馬の文献:喉頭片麻痺(Hawkins et al. 1997)
文献 - 2020年07月05日 (日)
「喉頭形成術のみ及び声嚢切除術の併用による230頭の競走馬における喉頭片麻痺の治療」
Hawkins JF, Tulleners EP, Ross MW, Evans LH, Raker CW. Laryngoplasty with or without ventriculectomy for treatment of left laryngeal hemiplegia in 230 racehorses. Vet Surg. 1997; 26(6): 484-491.
この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1986~1993年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy)によって喉頭片麻痺の推定診断(Presumptive diagnosis)が下され(運動時の内視鏡検査が実施されたのは数頭だけ)、喉頭形成術(Laryngoplasty)のみ、または声嚢切除術(Ventriculectomy)の併用による治療が実施された230頭の競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた馬のうち、術後の競走能力(Post-operative racing performance)が改善したと主観的評価(Subjective evaluation)されたのは69%で、馬主が満足(Owner satisfaction)したのは81%であったことが示されました。また、術後にレース出走した馬は77%にのぼり、術前と術後に三回以上出走した馬を見ても、競走能力指数スコア(Performance index scores)が改善した馬は56%に達していました。このため、喉頭片麻痺を呈した競走馬に対しては、喉頭形成術のみ及び声嚢切除術の併用によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が達成され、中程度~良好な予後(Moderate to good prognosis)と競走能力の向上(Improved racing performance)が期待できる馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。
一般的に、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、完全麻痺(Complete paralysis)を生じた症例(グレード4)に比べて、披裂軟骨の動きが多少なりとも残存(Residual movement)していた症例(グレード2&3)のほうが、糸の緩みや破損(Loosening or failure)を生じやすいと仮説されており、これを予防する目的で、喉頭形成術の際に喉頭神経切断術(Laryngeal neurectomy)を併せて実施する術式が提唱されています(Ducharme et al. Comp Cont Educ Pract Vet. 1991;13:472)。この研究では、喉頭片麻痺の点数化システムにおいて、グレード2~4の所見が認められた馬は、それぞれ2頭、109頭、119頭となっていましたが、このグレードの違いによって、治療効果や合併症の発現率に相違が出るというデータは示されませんでした。
この研究では、230頭の症例のうち186頭において、喉頭形成術と声嚢切除術が併用されましたが、これらの症例郡と、喉頭形成術のみが行われた症例郡とのあいだに、術後の競走成績や合併症の発症率の有意差は無く、喉頭形成術の際に声嚢切除術を併せて実施することで、治療効果を向上できるという、科学的な根拠は認められませんでした。一方、経過追跡ができた馬のうち、術後に呼吸器雑音(Respiratory noise)が減少した馬は75%、変化なしだった馬は17%、増加した馬は8%であったことが示されました。そして、術後に呼吸器雑音が残存した馬の割合は、声嚢切除術ありの場合では32%であったのに対して、声嚢切除術なしの場合では48%に上っており、声嚢を切除した方が喘鳴音の消失が達成される確率が高い“傾向”(Tendency)にありました(両群のあいだに統計的な有意差は無し)。
この研究では、治療前に既にレースデビューしていた馬では、術後にレース出走したのは88%に上ったのに対して、治療前にレースデビューを果たしていなかった馬では、術後にレース出走したのは56%にとどまり、両群のあいだには統計的な有意差(Statistically significant difference)が認められました。これは、喉頭形成術によって競走能力の維持(Preservation of racing performance)が達成されたことを、間接的に示すデータであると考えられる反面、手術歴を考慮して調教師がレースデビューを控える場合もあった(=出走決定の際のバイアスが生じた可能性もある)と推測されています。一方、術後のレース出走率を年齢別に見ると、二歳以下の馬では65%、三歳以上の馬では70%で、両郡のあいだに有意差は無く、患馬の年齢が若いほど予後が良いという、他の文献の知見(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235)を裏付けるデータは再現されませんでした。
