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馬の文献:軟口蓋背方変位(Barakzai et al. 2009a)

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「馬の間欠性軟口蓋背方変位に対する焼烙術の治療効果と保存性療法との比較:トレッドミル運動中の診断が下された78頭の症例」
Barakzai SZ, Boden LA, Hillyer MH, Marlin DJ, Dixon PM. Efficacy of thermal cautery for intermittent dorsal displacement of the soft palate as compared to conservatively treated horses: results from 78 treadmill diagnosed horses. Equine Vet J. 2009; 41(1): 65-69.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、トレッドミル運動中の内視鏡検査(Endoscopy during treadmill exercise)によって間欠性(Intermittent)の軟口蓋背方変位の診断が下され、軟口蓋組織の焼烙術(Thermal cautery)による治療が行われた48頭の患馬、および、鼻革変更や舌くくり(Tongue tie)などによる保存性療法(Conservative treatment)が行われた30頭の患馬における、治療前と治療後の競走能力(Racing performance)の評価が行われました。

結果としては、治療後にレース出走を果たした症例の割合は、焼烙術が行われた馬では83%、保存性療法が行われた馬では93%で、また、治療前に既にレース出走していて、治療後にレース復帰した馬の割合は、焼烙術が行われた馬では90%、保存性療法が行われた馬では96%であった事が示されました。そして、治療直前と治療直後の三レースを比較して、平均獲得賞金(Mean earnings per race)が上昇していた馬の割合は、焼烙術が行われた馬では35%、保存性療法が行われた馬では53%で、また、治療直前の一レースと治療直後の五レースを比較して、平均獲得賞金が上昇していた馬の割合を見ても、焼烙術が行われた馬では40%、保存性療法が行われた馬では60%であった事が報告されています。このため、軟口蓋背方変位の罹患馬に対する、軟口蓋組織の焼烙術による治療効果は、保存性療法と有意差が無く、充分な競走能力の向上(Sufficient improvement in performance)を達成するために、焼烙術を単独で実施することの合理性(Rationale)を示すデータは認められませんでした。

この研究の限界点(Limitation)としては、臨床症例の回顧的解析(Retrospective analysis)という性質上、治療法の無作為選択(Random selection)はなされていなかった事が挙げられます。例えば、焼烙術が選択された症例の中には、既に保存性療法が試みられて失敗に終わっていた馬も含まれていたと推測され、この場合には、焼烙術が行われた馬郡のほうが、軟口蓋背方変位の病態が重かった可能性もあります。また、保存性療法が行われた馬に比べて、焼烙術が行われた馬のほうが、治療前の獲得賞金が多かった事から、もともとの能力が高い馬ほど、高額な外科的治療(全身麻酔や長期リハビリを要するため)を選択されるケースがあったと考えられ、つまり、例え焼烙術で充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が達成されたとしても、治療前の競走能力を上回るのが難しかった場合もあった、という考察がなされています。

この研究では、外科療法と保存性療法が行われた馬のデータが比較されているため、それぞれの治療郡の馬が、健常馬と同程度の競走能力を回復したか否かを、客観的に検証(Objective assessment)する研究デザインになっていません。一般的に、競走馬における臨床研究では、罹患馬を治療郡と無治療郡とに無作為に振り分けるのは難しいことを考慮すると、外科的療法の治療効果を評価するためには、軟口蓋背方変位を発症していない対照馬(Control horse)とのデータ比較を行うことが、最も適切な研究デザインなのかもしれません。また、各馬の競走能力の指標としては、出走レースの勝率や着順に基づく能力指数(Performance index)ではなく、一レース当たりの獲得賞金が用いられており、これは、レベルの低いレースに転戦した結果(=馬主や調教師が病歴や手術歴を考慮して、高クラスの競走を避けた場合)、能力は落ちても勝率や着順は上がるという状況を考慮できる、という利点があります。しかし、その反面、もともとの能力が低い馬では、治療によって競走能力は上がってもレースデビューは果たせなかったような場合には、自動的に治療失敗と見なされてしまう(獲得賞金はゼロ)、という欠点が指摘されています。

一般的に、軟口蓋組織の焼烙術では、(1)術部の瘢痕形成(Scar formation)によって軟口蓋の強直度(Stiffness)が高まり、喉頭蓋(Epiglottis)を軟口蓋の上に保持し易くなる、(2)焼烙時の熱で、感覚神経受容体(Sensory nerve receptors)が破壊され、咽頭痛反射(Pharyngeal pain reflex)および咳嗽反射(Cough reflex)を介しての、軟口蓋尾側部の挙上(Elevation of the caudal aspect of soft palate)が抑制される、という二つの作用機序(Mechanism of action)が提唱されています。他の文献では、焼烙口蓋形成術によって、治療成功(競走能力の向上)を示す馬の割合は、五割~七割に上ることが報告されています(Ordidge. J Eq Vet Sci. 2001;21:395, Reardon et al. EVJ. 2008;40:508)。また、軟口蓋の強直度を高めるという観点では、軟口蓋尾側縁(Caudal border of soft palate)を切除する口蓋帆切除術(Staphylectomy)や、口腔粘膜を部分切除する張力口蓋形成術(Tension palatoplasty)なども、同様な作用機序に分類できるかもしれません(Ahern. J Eq Vet Sci. 1993;13:185)。

一般的に、軟口蓋背方変位の罹患馬における内視鏡検査では、安静時と運動中の内視鏡による診断結果は、必ずしも一致しなかったという報告があり(Kannegieter et al. Aust Vet J. 1995;72:101)、今回の研究でも、運動中の内視鏡所見によって、軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)が下された馬だけを取り込み基準(Inclusion criteria)とする事で、より厳密な治療効果の検証が試みられています。また、安静時に内視鏡検査をする際には、鼻孔を塞ぐことで高速運動中に匹敵する咽頭内陰圧(Intrapharyngeal negative pressure)を作用させられる事が報告されていますが(Holcombe et al. AJVR. 1996;57:1258)、咽頭内陰圧と軟口蓋背方変位の発症には、有意な相関は無かったという知見があり(Rehder et al. AJVR. 1995;56:269)、また、鼻孔を塞いだ時には軟口蓋背方変位が見られても、運動中には異常の無い馬や、その逆の場合も頻繁に見られるため、安静時の内視鏡所見は、信頼性のある軟口蓋背方変位の診断指標(Reliable diagnostic parameter)とは見なしにくい、という警鐘も鳴らされています(Parente et al. Proc AAEP. 1995;41:170)。

一般的に、英国の競走馬においては、軟口蓋背方変位への保存性療法によって、過半数の馬が“部分的な”治療効果(Partial efficacy)しか示さないことが報告されており、また、競走能力の改善が見られるのは治療後の二回のレースのみにとどまる、という知見が示されています(Franklin et al. EVJ Suppl. 2002;34:430)。しかし、鼻革変更や舌くくりによる保存性療法において、その治療効果が一過性(Temporal treatment effect)である理由については、この論文の考察内では明瞭には結論付けられていませんでした。

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