馬の病気:尺骨骨折
馬の骨折 - 2013年07月28日 (日)

尺骨骨折(Ulna fracture)について。
尺骨の骨折は蹴傷や転倒などによって発症し、患部の腫脹(Swelling)、熱感(Heat)、急性発現性の重度な跛行(Acute onset of severe lameness)を呈します。症状としては、三頭筋(Triceps muscle)の掌側支持の消失による肘頭脱落(Dropped elbow)を示すため、橈骨神経麻痺(Radial nerve paralysis)、橈骨骨折(Radial fracture)、上腕骨骨折(Humeral fracture)、感染性肘関節炎(Septic elbow arthritis)等との鑑別診断が重要です。レントゲン検査では、立体的な骨折片配置(Fracture configuration)を確認し、橈骨骨端軟骨骨折(Radial physeal fracture)などの併発を確かめます。
タイプ1の骨突起骨折(Apophyseal fracture)と、タイプ2の骨端骨折(Epiphyseal fracture)は、数ヶ月齢の子馬に多く見られ、非変位性骨折(Non-displaced fracture)の診断には、ストレス・ポジションでのレントゲン撮影を要する事もあります。一方、タイプ3の尺骨体部の横骨折(Ulnar body transverse fracture)、タイプ4の尺骨体部の粉砕骨折(Ulnar body comminuted fracture)、タイプ5の尺骨遠位部の斜位骨折(Distal ulnar oblique fracture)は成馬に比較的多く見られます。尺骨の頭側面は肘関節包(Elbow joint capsule)と上腕尺骨靭帯(Humeroulnar ligament)に支持されているため、タイプ3~5の病態では、尺骨の尾側皮質骨面(Caudal cortex)における骨片の近位方変位(Proximal displacement)によって、より大きな骨折片間隙(Intra-fragmentary gap)を生じる事が知られています。尺骨は解剖学的に体重支持機能(Weight bearing function)ではなく、筋牽引力の連絡機能を担っているため、テンションバンド原理を作用させた外科的療法によって、比較的良好な骨治癒が見られます。
タイプ1と2の骨折では、肘頭端までを含めた近位尾側尺骨面(Proximal caudal surface of ulna)へのプレート装着によって外科的整復が行われます。タイプ3~5の骨折では、一般に尾側尺骨面へのプレート固定が行われますが、馬のサイズによっては、螺子固定とテンションバンド・ワイヤーを併用しての整復が試みられる場合もあります。また、肘関節の関節鏡手術(Arthroscopy)を介して、関節面平坦化(Joint surface realignment)の確認と、迷入した骨折片の除去(Fragment removal)を実施することも重要です。一歳齢以下の幼馬の症例では、プレート固定に際して、尺骨の尾側面から橈骨へ達する螺子固定を行うと両骨の長軸成長(Longitudinal growth)が妨げられ、肘関節亜脱臼(Elbow subluxation)や、肘突起(Anconeal process)の関節面衝突に起因する変性関節疾患(Degenerative joint disease)などの合併症を引き起こす危険があります。このため、尺骨から橈骨にまたがる螺子挿入を要する症例においては、術後に数週間おきのレントゲン検査を実施して、骨折治癒が確認され次第、螺子の除去もしくは短い螺子への交換が必要となります。また、肘突起切除術(Surgical removal of anconeal process)や尺骨体部切除術(Ulnar body ostectomy)によって肘関節炎を予防する試みも報告されています。
尺骨骨折は他の長骨骨折(Long-bone fracture)に比べ良好な予後を示し、六~八割の治療成功率が報告されています。しかし、三ヶ月齢以下の子馬では、尺骨の硬度不足から内固定不全の危険が高いことが示されています。また、発症から五日間以上が経った症例では、線維芽組織の浸潤によって骨折片同士の再構築(Reconstruction)が困難になる可能性が示唆されています。
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