馬の文献:軟口蓋背方変位(Rossignol et al. 2012)
文献 - 2020年06月21日 (日)
「馬の軟口蓋背方変位の治療のための金属インプラントを用いた喉頭Tie-forward手術変法」
Rossignol F, Ouachee E, Boening KJ. A Modified Laryngeal Tie-Forward Procedure Using Metallic Implants for Treatment of Dorsal Displacement of the Soft Palate in Horses. Vet Surg. 2012; 41(6): 685-658.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、安静時または運動時の内視鏡検査(Endoscopy at rest during exercise)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、喉頭Tie-forward手術変法(Modified laryngeal tie-forward surgery)が応用された24頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究の術式では、通常のTie-forward手術と同様のアプローチの後、金属製の縫合糸ボタン(Suture button)の穴に通したFiberwire糸を、外套針(Trocar needle)を用いて甲状軟骨尾側端(Caudal border of thyroid cartilage)に通過させました。そして、同手順を左右の甲状軟骨に施した後、それぞれの縫合糸の断端にデシャン針(Deschamps needle)を付け、それを糸通し器具(Threader)として使いながら、舌骨基底骨の舌突起(Lingual process of the basihyoid bone)の下部に縫合糸を到達させてから、左右からの縫合糸を舌骨基底骨の腹側正中部(Ventral midline)で結び合わせました。この際には、甲状軟骨吻側端(Rostral border of thyroid cartilage)が舌骨基底骨尾側端(Caudal border of the basihyoid)から約1.5cmの位置に来るように、喉頭前進(Laryngeal advancement)を施してから(この際には一時的に頚部屈曲させて糸を結び易くした)、この結び目部分に折り曲げた縫合糸ボタン(Bent suture button)が装着されました。
結果としては、24頭の全ての患馬に対して、術中および術後合併症(Intra/Post-operative complications)を起こすことなく、喉頭Tie-forward手術の変法が実施できた事が報告されており、また、少なくとも術後の24時間以内には、縫合糸の破損(Suture failure)は生じていませんでした。今回の研究で試みられた手術変法では、従来のTie-forward手術(Cheetham et al. EVJ. 2005;37:418)とまったく同様の治療効果(=喉頭組織を前方に引き寄せる)を作用できる事に加えて、糸が軟骨を切ってしまう危険性が低く(金属インプラントの全長にわたって緊張が分散されて、縫合糸を通した穴縁に負荷が集中しないため)、また、術後のレントゲン検査によって、甲状軟骨と舌骨基底骨のあいだの距離の短縮度合いを、レントゲン像上で誤差なく正確に評価(Accurate assessment without measurement error)できる、という利点が挙げられています。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、甲状舌骨筋(Thyrohyoid muscle function)の機能損失がその発症要因に挙げられており(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)、Tie-forward手術によって喉頭前進させて、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで、軟口蓋背方変位を予防できると提唱されています(Ducharme et al. EVJ. 2003;35:258)。また、喉頭を前方に引き寄せて咽頭内径(Pharyngeal inner diameter)を広げることで、軟口蓋へと作用するベルヌーイ効果(Bernoulli effect)を減退させて、軟口蓋背方変位の閾値を上昇(Elevated threshold)させる事も、Tie-forward手術の作用機序(Mechanism of action)のひとつである、という仮説もなされています。そして、Tie-forward手術による軟口蓋背方変位への治療成功率は80~82%に達しており(Woodie et al. EVJ. 2005;37:418)、保存性療法(治療成功率は六割程度)やその他の外科的療法(治療成功率は六割~七割)よりも、優れた治療効果が期待できることが報告されています。
この研究では、インプラント損失の頻度について、長期的な経過追跡(Long-term follow-up)はなされておらず、金属との接触箇所で糸が切れてしまう可能性については、充分には検討されていません。また、縫合糸が軟骨を切ってしまうという事例は、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)の治療のための喉頭形成術(Laryngoplasty)ではかなり頻繁に見られるものの、Tie-forward手術における同様なインプラント損失の発症率(Incidence)は報告されていません。このため、金属製インプラントを用いて、軟骨を保護することの必要性(Necessity)や合理性(Rationale)は必ずしも明確ではなく、また、金属と接触する箇所の甲状軟骨に対する有害作用(Adverse effect:軟骨組織の圧迫壊死など)に関しては、この論文内では考察されていませんでした。
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Rossignol F, Ouachee E, Boening KJ. A Modified Laryngeal Tie-Forward Procedure Using Metallic Implants for Treatment of Dorsal Displacement of the Soft Palate in Horses. Vet Surg. 2012; 41(6): 685-658.
