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馬の文献:軟口蓋背方変位(Barakzai et al. 2009b)

「英国のサラブレッドの競走能力に及ぼす舌くくりの影響」
Barakzai SZ, Finnegan C, Boden LA. Effect of 'tongue tie' use on racing performance of thoroughbreds in the United Kingdom. Equine Vet J. 2009; 41(8): 812-816.

この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な保存性療法(Conservative treatment)を検討するため、2001~2003年の期間中に無作為に選択された60日分のレース日に、舌くくり(Tongue tie)を装着してレース出走した108頭のサラブレッド競走馬と(装着した理由は問わず)、202頭の対照馬(年齢、性別、競走環境が合致する馬)における、治療前と治療後の出走数および獲得賞金(Earnings)の比較による、競走能力(Racing performance)の評価が行われました。

結果としては、治療前の出走数(中央値)は、症例郡が9回で、対照郡の13回よりも有意に少なかったものの、治療後を含めた生涯出走数は、症例郡が19回、対照郡が18.5回で、両群のあいだに有意差は認められませんでした。また、治療直前と治療直後の三レースにおける平均獲得賞金は、症例郡では治療前の2489ドルから、治療後の5299ドルへと、二倍以上に増加していたのに対して、対照郡では治療前の3053ドルから、治療後の3715ドルへと、微増にとどまっていました。そして、治療前に比べて治療後のほうが平均獲得賞金が増加した馬の割合は、症例郡では57%に上ったのに対して、対照郡では41%にとどまりました。さらに、ロジスティック回帰解析(Logistic regression analysis)の結果では、舌くくりが使用された場合には、使用されなかった場合に比べて、獲得賞金が増加する確率が四倍近くも高くなる事が示されました(オッズ比:3.60)。このため、サラブレッド競走馬の軟口蓋背方変位に対しては、舌くくりの装着を介しての保存性療法によって、競走能力の向上(Improvement in racing performance)が期待できることが示唆されました。

一般的に、馬への舌くくりの装着に関しては、健常な実験馬の呼吸器機能(Respiratory function)に対しては有意な改善効果は示されておらず(Beard et al. AJVR. 2001;62:779, Cornelisse et al. AJVR. 2001;62:1865, Franklin et al. EVJ Suppl. 2002;34:430)、また、軟口蓋背方変位の確定診断(Definitive diagnosis)または推定診断(Presumptive diagnosis)が下された臨床症例に対しても、競走能力が有意に向上したという報告はありません(Barakzai et al. Vet Rec. 2005;157:337, Barakzai et al. EVJ. 2009;41:65)。今回の研究では、軟口蓋背方変位の診断の有無に関わらず、馬主や調教師の判断で舌くくりが使用された馬を症例郡として、対照郡とのデータ比較が行われた結果、有意な競走能力の改善効果が認められました。この理由としては、上述のような臨床試験では、病態の重い馬(=軟口蓋背方変位の発症を示す明確な所見があった馬)のみが含まれた結果、保存性療法が奏功しにくい場合が多かったのに対して、今回のような制限の少ない取り込み基準(Inclusion criteria)が適応された場合には、病態の軽い馬も多く含まれていたため、充分な治療効果を示した馬も多かった、という考察がなされています。

この研究では、舌くくりの装着が一回のレースのみであった場合には、治療の成功率(治療後に獲得賞金が増加する確率)は57%であったのに対して、舌くくりの装着が三回のレースに持続された場合には、治療成功率は69%まで上がり、舌くくりの装着が五回のレースに持続された場合には、治療成功率は77%に達した事が報告されています。つまり、舌くくりが有用であると判断された馬においては、その装着を継続させることで、より高い治療効果が示されたことが読み取れます。この理由については、この論文内では明確には結論付けられていませんが、一回のレースで奏功した舌くくりが、複数レースにわたって継続的に装着されることで、馬自身が、「舌くくりがあれば呼吸困難になりにくい」と自然に学習していくという、潜在的な心理学的効能(Potential psychological effect)が働いて、競走能力の改善度合いが進行的に増加していった可能性もある、という考察がなされています。

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