この研究では、喉頭形成術に使用された縫合糸としては、二本の二重編みポリエステル糸(Two double-strand braided polyester sutures)が用いられた馬は147頭、一本の一重編みポリエステル糸(A single double-strand polyester suture)が用いられた馬は49頭、一本の二重編みナイロン糸(A single double-strand nylon suture)が用いられた馬は34頭となっていました。このうち、術後に呼吸器雑音が消失した馬の割合は、一本の一重編みポリエステル糸が用いられた馬では68%であったのに対して、一本の二重編みナイロン糸が用いられた馬では46%にとどまり、この両群のあいだには統計的な有意差が認められました。これは、ポリエステル糸のほうが、縫合糸や緩みや破損が少なかった事を暗に示唆するデータ(剖検による確定診断はなされていない)であると推測されます。一般的に、喉頭形成術が破損した場合には、披裂軟骨摘出術(Arytenoidectomy)を行うことが推奨されていますが、喉頭形成術を複数回実施する指針が取られる場合もあります。
この研究では、術後の入院期間中(During hospitalization)に認められた合併症(Complications)としては、咳嗽(Coughing)が22%(50/230頭)と最も多く、また、退院後に見られた合併症としては、咳嗽が26%(43/166頭)、鼻汁排出(Nasal discharge)が16%(26/166頭)となっていました。これらの合併症は、喉頭形成術を介して披裂軟骨(Arytenoid cartilage)が外科的に外転位置に保持されることで、摂食物が気管内に迷入しやすくなった事で生じると考えられています。このため、術後の対応策としては、乾草を地面に置いたり飼い桶を低く設置することに加えて、運動前に無口(Muzzle)を付けて摂食を控えさせる手法も試みられています。また、過剰外転(Over-abduction)に起因して嚥下障害(Dysphagia)を呈した患馬に対しては、再手術による喉頭形成術の除去またはやり直しを要する場合もある、という考察がなされています。
この研究では、230症例のうち、品種分布はサラブレッドが76%、スタンダードブレッドが24%で、性別分布は種牡馬が42%、去勢馬が29%、牝馬が29%となっていました。病歴としては、呼吸器雑音(94%の症例)と運動不耐性(90%の症例)が最も多く、披裂軟骨筋突起(Muscular process of arytenoid cartilage)の膨隆が触診された馬は66%にのぼりました。このうち、手術からレース復帰までの平均日数は、サラブレッドでは145日、スタンダードブレッドでは118日で、サラブレッドのほうが有意に長かった事が報告されています。
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この研究論文では、馬の喉頭片麻痺(Laryngeal hemiplegia)に有用な外科的療法を検討するため、1986~1993年にかけて、安静時の内視鏡検査(Endoscopy)によって喉頭片麻痺の推定診断(Presumptive diagnosis)が下され(運動時の内視鏡検査が実施されたのは数頭だけ)、喉頭形成術(Laryngoplasty)のみ、または声嚢切除術(Ventriculectomy)の併用による治療が実施された230頭の競走馬の、医療記録(Medical records)の回顧的解析(Retrospective analysis)が行われました。
結果としては、経過追跡(Follow-up)ができた馬のうち、術後の競走能力(Post-operative racing performance)が改善したと主観的評価(Subjective evaluation)されたのは69%で、馬主が満足(Owner satisfaction)したのは81%であったことが示されました。また、術後にレース出走した馬は77%にのぼり、術前と術後に三回以上出走した馬を見ても、競走能力指数スコア(Performance index scores)が改善した馬は56%に達していました。このため、喉頭片麻痺を呈した競走馬に対しては、喉頭形成術のみ及び声嚢切除術の併用によって、充分な上部気道機能の回復(Restoration of upper airway function)が達成され、中程度~良好な予後(Moderate to good prognosis)と競走能力の向上(Improved racing performance)が期待できる馬の割合が、比較的に高いことが示唆されました。
一般的に、馬の喉頭片麻痺に対する喉頭形成術では、完全麻痺(Complete paralysis)を生じた症例(グレード4)に比べて、披裂軟骨の動きが多少なりとも残存(Residual movement)していた症例(グレード2&3)のほうが、糸の緩みや破損(Loosening or failure)を生じやすいと仮説されており、これを予防する目的で、喉頭形成術の際に喉頭神経切断術(Laryngeal neurectomy)を併せて実施する術式が提唱されています(Ducharme et al. Comp Cont Educ Pract Vet. 1991;13:472)。この研究では、喉頭片麻痺の点数化システムにおいて、グレード2~4の所見が認められた馬は、それぞれ2頭、109頭、119頭となっていましたが、このグレードの違いによって、治療効果や合併症の発現率に相違が出るというデータは示されませんでした。