この研究論文では、馬の軟口蓋背方変位(Dorsal displacement of soft palate)に対する有用な外科的療法を検討するため、安静時または運動時の内視鏡検査(Endoscopy at rest during exercise)によって軟口蓋背方変位の診断が下され、喉頭Tie-forward手術変法(Modified laryngeal tie-forward surgery)が応用された24頭の患馬における、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
この研究の術式では、通常のTie-forward手術と同様のアプローチの後、金属製の縫合糸ボタン(Suture button)の穴に通したFiberwire糸を、外套針(Trocar needle)を用いて甲状軟骨尾側端(Caudal border of thyroid cartilage)に通過させました。そして、同手順を左右の甲状軟骨に施した後、それぞれの縫合糸の断端にデシャン針(Deschamps needle)を付け、それを糸通し器具(Threader)として使いながら、舌骨基底骨の舌突起(Lingual process of the basihyoid bone)の下部に縫合糸を到達させてから、左右からの縫合糸を舌骨基底骨の腹側正中部(Ventral midline)で結び合わせました。この際には、甲状軟骨吻側端(Rostral border of thyroid cartilage)が舌骨基底骨尾側端(Caudal border of the basihyoid)から約1.5cmの位置に来るように、喉頭前進(Laryngeal advancement)を施してから(この際には一時的に頚部屈曲させて糸を結び易くした)、この結び目部分に折り曲げた縫合糸ボタン(Bent suture button)が装着されました。
結果としては、24頭の全ての患馬に対して、術中および術後合併症(Intra/Post-operative complications)を起こすことなく、喉頭Tie-forward手術の変法が実施できた事が報告されており、また、少なくとも術後の24時間以内には、縫合糸の破損(Suture failure)は生じていませんでした。今回の研究で試みられた手術変法では、従来のTie-forward手術(Cheetham et al. EVJ. 2005;37:418)とまったく同様の治療効果(=喉頭組織を前方に引き寄せる)を作用できる事に加えて、糸が軟骨を切ってしまう危険性が低く(金属インプラントの全長にわたって緊張が分散されて、縫合糸を通した穴縁に負荷が集中しないため)、また、術後のレントゲン検査によって、甲状軟骨と舌骨基底骨のあいだの距離の短縮度合いを、レントゲン像上で誤差なく正確に評価(Accurate assessment without measurement error)できる、という利点が挙げられています。
一般的に、馬の軟口蓋背方変位においては、甲状舌骨筋(Thyrohyoid muscle function)の機能損失がその発症要因に挙げられており(Tsukroff et al. Proc WEAS. 1998)、Tie-forward手術によって喉頭前進させて、喉頭口蓋関係の安定性(Stability of the laryngo-palatal relationship)を向上させることで、軟口蓋背方変位を予防できると提唱されています(Ducharme et al. EVJ. 2003;35:258)。また、喉頭を前方に引き寄せて咽頭内径(Pharyngeal inner diameter)を広げることで、軟口蓋へと作用するベルヌーイ効果(Bernoulli effect)を減退させて、軟口蓋背方変位の閾値を上昇(Elevated threshold)させる事も、Tie-forward手術の作用機序(Mechanism of action)のひとつである、という仮説もなされています。そして、Tie-forward手術による軟口蓋背方変位への治療成功率は80~82%に達しており(Woodie et al. EVJ. 2005;37:418)、保存性療法(治療成功率は六割程度)やその他の外科的療法(治療成功率は六割~七割)よりも、優れた治療効果が期待できることが報告されています。
この研究では、インプラント損失の頻度について、長期的な経過追跡(Long-term follow-up)はなされておらず、金属との接触箇所で糸が切れてしまう可能性については、充分には検討されていません。また、縫合糸が軟骨を切ってしまうという事例は、喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplasia)の治療のための喉頭形成術(Laryngoplasty)ではかなり頻繁に見られるものの、Tie-forward手術における同様なインプラント損失の発症率(Incidence)は報告されていません。このため、金属製インプラントを用いて、軟骨を保護することの必要性(Necessity)や合理性(Rationale)は必ずしも明確ではなく、また、金属と接触する箇所の甲状軟骨に対する有害作用(Adverse effect:軟骨組織の圧迫壊死など)に関しては、この論文内では考察されていませんでした。
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