limitation)としては、軟口蓋背方変位の診断のため、トレッドミル運動中の内視鏡検査が行われていない事が挙げられています。今回の研究における、間欠性軟口蓋背方変位の推定診断(Presumptive diagnosis)としては、安静時の内視鏡検査において、鼻孔閉鎖時(Nasal occlusion)に二秒以上の軟口蓋背方変位が確認されること、という診断基準が用いられています。このため、症例郡の中には、高速運動中において、軟口蓋背方変位以外の病態を併発していた馬がいたケースも考えられ、このような取り込み基準(Inclusion criteria)の幅広さが、治療成績の低さに関与している可能性は否定できないのではないでしょうか。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、若い馬ほど良い治療効果が見られるという、経験的知見(Anecdotal observation)が報告されていますが、今回の研究では、患馬の年齢と術後の競走能力の回復度には、有意な負の相関(Negative correlation)は認められませんでした。また、平地競走(Flat racing)と障害競走とのあいだにも、治療効果に有意差は示されていませんでした。
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この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、1999~2005年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy at rest or during exercise)による間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、軟口蓋組織の焼烙術(Thermocautery)による治療が行われた110頭のサラブレッド競走馬における、レース勝利賞金と勝率(Race winnings and ratings)、および能力指数(Performance index)を用いての治療効果の評価が行われました。
結果としては、110頭の症例郡において、術後に三つの競走能力指標(勝利賞金、勝率、能力指数)が向上した馬の割合は28~51%であったのに対して、対照郡(各症例馬に対して、年齢、品種、性別が合致する二頭の馬)においては、術後時期に三つの競走能力指標が向上した馬の割合は21~53%であった事が報告されています。また、症例郡のほうが対照郡に比べて、能力指数が向上した馬の割合が有意に高く、能力指数が悪化した馬の割合が有意に低かった事が示されましたが、一方で、症例郡のうち能力指数が変化しなかった馬の割合は56%に達していました。他の文献では、軟口蓋背方変位に対する保存性療法(Conservative treatment)において、50~73%の治療成功率(能力指標が向上した馬の割合)が報告されています(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337)。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対しては、軟口蓋組織の焼烙術のみでは、充分な治療効果が期待できない(治療成功率:28~51%)、という結論付けがなされています。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位に対する治療では、軟口蓋の強直度(Stiffness)を高めて、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持しやすくする指針が有用であると仮説(Hypothesis)されています。その、その具体的な方法としては、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除して瘢痕形成(Scar formation)を促す口蓋帆切除術、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)、レーザー照射による焼灼口蓋形成術(Thermal palatoplasty)等の術式が応用されています(Hogan et al. Proc AAEP. 2002;48:228, Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395)。また、焼灼術が施された口蓋組織では、コラーゲンが収縮して強直度が増すことに加えて、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)による軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制されることで、軟口蓋背方変位の発症防止につながる、という作用機序も提唱されています(Smith et al. Vet Surg. 2005;34:5)。
この研究の限界点(Limitation)としては、軟口蓋背方変位の診断のため、トレッドミル運動中の内視鏡検査が行われていない事が挙げられています。今回の研究における、間欠性軟口蓋背方変位の推定診断(Presumptive diagnosis)としては、安静時の内視鏡検査において、鼻孔閉鎖時(Nasal occlusion)に二秒以上の軟口蓋背方変位が確認されること、という診断基準が用いられています。このため、症例郡の中には、高速運動中において、軟口蓋背方変位以外の病態を併発していた馬がいたケースも考えられ、このような取り込み基準(Inclusion criteria)の幅広さが、治療成績の低さに関与している可能性は否定できないのではないでしょうか。
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