この研究では、230頭の症例のうち186頭において、喉頭形成術と声嚢切除術が併用されましたが、これらの症例郡と、喉頭形成術のみが行われた症例郡とのあいだに、術後の競走成績や合併症の発症率の有意差は無く、喉頭形成術の際に声嚢切除術を併せて実施することで、治療効果を向上できるという、科学的な根拠は認められませんでした。一方、経過追跡ができた馬のうち、術後に呼吸器雑音(Respiratory noise)が減少した馬は75%、変化なしだった馬は17%、増加した馬は8%であったことが示されました。そして、術後に呼吸器雑音が残存した馬の割合は、声嚢切除術ありの場合では32%であったのに対して、声嚢切除術なしの場合では48%に上っており、声嚢を切除した方が喘鳴音の消失が達成される確率が高い“傾向”(Tendency)にありました(両群のあいだに統計的な有意差は無し)。
この研究では、治療前に既にレースデビューしていた馬では、術後にレース出走したのは88%に上ったのに対して、治療前にレースデビューを果たしていなかった馬では、術後にレース出走したのは56%にとどまり、両群のあいだには統計的な有意差(Statistically significant difference)が認められました。これは、喉頭形成術によって競走能力の維持(Preservation of racing performance)が達成されたことを、間接的に示すデータであると考えられる反面、手術歴を考慮して調教師がレースデビューを控える場合もあった(=出走決定の際のバイアスが生じた可能性もある)と推測されています。一方、術後のレース出走率を年齢別に見ると、二歳以下の馬では65%、三歳以上の馬では70%で、両郡のあいだに有意差は無く、患馬の年齢が若いほど予後が良いという、他の文献の知見(Russell et al. JAVMA. 1994;204:1235)を裏付けるデータは再現されませんでした。
この研究では、喉頭形成術に使用された縫合糸としては、二本の二重編みポリエステル糸(Two double-strand braided polyester sutures)が用いられた馬は147頭、一本の一重編みポリエステル糸(A single double-strand polyester suture)が用いられた馬は49頭、一本の二重編みナイロン糸(A single double-strand nylon suture)が用いられた馬は34頭となっていました。このうち、術後に呼吸器雑音が消失した馬の割合は、一本の一重編みポリエステル糸が用いられた馬では68%であったのに対して、一本の二重編みナイロン糸が用いられた馬では46%にとどまり、この両群のあいだには統計的な有意差が認められました。これは、ポリエステル糸のほうが、縫合糸や緩みや破損が少なかった事を暗に示唆するデータ(剖検による確定診断はなされていない)であると推測されます。一般的に、喉頭形成術が破損した場合には、披裂軟骨摘出術(Arytenoidectomy)を行うことが推奨されていますが、喉頭形成術を複数回実施する指針が取られる場合もあります。
この研究では、術後の入院期間中(During hospitalization)に認められた合併症(Complications)としては、咳嗽(Coughing)が22%(50/230頭)と最も多く、また、退院後に見られた合併症としては、咳嗽が26%(43/166頭)、鼻汁排出(Nasal discharge)が16%(26/166頭)となっていました。これらの合併症は、喉頭形成術を介して披裂軟骨(Arytenoid cartilage)が外科的に外転位置に保持されることで、摂食物が気管内に迷入しやすくなった事で生じると考えられています。このため、術後の対応策としては、乾草を地面に置いたり飼い桶を低く設置することに加えて、運動前に無口(Muzzle)を付けて摂食を控えさせる手法も試みられています。また、過剰外転(Over-abduction)に起因して嚥下障害(Dysphagia)を呈した患馬に対しては、再手術による喉頭形成術の除去またはやり直しを要する場合もある、という考察がなされています。
この研究では、230症例のうち、品種分布はサラブレッドが76%、スタンダードブレッドが24%で、性別分布は種牡馬が42%、去勢馬が29%、牝馬が29%となっていました。病歴としては、呼吸器雑音(94%の症例)と運動不耐性(90%の症例)が最も多く、披裂軟骨筋突起(Muscular process of arytenoid cartilage)の膨隆が触診された馬は66%にのぼりました。このうち、手術からレース復帰までの平均日数は、サラブレッドでは145日、スタンダードブレッドでは118日で、サラブレッドのほうが有意に長かった事が報告されています。
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